天使転生

歩瀧瑛

第1話


昨日は深酒してしまった。


いや、昨日だけではなく確かここ最近はずっと深酒だ。


そのせいか目覚めが重い、頭が痛い。


朝もいい時間なのに半覚醒、半睡眠状態だ。


ええと、今日の派遣現場はどこだったか…昨日の倉庫では酷くこき使われた。


またあそこでなければいいのだが…。


と、意識朦朧と考えを巡れせていたが俺はやがて一つの異変に気づく。


わぁ…部屋が浸水してらぁ…。



雨が降っている。


それも毎日、半年以上止むことなく関東地方には雨が降っていた。


俺が住む二階建てアパートの二階にもその恩恵がやって来たという訳だ。


「うわつめて、どうすんだよコレ」


それが今日の俺の第一声だった。



「お前、小早川暁斗だな」


その男の声を聴き、俺はもう一つの異変に気づく。


俺の部屋に誰かいる。


一人暮らしで一度も人を呼んだこともないこの部屋にだ。


「え、誰…!」



部屋が浸水する事にはさほど驚きを感じなかった。


半年降り止まない雨の影響で増水が続く近くの利根川もいつ河川氾濫してもおかしくない、と市から散々避難警告があった。


しかし見知らぬ男が俺の部屋にいる事には流石に動揺している自分がいた。


ふと俺を呼んだ声の主に視線を向ける。


それは若い白人、おそらく俺とたいして歳も変わらないであろう金髪の白人が流暢な日本語で言葉を発していた。


「私はマイケル・スコット、米国人だ」


「いやそういう事じゃなくてさ、なんで俺の部屋にいんの。見ず知らずのアメリカ人が」


「部屋に鍵はかかっていなかったが?」


あれ?昨日帰ってきたとき施錠しなかったっけ…?


とも思ったが思い直し、


「部屋に鍵がかかってなかったら入っていい訳ないだろ。何の用?泥棒?強盗?見るからに貧乏そうな風呂トイレが一緒になってるアパートに?」


「私はお前に用があってやってきたのだ、はるばる米国からな」


余計に解せない。


俺は見知らぬアメリカ人に因縁を持たれる覚えなど一切ない。


一つ思い当たる節があるとするなら海外のポルノサイトを日常的に閲覧する事くらいだ。


あれがそんなにまずかったか…?


「俺に何の用があるってんだよ…」


「日本に降り続いているこの雨、お前が原因だな」


「はぁ?」


「お前は魔術を使った、この雨はその影響によるものだ」


「あっ」


はたから見れば頓珍漢な発言をするサイコパスにも思えるが、俺は狼狽えた。


「この小さな部屋に似つかわしくない、夥しいほどの魔術書、これは一体何だ」


俺の部屋は何の変哲のないワンルームだ。


しかしその小さな部屋には所狭しと魔法や魔術に関連する書籍で埋め尽くされていた。


「いやこれは何つーかさ、趣味っていうか…何かミステリアスでカッコいいじゃん、魔術って」


「魔術はそんな軽はずみな気持ちで扱っていいものではないし、そんな軽はずみな気持ちでならここまでの大災害を引き起こせるはずがない。しらを切るのも大概にしろ」


「何ムキになってんだよ、オカルトだろ魔術なんて」


俺がそう言うと男はキッと俺を睨み、そして右手を振り上げ、拳を握った。


「わ!ぶたないで!」


と思わず叫び一瞬目を瞑ったが、目を開いたときには想像だにしない光景がそこにあった。


男の背中からこの狭いワンルームいっぱいに広がる二枚の翼が生えていたのである。


「え…何者…?」


「我が名は熾天使ミカエル、人の肉達に転生し前世と我が使命を忘却していたが昨今の魔術の氾濫により目覚め、そして参った」


「て、天使…?」


何を言っているのかのだこの男は。


確かに俺は魔術を使ったよ。


それも強い意志を持って。


この雨の影響もそのせいだと言われれば腑に落ちない事もない。


しかし天使だと?そんなリアリティーの無いものが目の前にリアルな姿形をして目の前に立っているだと?流石に何かの冗談だろ。


「小早川暁斗、お前は魔術を用いただけで無く、悪魔召喚までも試みたな」


確かにこの自称天使が言う通り、悪魔召喚もしたかも知れない。


それだけではなく俺はありとあらゆる魔術を試した。


「先日、東京ドーム内に突如出現した巨大な卵型の物体の存在は知っているな?」


「あぁあれ、巨大生物の卵だとか地下から隆起した鉱物だとかって…それで野球もイベントも全て中止になったってヤツ」


「その卵型の物体こそお前が召喚した悪魔だ」


冗談じゃない。


魔術は使ったがそんな具体的な状態でこの世界に現れるなんて信じられるか。


「魔術がもし実現されるならもっと抽象的な形だと思ってたんだけど」


「本来ならそうだ。並の人間が使う魔術ならそうだ。しかしお前が使った魔術は常軌を逸してる。人類史上ではあり得ないほどの大魔術だ」


「えぇ…」


「意外そうな顔をしているな。実はこの私も意外なのだ。日本の、何の変哲もない、よくいる労働階級男性の中の一人のお前にそんな力があるとは」


そして、

「ちょっと来い」


と、天使を名乗るその男は俺の手を引っ張り俺を外に連れ出した。


「お前に責任を取らせる。東京ドームまで行きこの凶悪な魔術の解除を試みるのだ」

 


天使を名乗るその男の頭上には、よく見たら微かに光る光の輪が浮かんでいた。

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