第10話
ベルフェゴールの片足に踏みつけられたミカエルの姿は実に弱々しく見えた。
堂々と威勢を張っていた先程までの強気の気持ちは薄れ、ミカエルはただベルフェゴールを睨んでいた。
「惨めだなミカエル」
「…」
「そこの人間!」
と、ベルフェゴールは俺に向かって呼びかけた。
「人間、この胸に刺さった槍を抜け。この槍でミカエルにケリをつけてやる。さもなくばお前から殺す」
そう言って迫り、こちらへ歩いてきた。
俺は震えていた。
ミカエルがこの悪魔に勝てないのであればもうどうにもならない。
俺の精神はただただ恐怖に支配され、ベルフェゴールの言われるがまま、その胸に突き刺さった槍に手を触れた。
しかし、その瞬間
「俺、何で恐れているんだ…?」
と、思わず声に出してしまった。
そのとき、俺の中で恐怖心よりさらに強い気持ちが心の底の方から沸々と沸いてきている感覚に気づいた。
その気持ちとは怒りである。
得体の知れないその怒りは段々と脳へと達し、俺の腕、足、身体全体にまで伝わってきた。
そして俺はベルフェゴールに刺さったミカエルの槍を引き抜くと、今度はその喉元に思い切り槍を突き刺した。
「ゴッ!」
意外、不意を突かれた、と言わんばかりの表情をベルフェゴールは浮かべていた。
そんな事など気にせず俺は手に持つ槍に力を込め、そして槍は血飛沫をあげベルフェゴールの喉を貫通した。
俺は再び槍を引き抜くと間髪入れずベルフェゴールの腹を槍で突いた。
この一撃は一瞬でベルフェゴールの身体を貫いた。
「アッ…お前は…!」
ベルフェゴールが何か言おうとしている様子だったが知った事ではない。
俺の身体を支配する怒りが強くなればなる程、槍を持つ力が強まっていった。
目が白目になり言葉も碌に発せない状態になったベルフェゴールは尻もちをついた。
俺はベルフェゴールの肩を蹴り、その身体を地面に沈めると槍を何度も何度も突き刺した。
一心不乱だった。
ベルフェゴールは既に死んでいると頭の片隅では分かっていてもその動きは止まらず、その肉体がぐちゃぐちゃになるまで槍で切り刻んだ。
「アキト、もういい!」
俺が気づいた頃に頭に入ってきたのはミカエルのその声と、眼下に広がる悪魔だったものの肉片であった。
張り詰めていた心の糸が一気に緩んだのか、俺は脱力し、地面に座り込んだ。
そして何故か俺はベルフェゴールに食われた女子高生の制服を見つめていた。
数分後、俺とミカエルはこの建物を後にした。
二人とも血まみれである。
「…アキトにそんな力があったとは。やはり魔術の影響か」
「そんな訳あるか。ただの火事場の馬鹿力だ」
「悪魔の肉体を破壊するなどまともな人間には出来ない芸当だ。それ以外あるはずがない」
「魔術かどうかは知らないが、何故か怒りを感じた。その怒りに身を任せたらミカエルの槍が奴の身体をスッと通っていったんだ」
「怒り?何に対する怒りだ」
「…あの悪魔、女の子を食っていただろ。それが無性に腹立たしかった。食われた子の事を思うとさぞ無念だったろうな、と」
「…」
「しかし、その怒りは悪魔だけでなく自分自身に対しても抱いたものなのかも知れない。俺の魔術さえなければあんな悪魔は生まれなかった。そんな自分に怒りを感じたのかも知れない」
「…アキト、数年前に自殺したお前の妹はベルフェゴールに食われた子と同じくらいの年頃だったな」
「だったら何だよ」
嫌な事を思い出させる奴だ。
俺が魔術を使うその発端も怒りからだった。
あいつの無念を晴らす為には魔術でこの世界を壊してやるしかない。
そんな動機だった。
しかし、その過去の俺の怒りの矛先が今、現在の俺に向かっている。
この世界の多くの人の安全と生命を脅かしている。
自分で起こした因縁は自分で収めるしかない。
俺は俺の魔術に決着をつける。
そんな気持ちを確かに抱いていた。
「おいアキト、空を見てみろ」
ミカエルに言われふと空を見上げると数ヶ月止むことがなかった雨は次第に弱まり、雲の隙間からは小さな晴れ間が顔を出していた。
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