第8話
俺の魔術は言うなれば祈り、或いは呪いの様なものだ。
ドラクエの様に炎を出したり冷気を放ったりするものではない。
というか俺の魔術が効力を発するなど昨日までは思いもしなかった。
ミカエルが戦っている瞬間、俺も魔術で対抗出来たら…という考えもふと頭を過ったが、それは違う。
大きく違う。
まずそんな事は出来ないし、そもそも俺の魔術が原因で今の事態は起こっているのだ。
被害者も少なからず出ている。
そう思うと気が重かった。
自分が情け無く思えた。
そんな気持ちを抱きながら俺は階段を上った。
五階。
その階にたどり着いた瞬間、ミカエルが言う『魔力』という概念が本当に理解出来た気がした。
他の階とは明らかに様子が違う。
異様な空気感、まるで俺の皮膚をザラザラと触ってくるかの様に実体的な空気がその場を覆っていた。
これが魔力なのか。
そして目に見えなくとも感じる。
そこに何かがいると。
周りの全ての存在を脅迫するかの様な、強烈で圧倒的な存在感。
何だよ、あれ…!と思わず叫びたくなった。
「ミカエル…」
「あぁ、いるな」
ミカエルは頭上の光輪を光らせ、薄暗い店内を照らしながら歩いた。
ここはパソコン売り場だったらしい。
電源が切れているPCやそのモニターが幾つも並んでいた。
しかし、俺たちが歩いていると何に反応したのか一つのPCが起動した。
そしてそのPCに呼応するかの様に他のPCも一斉に起動し、多くのモニターからはビカビカとした光を放っていた。
その光に照らされながら、それはいた。
ゲーミングチェアに両肘を付きながらずっしりと座り、鼻息を荒く立てている一人の男。
その体型は少し腹が出たプロレスラーの様にがっしりし、上半身は裸で下にはトランクスを履いていた。
そして四つの角を生やしたキョンの頭を持ち、その頭の体毛は胸までボサボサと続いていた。
「ベルフェゴール様、あいつですぅ!あいつが天使ですぅ!」
ふと目を向けると隣には四階にいた人面キョンがおり、ゲーミングチェアに座る男にそう呼びかけていた。
喋れるのかあのキョン。
「ベルフェゴールだと?」
と、ミカエルがつぶやいた。
俺も魔術に傾倒していた身だ、その名くらいは知っている。
ベルフェゴール、それはある悪魔の名前だ。
「どの雑魚天使がやって来たと思えばミカエルではないか」
キョンの頭を持ったその悪魔は重々しい声でそう言った。
「しかし見たところ最高位の天使の力量を備えているとは到底思えん。ミカエル、お前転生したばかりでまだ本来の力を得ていないな…」
「ベルフェゴール…⁉︎私の知るベルフェゴールはこの様な姿ではなかった筈だ!」
「俺の知るミカエルもお前の様な姿ではなかった。しかし俺はお前が分かる」
「…」
「ミカエル、そんなものか。数多の悪魔から恐れられたお前も今やその程度のものなのか」
ベルフェゴールと呼ばれる悪魔は声を荒げ、そして高笑いをした。
その笑い声は人間のものとも動物のものとも違う、異次元の生き物の声と思える様な、とても奇妙な声だった。
「ベルフェゴール!魔界にいる筈のお前が何故その様な姿で地上に現れた!」
「それはお前も分かっていよう、ミカエル。もうじきあのお方が降臨される。それに応え俺も地上に現れたのだ」
「…くっ」
今まで強気の表情しか見せなかったミカエルがあからさまに動揺していた。
そんなミカエルを尻目にベルフェゴールは語り出した。
「魔界にいた筈の俺が、ある日目覚めたらとある山林の中にいた。何事かと思い野山を駆け抜け、そして一つの民家にたどり着いた。その家の中を漁りながら見た鏡の中には一頭の獣がいた。悪魔だった俺は地上世界の獣に転生したのだと、そのとき気づいたのだ」
「悪魔がキョンに転生しただと?」
「あぁ、天使であるお前が人間に転生した様にな」
「しかしお前は首から下は人間の姿をしている」
「くくく…あぁ、それはなぁ」
不気味な笑みを見せながらベルフェゴールは言った。
「俺が行ったその民家、無人だったと思うか?いや違う。そこには留守番をしていた幼い子供がいた。それをなぁ…くくく」
「何だと!」
「それを食った後、しばらくしたら獣の身体だった筈の俺の手が人間の手になっていたのだ。どうやら俺は人間を食うと人間の身体を手に入れる体質らしい」
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