第12話
俺の家族は三人、母子家庭だった。
母と俺と妹。
父親は俺や妹がまだ幼かった頃に他界し、それからは母親が女手一つで家庭を支えていた。
裕福とは決して言えないその生活の中でも母は明るく、子供達はそんな母を励ましていた。
しかし、俺が高校に上がったくらいの頃だ。
母が癌の末期症状である事が判明したのだ。
半年の闘病も虚しく、母は死んだ。
俺が高一、妹が小六の冬、家族はその二人だけになってしまった。
収入がなくなった分は俺が稼がなければならない。
家賃や生活費を支払う為に俺はバイトを増やし、足りない分は母が貯めてくれていた俺の大学進学資金を切り崩して兄妹二人なんとか生活していた。
俺は大学に行きたかったが俺が妹の親代わりになった以上、もはや諦めるしかなかった。
高校を出ると俺は工場で働く事になった。
やりがいも面白みもない時間がひたすら続く工場での仕事はただただ苦痛だった。
しかし、妹が日々成長する姿を見ているとその苦痛も和らいでいた。
そんなある日の事だ。
「お兄ちゃん、私アイドルになるよ」
仕事を終え家に帰ると妹が突然そう言ってきたのだ。
「何だよ急に、アイドルって」
「私ね、お兄ちゃんに内緒でアイドルのオーディションに申し込んだんだ。そしたら最終選考まで残って、今日合格の通知が来たの」
「オーディションって…ちょっとその内容詳しく見せてくれ」
妹が申し込んだアイドルのオーディションの内容を見てみると、それは俺でも名前を聞いた事があるタレントも所属しているそれなりに大きい芸能事務所が主催するオーディションであった。
妹がそんなオーディションに合格する事にも驚いたが、まず何より妹がアイドルに興味を持っている事に驚いた。
俺の家は元々貧しく、そのせいか妹はあまり物を欲しがるそぶりを見せない子だった。
芸能や音楽にも詳しくないと思っていた妹から「アイドルになる」なんて言葉が出てくるとは思いもしなかった。
「アイドルになりたかったのか…?」
「ううん、そういう訳じゃないんだけどさ、私もお金を稼いでお兄ちゃんに楽になって欲しくてさ」
「お前はそんな事考えなくていいんだ。お金はお兄ちゃんがちゃんと稼ぐから」
「でもお兄ちゃん、お母さんが死んでからずっと働き詰めだよ。昔は楽しそうに笑った顔を見せてくれたのに今は凄く悲しい顔しかしてない。そんなお兄ちゃんを見ると私も悲しい」
「…」
「それにね、私この世界で勝負してみたくなったんだ。合格の通知をもらって、私でも誰かの役に立つ、誰かの為になれるんだって気持ちが出てきたの」
「そう…お前がやりたいって言うならお兄ちゃんは止めないよ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
そう言って妹は俺を抱きしめた。
たった一人の家族のあのときの温もりは今になっても忘れる事が出来ない。
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