第2話

天使と名乗るマイケル・スコットに手を引かれ俺は外に出た。


そこには町全体が黄土色の水に覆われ、川の様に流れが出来ている光景があった。


「この状況で避難もせず家でぬくぬくと寝ている奴などお前一人と思うが?」


「もうちょっと何とかなると思ってたんだけどな…」


「能天気な奴だ、こんなのが強力な魔術を使えるなど信じられん」


「別に信じなくていいんじゃないか」


正直俺も信じられないしコイツが天使だという話も信じられない。


この男のこの翼もちょっと大掛かりなコスプレで、今回の事態もちょっと大掛かりなドッキリなんじゃないか、と思いたい気持ちが俺の頭と心の中でひしめいている。


しかしそれにしては実に奇妙だ。


「マイケル…いやミカエルでいいか?お前、何故俺が魔術を使ったと知った?何故俺の存在を感知出来た?それが実に不可解だ。俺が魔術に傾向している事など誰にも言っていないはずなのに」


「ふん。お前…いや、これからはアキトと呼ぼう。アキトはこの私が天使だと言う事を信じていない様だな。天使とはすなわち神の使い。アキトが何を考え、何を成したのかなど造作もなく読み取れる」


「アメリカにいるマイケルが俺の事を?」


「ああ」


「この俺が日本、関東の端っこ茨城にいる事も?」


「ああ」


なんだかとてつも無く気持ち悪くなってきた。


超常的力の持ち主が事もあろうに俺のストーカーになったかの様だ。


頼むから社会の端っこにいる様な俺の事など誰も気に留めないでくれ。


そう叫びそうになった。


「それにしても、どうやってここから出るか…泳いで行くしかないか」


「いや待て、あれを見ろ」


ミカエルが指差すその方向を見るとボートの様なものがこちらに向かって流れているのが見えた。


「あれは…確か近くの牛久沼にあったボートだ。何度か行った事がある。しかしここまで流れてくるとは」


「手漕ぎボートか、オールは無い様だが」


「タイミングよく船が流れてくるなんて…これも俺の魔術の影響か?それとも天使様のお計らい?」


「いや、これはただの偶然だ」


この男の言う事全て嘘か本当はますますわからなくなってきた。


「そう言えばミカエルはどうやってここまで来たんだよ」


「飛んできた」


「その羽飛べるのかよ!じゃあ俺を飛んで運べば良いんじゃ」


「飛べるのは俺の身体の分だけだ、人間を運ぶ事など出来ん」


「ふーん…」


「ボートが近づいてきた、離れないうちにさっさと乗るぞ」


俺とミカエルは俺の部屋の玄関口まで二メートルほど近づいてきたボートを引き寄せ、そして乗った。


「さて、乗ったはいいがオールがない。代わりになるものを探すか」


「待て、私に考えがある」


ミカエルはそう言うとボートの先で後ろ向きになり、自身の翼を大きく広げ、前から後ろに向かって羽ばたき風を送った。


「おお、風が推進力になってる、結構進むもんだな」


「これで近くの陸地まで行こう。どの方向に行けばいいかわかるか」


「取り敢えずそうだな…常磐線の東京方面を辿って行けば良いかな」


どうしてこうなった、と言いたい気持ちを抑え俺とミカエルは東京ドームに向かい進み出した。


「あ、そうだ、今日俺仕事あるんだけど」


「何を言っている、仕事どころではないだろう。アキトには重大な責務がある。それを果たしてもらわねば」


「また大袈裟な事言っちゃって」


「大袈裟なものか。現にアキトはここまでの大災害を引き起こしている。そして東京ドームの卵から悪魔でも産まれようものなら世界の存亡にも関わるぞ。事の重大性を認識しろ」


現実味が湧かない。


しかしこれだけは言えるかも知れない。


俺は魔術の力でこの世界を破壊してしまおうと心の底から願った。


これは確かだ。


「アキト、何故魔術を使った」


「何故って、さっきも言っただろう。何かカッコイイからだよ」


「…ここへ来る途中少し調べたが、アキトの妹の事が関係しているのか」


「…」


「アキトには数年前、自殺で亡くした妹がいたはずだ」


「やめろ」


「そのときの怨みか」


「やめろ、妹の事を口にするな。それ以上言うと協力しないぞ」


「…」


それからしばらく沈黙の時間が続いた。


俺たち二人が乗るボートは茨城と千葉の県境まで差し掛かっていた。

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