第5話
「不思議な不思議な池袋、東は西武で西東武〜」
「何だそれは、最近流行りの歌か」
「まあ知らんよな、アメリカ人でしかもアーミッシュのお前には」
「くだらぬ、浅ましい都会自慢か」
「そんなつもりはない。だがこの歌は日本人にとって魂の歌なのだ」
「何だと?そんなに崇高な歌なのか?」
「あぁそうだ、俺達が今から赴く家電量販店の安っぽいCMソングだ。日本人は子供の頃、毎朝学校に行く前にテレビから流れるこの歌を聴いて育ったものだ」
ミカエルは怪訝な顔して俺を見た。
いかにも清廉潔白そうなこの男にも、俺の拙いジャパニーズジョークは伝わったらしい。
俺から言わせれば自身を天使と称する方がよほどジョークに思えるがな。
「そう言えばさっきのキョンの群れ、なんで俺たちを襲わなかったんだろう」
「恐らく天使である私がいたからではないか、敵わないと判断したのだろう」
「なんだミカエル、そんなに強かったのか」
「見くびるなよ、私より実力がある悪魔などそうはいない」
「それは頼もしいね、キョンの悪魔も東京ドームにいる悪魔もミカエルにかかれば大した事ないか」
「…」
その問いにミカエルは答えなかった。
まさか東京ドームにいる悪魔を恐れているのか?
彼が何を根拠にその自信を持ち、何を根拠に恐れているのか俺には分からない。
しかし実際の悪魔を見れば俺にも少しは理解出来るのかも知れない。
足取りは重くも俺たちは駅前の家電量販店まで向かった。
「着いたぞ、ここがさっきのおじさんが言っていた家電量販店だ」
「…これは、なんと禍々しい。この建物から地上のものとは思えぬ程の強烈な魔力を感じるぞ」
魔力という概念が実在するか否か半信半疑だった俺もその光景を見るや考えを改めそうになってしまった。
そこは明らかに異様な気配に包まれていた。
空気は澱み、空間が捻じ曲がったかの様な雰囲気を醸し出していた。
まるで魔王が棲む居城の様だ。
外見そのものは普段見知った家電量販店と何ら変わりない筈なのに、一体何がそう感じさせるのか、そしてこの中では一体何が起こっているのか。
得体の知れない気味の悪さに背筋が凍り、俺は思わず足を止めた。
「何だアキト、怖いのか」
「いや怖いというより俺の本能がここに入ってはならないと警告している様で…」
「それはそうだろう。やはりアキトは魔術使い、魔力を感じているではないか」
「…」
「こんなところで時間を喰っている訳にはいかない、行くぞ」
「おい…!」
ミカエルは俺の腕を掴み、強引に俺を連れていった。
こうなれば仕方ない、俺が生み出した魔力、悪魔の実体とやらを見てやる。
自信に満ち堂々と進むミカエルのメンタルにも釣られてか、俺は家電量販店の屋内に入っていった。
「…これは酷い」
外から見た雰囲気も異様だったが、その内側の光景はさらに歪だった。
展示されていた筈の家電製品はズタズタに壊され、内装も無数の傷で覆われていた。
さらに床には泥と血で出来た足跡がその一面を走り、ここで起こったであろう惨劇を無言で語っていた。
そして何より強烈なのが匂いだ。
動物園にいるかの様な強烈な獣の匂い。
ここが人間の縄張りではなく、キョンの、獣達の縄張りだとハッキリと主張するかの様な匂いが鼻の奥までを突き抜けた。
「ここまで荒らされているとは…前に来たときとは見違えて見えるな」
「もやは人のテリトリーではない、完全に魔族の住処と化している」
「しかし、誰もいないな。人も、キョンも」
「いや、気配は感じる。それもすぐ近くだ」
そう言うとミカエルは先程俺に見せたナイフを手に取り構えた。
ナイフはその鋭さを誇るかの様に、この薄暗い空間で一筋の光を映していた。
しかしナイフはナイフだ。
キョンが無数に現れ襲われでもしたらナイフ一本では太刀打ちしようがないだろう。
或いは卓越したナイフ術の達人なのか。
俺は不安に駆られながらも、何故か動じず自信に満ちた表情のミカエルと奥へ進んでいった。
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