目覚め

目が覚めると視界に映ったのはボロい天井だった。ここはどこだ。とりあえず起きあがろうとすると体に鋭い痛みが走った。

「いたっ」

今の声でどうやら私が起きたのが伝わったようで誰かが慌ててこちらに来るのが足音で分かる。

「ウィス起きたの?」

そう言って扉を勢いよく開けたのはパーティの回復役ソーニャだった。

「うん、今起きたとこ。」

私が返事を返すと、いきなりソーニャが抱きついて来た。

「馬鹿、なんで3日も起きないのよ。もう一生起きないんじゃないかと不安になるじゃない。」

早口で言った彼女の目の端には涙が溜まっていた。

「ごめん」

謝った私を見てさらに涙が溢れるソーニャ。

よく見ると彼女の目元には隈ができていた。随分心配をかけてしまったようだ。 その後泣いた彼女を落ち着かせ今の状況を聞き出すのには随分と時間がかかってしまった。


「つまり私はリヒトを庇って敵の攻撃をくらって3日間起きなかった。そして今いるのは協力者の魔族、トライゾンさんの家と」

「そういうことね」

「で、リヒト達はどこいったの?」

「街の様子を見に外に出ているわ。」

ソーニャはもう説明することは説明しきったみたいな顔で息を吐いた。そして私に

「病人なんだからウィスは寝てなさい。他の細かな話は次起きた時に話しましょう。」

そう言って踵を返して部屋から出ようとした。

「私、後どれくらい持ちそう?」

ソーニャは一瞬動かなくなって、一拍経ってから

「それどういう意味?」

と訊き返してきた。

「私って長くないよね。」

「だから何が」

ソーニャが振り返る。

「何ってそりゃ私の寿命のことだよ。」

振り返った彼女の顔は驚いたような苦しいようなそんな不思議な表情だった。

「なんで気づいたの」

「そりゃ自分の体だもん。誰よりも知ってるよ」

続けて私は

「それで後どれくらい持ちそう?」

もう一度訊いた。彼女は苦虫を潰したような顔をした後、

「わからない。明日なのか半年後なのか、ただわかるのはその魔法は強大で私じゃ治せないってことだけ。ごめんなさい。」

「ソーニャが謝ることなんてないよ。」

ソーニャで治せないということは国中の治癒師を呼んでも治せる人間はいないということだろう。

「ねぇこのことってリヒト達には言った?」

「えぇ、まだ誰にも言ってないわ。」

3日間どうやら1人抱え込んでいたらしい。辛い思いをさせちゃたな。ただこれは好都合だった。そして私は人生何度目かわからないそれを口にした。

「ねぇソーニャ、一生のお願いだからこのことリヒト達には黙っていてくれない?」






また目が覚めると赤が見えた。

「起きた」

喜色に満ちた声色で私の起床を歓迎したのはリヒトだった。

「おはよう」

挨拶をしながら欠伸をする。体を伸ばそうとすると全身に鋭い痛みが走った。

「痛っ」

「大丈夫?」

多分大丈夫じゃないけど大丈夫と返しておく。

「よかった。おはようウィス。」

リヒトから挨拶が返ってきた。私の寝起きを待っていたらしいがどうしたんだろうか。

「どうしたのさ。わざわざこんな所で待って。」

リヒトが座っていた場所は私のベットの横の椅子だった。

「話したいことがあるんだ。」

急に改まって何が話したいんだろう。てか身体中が重い。

「謝りたいんだ。本来、僕が油断していなければウィスが庇う必要もなかっただろう。ごめんなさい。痛い思いをさせて。」

なんだそのことか。痛い思いをするなんてこんな仕事やってるんだからとっくに覚悟している。

「大丈夫、大丈夫だから。リヒトが無事でよかったよ。」

「ごめん、ごめん」

泣き顔でリヒトが言う。彼の泣き顔は随分久しぶりに見たような気がする。小さい頃は近所の悪ガキによく泣かされていたと言うのに。

「ごめんよりありがとうの方が嬉しいよ。」

「ありがとう、ありがとう」

余計泣き顔をが酷いことになった。リヒトが落ち着ついて話ができるようになったのは随分だってからだった。最近、誰かを宥めてばっかりな気がする。


少しリヒトが落ち着いてから話をする。

「ごめんなさい、旅はまだ途中だけど、私は国に帰らせてもらう。」

このままいても足手纏いだろうしそう提案する。

「そうだよね。今までありがとう」

まるで今生の別れかのような物言いに少し困惑した。ソーニャはお願いを訊いてくれたのだろうか。

「別に死ぬわけじゃないから。国に戻って休んだら治るから。」

「本当か?」

リヒトが前のめりになってそう言う。ソーニャはどうやらお願いを訊いてくれたらしく、特に私の怪我について何かを言ったわけではなさそうだ。

「本当だよ。1ヶ月も休めば元気になるじゃない?多分飛んで跳ねてもできるようになるよ。」

殊更に明るく言う。嘘をつくのは心が痛む。でも仕方がない。貴方を庇って私はもうすぐ死にます。なんて言ったら、この繊細な幼馴染は、自責の念で魔王討伐どころではなくなるんだから。

「よかった、本当によかったよ。死ぬかと思ったんだよ。」

酷く安心した様子で彼はまた泣き始めてしまった。なんか泣かせてばっかりで申し訳ないな。

あぁまた宥めるのには時間がかかりそうだ。なんだか幼い頃に戻ったみたいだった。

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