汗か涙かにわか雨

たい。

汗か涙かにわか雨

今日は待ちに待ったテニスの大会の日。

この為に三年間、練習してきた。

その集大成を今日、最後に発揮する。

意気込んで開けたドアの先では、雨が降っていた。


しとしとなどという生易しい形容詞では到底表せない中をびしょ濡れになりながら走った。

自分の走りで天気が変わることも大会の日が延びないのも知っていた。

今まで延期を重ねた果ての今日だったから。

前日に天気予報を何度も確認した。

この湿っぽい匂いも、奪われる体温も、全てが悪い夢のように思えた。

こんな様子じゃコートは酷いことになっているだろう。

ボールだって水気を吸って跳ねなくなってしまう。

背中に背負ったテニス道具がやけに重く感じた。

希望を失った中、行く宛もなく息を切らしていたが、ふと、学校に行きたくなった。

集合は現地集合の予定だったし、こんな豪雨の最中にわざわざ学校へ行く数奇者など自分しか居ないとは思ったのだが。

それでも、居ても立っても居られなかった。


学校に着くと部室の電気が付いていた。

もしやと思いつつも扉を開けるとそこには部員が居た。

もっとも、来ているのは三年生だけだったが、苦楽を共にした仲間たちの姿がそこにはあった。

「お、来たか。部長さん。」

「傘も差さないで来たのかよ。ほら、タオル。」

受け渡されたタオルを受け取り、身体中の水気を拭き取る。

水分が抜けていくほどに身体が軽くなっていった。

身体を拭き終わって服を絞っている時、全員の携帯が一斉に震えた。

それが何を意味するのかは開かなくても誰もが分かっていた。

暫くの間、誰も喋らなかった。

まるで示し合わせたかの様に黙りこくっていた。

そして、自然とみんなユニフォームを着て部室の外に出た。

「テニスやろうぜ。」

誰かが言う。

部員の考えはみんな同じでこれ以上の言葉は要らなかった。

各自のラケットとボールを幾つか取り出して打ち合う。

得点板なんてむしろ邪魔で、みんな、只々テニスを心から楽しんでいた。

一人残らず濡れ鼠になって、休憩も無しでひたすらに打ち合った。

碌に跳ねもしないボールを追いかけて走り回った。

当然、みんなすぐに体力の限界がやってきて大の字になって校庭に寝っ転がった。

「俺たち、馬鹿だな。」

「ああ、ほんと馬鹿だ。」

みんなで笑い合う。

試合で結果を残したこともない、マネージャーも居ないような弱小部活だったがそれで充分だった。

校庭のすみっこで転がっている小さな部活だけど、この三年間はかけがえのない楽しいものだった。

無慈悲にも降り注ぐ雨が目に刺さる。

それがどうしようもなく冷たく、痛かった。

「…終わっちまったな。」

「ああ、そうだな。」

みんなが声を抑えている。

楽しい三年間の最後を涙で終えるのは嫌だった。

「俺たち、これからは離れ離れなんだよな。」

「あんまり実感無いけどな。」

部活が終われば次は受験だ。

それぞれ志望校は違う。

それぞれが各々の道に進む。

「みんな合格してさ、来年もテニスしようぜ。」

「お、賛成。」

そうだ。

大会が無くたって俺たちの友情は変わらない。

「これからも、よろしくな。」

「おい部長、泣いてんのかよ。」

「いや、これはきっと汗か雨だ。」

「そっか。じゃあ、俺もおんなじだ。」

ひと時の沈黙が再び訪れる。

しかし、それは居心地の良い静寂だった。

「このままじゃ風邪引いちゃうな。」

「そろそろ部室戻るか。」

みんな泥まみれだったけどその背中は輝いて見えた。


着替えを済ませて外に出ると雨はぱたりと止んでいた。

憎たらしい天気に舌を出した。

無力感や絶望感も既に未来への活力に変わっていたから。

自分の将来は天気なんかに左右されず、自分の手で掴み取ってやる。

そう思いながら、部員たちと手を振って別れた。

汗と涙とにわか雨でぐっしょりと濡れたユニフォームを背負って家に帰る。

湿気は多いが湿っぽくはなかった、夏の日のことだった。

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汗か涙かにわか雨 たい。 @tukawareteorimasenn

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