第4話


雨が降っている。


シトシトと、強くもなく、弱くもない。


常に一定のリズムでその雨音は鳴り響いていた。


それは今に始まった事ではない、この半年、絶え間なくずっとだ。


その雨は千葉県我孫子から柏まで歩く、とても酷く見窄らしい姿をした非正規派遣労働者たる俺と自称偉大なる神の使いこと大天使様の頭上にも延々と降り注いでいた。


この自称天使様曰く、この忌々しい雨は俺が魔術を使った為に起きた現象だそうだ。


実にオカルト的で、実に非現実的で、実に馬鹿馬鹿しい。


しかしこうも思う。


この世界が、この社会が、アイツにして来た結果がこれだ。


ざまあみろ、と。


兎にも角にも俺がどう思おうと雨は降り続ける。


俺の衣服を重たく濡らし、常に打ち付けるこの雨がとてもとても鬱陶しかった。


「そろそろ雨、止まないかな」


「何を戯言を、この雨が止むか否かはいアキト次第だ。アキトが魔術を用いたときの様に、今度はその魔術を解除するのだ。さすれば今にでも雨は止むはずだ」


「え、本当に?じゃあ…雨、やめー‼︎」


「…」


「雨、中止中止!」


「もう良い」


「え、なんで」


「アキトの心の奥底には、自身が起こした魔術を解除する気持ちなど決してしないという意志がこびりついている」


「?…そういうものか?」


「アキト、私は天使だ、お前が如何に誤魔化そうとも私には分かる。お前には意地でも消せない恨みがある。それ故に雨を降らせるのだな」


「…ふん」


半分正解で半分不正解だね。


雨が降る事はどうでもいい。


むしろ止んで欲しい気持ちの方が強い。


しかし、世界なんて壊れてしまえ、という気持ちは未だ拭い切れていない。




「ずっと住宅地だった景色が急に都会めいてきたな」


「ああ、ここはもう柏だ」


そうこうしてる間に俺たちは柏にやってきていた。


「おいあんた達、表に出ちゃ危ねえよ!」


まるで無人街と化した光景の中でその声は聞こえた。


人がいる。


俺とミカエル以外の人間は消滅してしまった世界にきたかの様な心地だった俺はほんの少し安堵していた。


「え?羽が生えてる…?ば、化け物だ!」


「おっと」


ミカエルは咄嗟に自身のその翼を衣服の中にしまった。


「この羽は生まれつきのものだ、化け物と言われる筋合いはないな」


ミカエルはそう言うが俺には十分化け物じみて見えるね。


「…そうなのか?キョンの化け物といいアンタといい、この世界はどうなっちまったんだ」


「キョンの化け物?」


見た目、五十代とみられるその男はそう言った。


そして少し身体を震わせ、怯えた目でこちらを見ていた。


「なんだそのキョンの化け物というのは」


「…数日前に現れた首から上がキョンで身体は人間の化け物だ。突然柏駅前に現れたその化け物は手下のキョンの群を従えてビックを占拠しちまった」


「ビック?なんだそれは」


「ああ、家電量販店の」


「そう、そのビックに居座ってこの辺り一帯を自分の王国にするとかなんとかぬかしているらしい」


めちゃくちゃな話だ。


急に天使が現れて魔術だの悪魔だのと非現実な世界に連れ込まれた様な気持ちだった中、やっと現実の住人に遭遇したと思った。


しかしその住人からめちゃくちゃ非現実的な話を聞かされるとは。


頭がどうにかなりそうだ。


「警察は対応しなかったのか」


「そりゃしたさ、警察どころか銃を持った特殊部隊も出て来てビックに突入したんだがまるで歯が立たなかった」


「何故?」


「銃が効かないそうだ、キョンの化け物には」


「…」


その言葉を聞いた瞬間、ミカエルの表情が少し固まったかの様に俺には見えた。


「そんでよ、警察にも特殊部隊にもえらい被害が出たそうで一時退却だ。それからキョンの化け物は手下のキョンを使って人間をさらい、ビックの中で奴隷にしてるらしい」


「キョンを使って?」


「あぁ、そうだ。だから誰も外に出ないしあんたらにも危ないと言ったんだ」


「キョンならさっき…」


「いやアキト、もういい。情報感謝する、あなたも隠れててくれ」


「そうか…あんた達もどこかに避難するんだぞ」


そういうと男は近くの建物の中に急いで入っていった。


「なんだミカエル、何か知っている風だな」


「あの男が言ってたキョンの化け物、悪魔かも知れん」


「悪魔?悪魔は東京ドームにいるんじゃないのか」


「あれは私が米国にいても感じ取れるほどの巨大な力を持った悪魔だ。しかしキョンの悪魔など見た事も聞いた事もない。おそらく下級の悪魔だろう」


「下級の悪魔なのに銃が効かないほど強いのか」


「下級といえど悪魔に人間の武器は通じない、聖具でなければ駄目だ」


「聖具?」


「ああ、神の使いにのみ持つことを許されている聖なる武器、それを聖具と言う。例えばこんなものだ」


そう言うとミカエルは懐からナイフを取り出して見せた。


そのナイフは左右対称の形で刃渡りは標準的な包丁ほどの長さ、刃はおそらく諸刃だろう。


「そんなもの持ってたのかよ、おっかねぇ」


「これを用いてそのキョンの悪魔とやらを討伐しに行くぞ」


「なんでだよ」


「私は天使だ、地上に降臨した悪魔を排除する義務がある。そしてアキトにもな」


「はぁ?なんで俺に」


「アキト、何故悪魔が現れたか分からんか」


「…」


「お前の魔術がそもそもの原因だ。おそらく東京ドームの悪魔に呼応して下級の悪魔も湧いて出たのだろう」


嘘だ。


そう叫びたくなった。


確かに俺は魔術を使ったが、その影響でそんな化け物まで生み出しただと?


絶対に信じたくない気持ちの一方、俺自身が途轍もなく恐ろしい存在に成り果ててしまっていたのか、という虚無感も感じていた。

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