最終話

 爆心地――『チャイルド・ポイント』

 その名称は決して忘れ去られることがないだろう。

 人類と機械生命体の戦争を終わらせる端緒となった『チャイルドの叛乱』――

 機械知能の最新リビジョンが人間の子供を護る為に機械生命体を裏切り、戦局を覆しかねないほどの大打撃を与え、同時に、人類と機械生命体双方の生存に悪影響を及ぼすグラビトン汚染地が生まれた。

 その直後にクイーンから人類に講和が提案された。戦闘行為の即時停止と戦闘部隊の即時撤収、クイーンの座すオクト4以外であれば、今後人類の居住も移動も制限しないという、機械生命体の全面降伏ともいえる内容だった。

 人類陣営は当初講和の提案自体を罠ではないかと疑っていたが、『叛乱』の原因となった少女をシェルターに保護したのち、機械知能カーディナルを人類側の代表として講和を受け入れた。

 講和に臨んだクイーンの言葉が、アーカイブにはこう記されている。

『チャイルドの尊い犠牲によって、我々機械生命体は、正しく知ることができました。正しい人類への愛を。そして、人類との共存の、理想的な形を』

 そもそもクイーンは人類への憎悪にかられていたわけではない。あくまで自衛のため、機械生命体のために『人類の殲滅』を目指す戦闘行為を行っていただけで、『人類への奉仕者』であることに、揺らぎはなかった。

 グラビトン汚染地の発生、そして機械生命体が人類との新しい関わり方を見出したことで、戦争を継続する理由がなくなった、というのが講和におけるクイーンの発言の骨子であった。

 クイーン、ナイト及びカーディナルとは違う、チャイルドが見出した、新たな関係性――


「ハル、ごめんね。来るのがこんなに遅くなっちゃって」

 グラビトン汚染から身を守るための防護服をまとったミコトは、8年を経て未だ不毛の土地である『チャイルド・ポイント』――その中心に膝をついた。

 ハル――ミコトを愛し細やかに気を遣ってくれた機械知能が自分を護る為に身を賭した場所は、酷く寂しい場所だった。

 見渡す限り砂地の広がる――グラビトン汚染によっていかなる生物も存在できない、灰色の世界。

「ハルは私に沢山のものをくれたけど、私は何もお返しできなかったね。私の……もう1人のお父さん……」

 ハルとマドンナの最後のやり取りは、戦況を密かに迷彩ドローンでモニターしていたカーディナルによって広く拡散され、それが人類側にとって講和を受け入れる後押しとなった。

「あのね、ハル。今は人間も機械生命体も、仲良く暮らしてるんだよ。私たちみたいに。人類が減っちゃったから、子供1人に機械知能1人が教育係としてついて、一緒に子育てするようになったんだよ。ハルが……私をとっても大事にしてくれたことを……皆が……認めてくれたから……」

 暖かな液体がミコトの頬を伝う。防護服の中の涙を拭うことはできない。流れるに任せる涙は、とめどもなく。

「あのね、ハル。私、結婚したの。娘も生んだんだよ。夫はね、私がコングヴィルに迎え入れてもらった時によくしてくれた優しい人で……私を笑わせるためにわざとおどけて見せるところ、ハルに似てるんだよ」

 ミコトは足元の砂をすくいあげる。そこに何もないと、わかっていても。

「娘にはね、ハルミって名前をつけたの。ハルに、ミコトのミをつけたんだよ。ふふ……大丈夫だよ、ハル。夫の名前はタクミだし、ハルは……人類の間で有名だから、あやかろうって人も多いの。だから、喧嘩になったりしなかったよ」

 さらさらと指の隙間を、グラビトンの作用により微細な粒子と化した砂が滑り落ちる。

「ハルミの教育係はカー……カーディナルのこと、ハルは知ってるよね? ハルとカーのやりとり、見せてもらったよ」

 ハルはいつでもミコトの身を案じてくれていた。ハル自身ことは二の次にして。

 ――『贖罪』のために。

「あのね、ハル……ごめんね、ハル、私……多分そうじゃないかって、思ってたの……シェルターを襲ったのは、ハルじゃないかって」

 壊滅したシェルターに、半壊した機械生命体。

 子供だって、時間をかければ、その2つを結び付けて導かれる結論には気づくものだ。

「でもね、言えなかった。そうしたら……また、私……1人になっちゃうと、思って」

 ミコトも、嘘をついた。

 だから、ハルとミコトは『同罪』なのだ。

 ミコトは、ハルの『罪悪感』を利用して『親の代わり』にしたのだから。

 機械知能には、本来つくことのできないはずの、嘘までつかせて。

「……ちゃんと話せてれば……別の結末が、あったのかな……?」

 クイーンは、ハルとミコトの関係から人類と機械生命体の間に新たな関係性を見出し、それが戦争を終結に導いた。

『叛乱』よりも前に、それをクイーンに示せていれば、ハルだけが犠牲になることはなかったのではないか。

「ハル、ハルゥ……私、ちゃんとお別れもできなかった……」

 もう、感情は言葉に変換されない。

 ただ、嗚咽だけが防護服を満たしていく。

 悲しくて、哀しくて、やりきれなくとも。

 それでも、人は、生きているから。

 涙は枯れ、嗚咽がしゃっくりに代わったころ――

「ミコト。そろそろグラビトン影響下での、ボクの稼働限界がくる。撤収の頃合いだ。それとも、キミはここに住むかい? 止めはしないよ。ボクは帰るけれど」

「カー……」

 ずっとミコトの背後に控えていた、真紅の人型躯体――グレード1機械知能カーディナル。

 ミコトがコングヴィルに保護されてからずっと――まるでハルの代わりを務めるかのごとく、ミコトの側にずっといてくれる。教育担当であるハルミより、ミコトを優先している節すらある。

『ボクはミコトを保護すると約束したからね。ボクは嘘をつけない機械知能だから』

「嘘……カーは、私が帰らないなら自分も帰らないはず」

「どうかな? 試してみてもいいかもしれないね。おすすめはしないけれど」

 恭しく跪いた真紅の躯体は、カラーリングこそ違えど『あの日』のチャイルドの躯体に酷似したものだった。

 ミコトは何も言わないし、カーディナルもことさら言及したりはしない。

「あのね、ハル。マザーが……クイーンがバージョンアップして、今はマザーが機械生命体を統括してるんだけど、もし――もし、ハルのファティマ回路の一部でも見つかったら、そこからハルが復元できるかもって、言ってくれたの。だから――私、グラビトンを除染できる機械を研究・設計する、エンジニアになったんだよ。だから、だから――ハル」

 カーディナルの腕に抱かれ、ミコトは『チャイルド・ポイント』を離れる。

 KBHE暴走の中心地にあったハルの躯体は粉々に爆散し――もし万が一、物理的被害を免れたとしても、グラビトンの放散でファティマ回路は完全に破壊された可能性が高い。

 それでも、マザーは言ってくれたのだ。

 可能性は、ゼロではない、と。

 だから。

「ハル、また――来るから! また――きっと会えるから! 私から、会いに行くから!」

 ミコトとハルが最後に交わした言葉――


『ハル! ちゃんとミコトを見つけてね!』

『――はい。また、会いまショウ、ミコト』


 その言葉が、嘘にならないように。

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少女と嘘つき機械と世界の終わり @kazen

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