第13話
アイドルオーディションの合格通知がきてから約三ヶ月後、俺の妹は六人組アイドルの一人としてデビューする事になった。
どうなる事かと思っていたが事務所も熱心に売り出しているらしく、東京で開催されたお披露目のデビューイベントにも結構人が来ていた。
妹が心配になった俺はそのイベントにこっそり足を運んだが、緊張の表情を張り付かせながらも妹はしっかりやっていた。
その妹の姿を見て、案外大丈夫かも知れないなと俺は思った。
その日の夜。
「お兄ちゃん、来るなら言ってよ!びっくりしちゃったじゃん」
「ごめんごめん、でも良かったよ」
「うそ〜…本当に?」
妹は恥ずかしそうに微笑んだ。
それ以来妹はレッスンやイベント、ライブなどで日々忙しく過ごしていた。
毎日その日あった出来事を楽しそうに話す妹は生き生きしていて、俺はそんな妹を見る事が何よりの生き甲斐になっていた。
部屋でライブ配信をするから物音を立てるなと言われたり、朝妹を起こすのを忘れて遅刻させてしまい怒られたり、今思い返すとどれもいい思い出だった。
しかしデビューから一年半経ったある日、妹はどこか悲しげ…というより感情を何も感じていないかの様な顔して帰ってきた。
「おかえり。どうした、何かあった?」
「ううん、何でもないよ」
「そっか…」
「…あのねお兄ちゃん、私達のグループ、もしかしたらテレビに出られるかも知れないんだって」
「テレビ?凄いじゃないか!」
「うん、それにただのテレビじゃないよ。地上波レギュラーの冠番組なんだって」
「レギュラーの冠番組…毎週放送されるって事か?」
妹が所属するグループは日に日に注目度が増している事は知っていた。
しかし自分達のテレビ番組まで持つとは思いもしなかった。
「うん、でもそれが出来るかどうかはまだ分からないんだって」
「へ〜、もしそんな番組が出来るなら凄いよ。お兄ちゃんも嬉しい」
「本当に…?」
「うん、そんな立派な妹を持った事を誇りに思うよ」
「そうか…ありがとう」
そう言って妹は笑顔を見せた。
しかしその妹の笑顔は今まで知っていた妹とはまるで別人の様に見えた。
何かが違う。
妹の心の中で、今までとは違う何らかの感情が渦巻いている。
そんな予感がふとしたが、俺は深入りするのをためらい、ただ妹を応援するだけの態度を取っていた。
あのときの自分が何よりも恨めしい。
それから程なくして妹が所属するグループの地上波レギュラー冠番組の製作が決定した。
普段のレッスンやイベントに加え、番組の収録まで入り妹のスケジュールはさらに過密していった。
帰りが遅くなる事もしばしばだった。
いつもは楽しそうに今日の出来事を喋っていた妹も、番組が始まってからはすっかり何も話さなくなり、家に帰るとすぐ自分の部屋にこもっていた。
そして時折、妹の部屋から啜り泣く様な物音も聴こえた。
「大丈夫か?何か悩んでるなら言ってよ」
と、俺が言っても
「大丈夫だよ、私は大丈夫」
と返され、妹は俺に微笑んでいた。
俺は心配で心配で、心が押しつぶされそうな気持ちだったが何もする事が出来なかった。
しかし番組が始まってから二ヶ月過ぎた頃である。
そのレギュラー放送の冠番組はワンクール、三ヶ月で打ち切りになる事になったのだ。
当初は一年間の放送予定だったが急遽打ち切りになったらしい。
その事を話す妹はすっかり落ち込み、気持ちは沈んでいた。
「残念だけど、厳しいスケジュールの中よく頑張ったよ。お疲れ様」
「…うん」
「ワンクールといっても毎週放送されたんだからきっとファンも増えたんじゃないかな」
「…うん」
何を言っても妹は空返事だった。
しかし過密なスケジュールからは解放され、これからはいつもの妹が、いつもの妹の笑顔が戻ってくるに違いない。
と、俺はそう思っていた。
妹が所属するグループの番組の最終回が放送される日。
「最終回、一緒に見ようよ」
と妹にメールした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます