第9話
ベルフェゴールはさらに語り続けた。
「俺が人間を一人食うと手が獣の形から人間の形となり、二人食うと足が、三人食うと胴体が人間の形となった。そして食う度に俺の肉体は強化され、魔力は増していった」
「人間を食うだと…?」
「あぁ、しかしいくら食らっても頭だけは獣のままだ、別に構わんがな」
「人間の身体を得るなど、そんな事をして何になる!」
「…仕方ない、無知な天使に教えてやろう。二つ理由があるのだ。一つは人間の肉体を得て魔力を蓄える事で力を持ち、そしてその力でこの地域一帯を俺の王国にする為だ」
「王国?悪魔が支配する王国だと?馬鹿な、そんなもの出来るはずがない」
「そう思うか?しかし現にここは、この城は俺を主人にした一つの王国になっているではないか。この城を皮切りに人間どもの土地を次々に奪い、俺の支配下に置いてやるのだ」
「悪魔は魔界に棲家があるものだ。何故地上にそんなものを作る!」
「もうじきあのお方がこの地上に降りられる。そうなれば人間が支配しているこの世界も一瞬でそのあり様が変わるであろう。その時だ、その時こそこのベルフェゴールが地上に君臨する機会が訪れる。その時の為の王国なのだ」
そしてベルフェゴールは座っていたゲーミングチェアからむくりと立ち上がった。
「俺が人間を食うもう一つの理由、それは言わずもがな、美味いからだ」
ニヤリと笑いながらベルフェゴールはそう言った。
「なぁミカエル、知っているか。人間でも種類によって美味いのと不味いのがある。大人の、特に男は不味い。肉が硬すぎるのだ」
ミカエルと俺は言葉を失っていた。
常識とはかけ離れた価値観をぶつけられ理解が追いついていかなかった。
「だが女や子供は肉が柔らかくて美味い、一度食ったらやめられん…これの様にな!」
するとベルフェゴールはその足元にあった何かを蹴り上げた。
その『何か』はこちらの方へ大きく飛び、そして俺の身体に当たった。
何だこれは、ぐしょりとしている…湿った布だ。
水気を多く含んだその布をまじまじ見てみると、それは血まみれになった女子高生のものと思われる制服と下着だった。
俺は思わず腰を抜かした。
下の階で連れて行かれた女子高生はもう既にこの世にはいなかったのだ。
俺はその制服を握りしめながらも頭が真っ白になっていた。
あの子達に友達を助けると約束したのに…一体何のためにここまで来たのだ…と、俺は茫然自失していた。
「お前達は男だから不味い。だから食わん。その代わりなぶり殺しにしてやる。それはそれで面白いのだぞ?初めは威勢のいい事を言っていても最後には命乞いをしてくる豹変の様は傑作だ」
そう言うとベルフェゴールと側にいた人面キョンはこちらに向かい歩いてきた。
「ベルフェゴール、許さん!」
ミカエルもベルフェゴールに向かい進んでいった。
ミカエルは手にナイフを構え、そしてそれを変形させた。
先程はナイフの刃の部分をぐにゃりと伸ばし剣の形にしていたが、今回は柄の部分をすーっと長く伸ばしていた。
そしてミカエルが手に持つそれは剣ではなく槍になっていた。
ミカエルはその槍を両手に構え、背中の羽を大きく羽ばたかせながらスピードを上げ、まずはベルフェゴールの隣の人面キョンに向かって突進していった。
ミカエルの槍は人面キョンの口から入り胴体の部分を一瞬にして貫いた。
ミカエルは串刺し状態になった人面キョンの身体を槍を振り回して引き抜き、それと同時に人面キョンをベルフェゴールに叩きつけた。
その次の瞬間、ミカエルはベルフェゴールの胸元に槍を思い切り突き刺していた。
しかし、ベルフェゴールはそれを受けても何故か不敵な笑みを浮かべていた。
「ミカエル、何故槍なのだ?」
「…!」
「お前が悪魔を殺すとき手にしていた武器はいつも剣だったはず、何故槍なのだ?」
その問いにミカエルは何の返答もせず、ただ顔を強張らせてベルフェゴールを睨みつけていた。
「ミカエル、自分でも分かっているのではないか?今のお前の力では俺には及ばない事を。それ故に俺を恐れている。剣ではなく槍を使ったのはその恐れの表れだ。槍なら遠距離から攻撃出来るからな」
そう言うとベルフェゴールはミカエルを片手で掴み、地面に思い切り叩きつけた。
ドン!という鈍い音を立て叩きつけられたミカエルはうずくまりながら、どこか動揺している様だった。
「くっ!何だと…」
そしてベルフェゴールは一方的にミカエルを蹴り、足で踏みつけた。
「弱い!弱いなぁ、ミカエルよ!」
「うっ!うぅ…!」
「まさかこの俺が最上位天使、ミカエルを殺す事が出来る日がやって来るとはな」
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