第6話

「この建物、電気は通っていない様だな」


その建物の屋内は薄暗く、空気は生ぬるかった。


そしてエスカレーターも止まり、エレベーターのボタンを押しても何の反応もない。


本来なら現代技術の先端を展示するはずの家電量販店で文明的なあらゆる力が働いていなかった。


「薄気味悪いな、そして誰もいない」


「やはり上のフロアだろう。アキト、階段で行くぞ」


一階には人間も生き物も姿形がなかった。


俺たちは階段を上り、一フロアずつ探索する事になった。


これじゃまるでホラーゲームじゃないか、ゾンビなんか出てきたりしないだろうな。


そう思いつつ階段を一段一段上っているとそれは突然現れた。


キョンだ。


それは一階と二階の間の踊り場に一頭、門番の様に佇み、こちらを見下ろしていた。


しかもそのキョンは普通のそれと様子が違っていた。


頭が二つ生えていたのだ。


その多頭のキョンは一つの頭でこちらを確認すると、もう一つの頭がまたこちらを睨んだ。そして…


「ギャーオッ!!」


と急に鳴き出し、威嚇した。


俺は狼狽え、身体が硬直してしまった。


しかしミカエルは何でもない事かの様に一歩一歩前に進んだ。


そして例のナイフを手に持ち構えると、そのナイフの刃は水飴の様にグニャーっと溶け、形を変えた。


ナイフが溶け終わると、それはほんの一瞬で刃渡り70センチほどの剣に変形したのである。


その剣を手にミカエルは力む事もなく、声を上げる事もなく、二つ頭のキョンの一つの首を刎ねた。


「ギャ⁉︎」


片方の首から血を流しながら一つ首になったキョンは威嚇から一点、慌てて逃げようとした。


しかしミカエルはそのキョンの角を押さえ、あっさりともう一つの首も刎ねてしまった。


「行くぞ、アキト」


涼しい顔でミカエルは言った。


この男は何者なんだ…


俺は改めてそう思い直した。


めちゃくちゃな話をする翼の生えた男、という認識しか俺にはなかったが、どうやらそれだけではないらしい。


妙に小慣れている。


それはこの男がアメリカの大自然の中で生きてきた故に出来る振る舞いなのか、或いは天使の生まれ変わり故なのか。


いずれにせよ、俺が今まで出会ってきた人間とは訳が違うらしい、という事がこのとき初めて理解できたのかも知れない。


俺は固まっていた身体をなんとか動かして階段を登った。


踊り場ではキョンの二つの首が転がり、首が無い胴体は微かに痙攣しながら横たわっていた。


俺たちはその場を後にし二階に上がった。



二階。


その雰囲気は生き物の気配を感じなかった一階とは明らかに違っていた。


俺が二階に到着するや否や無数の視線が俺たちに向かってきた。


その場で確認できるだけでも凡そ三十から四十頭のキョンがいる。


しかもこのキョンも普通のものとどこか違って見えた。


それはどことなく人間の顔に近い頭を持っていたのである。


そして、その無数のキョンは俺たちを見るなり…


「テンシッ!テンシッ!!!」


そう叫んだ。


それは鳴き声というより人の叫び声に近い音だった。


「アキト、やはりこいつらは悪魔だ。俺が天使だという事を認識している」


「なんだよそれ」


「下がっていろ。この程度の低俗悪魔、いくら数がいても俺の相手ではない」


そう言うとミカエルは翼を大きく広げ、更に頭上の光の輪を強く輝かせた。


薄暗かったその空間は一気に明るくなり、その光がキョンの群れを照らした。


その瞬間、叫んでいたキョンは思わず怯んだかの様に見えた。


その隙を狙いミカエルは一気に踏み込み、一頭のキョンを手に持つ剣で刺し殺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る