第20話 いつのまにか遺体留置所に来ていたそうです

 俺は必死に森の奥に走った。


 とりあえず、変な魚人間から命を守るためだった。


「はぁ……はぁ……」


 息が上がるほど走った。久々に走った俺の肺は必死に空気を吸い込んでいる。


 ただ、俺は忘れていた。水浴びをしていたため、開放的な姿のままのことを……。


「なんであんなところから魚の顔したやつが出てくるんだよ。人面魚ブームが昔にあったけど、逆でもびっくりするぞ。 なあ?」


 俺は後ろを振り返ると、スライムとコボルト達はいなかった。


「ひょっとして……」


 ここに来てやっと自分が反対側へ走って行ったことを知ることになった。


「やらかしたな」


 俺はとりあえず元の道に戻ろうと来た道を歩くことにした。


「本当に今どこなんだ……」


 しかし、いくら歩いても水溜りは見つけられず、吹いていた風はなくなり、次第に辺りも暗くなっていた。


 周りから聞こえるのは烏のような不気味な鳴き声や動物が唸る声。


 そして、真後ろから何かが擦れる音に俺は恐怖を感じていた。


 逃げるにもその正体を知らないと、どう対応していいのかわからない。


 慶はゆっくり振り返ると、どこかで見たことあるやつがいた。


「あああ……あー、模型じゃん!?」


 そこにはリハビリ室や学校にいた骨標本がいた。


 理学療法士である俺にとっては馴染みがある。


 むしろ自身で購入したいと思うぐらい骨標本は好きなのだ。


「いやー、やっぱいい上腕骨頭だね」


 俺は近づいて骨を手に取りまじまじと眺めていた。


 しかし、大事なことを忘れていた。


 ここは異世界だった。


「おい! お前グールの分際で馴れ馴れしいぞ!」


 突然骨が話し出したのだ。


 異世界では骨が話すらしい。


「うぉー、骨が話したぞ!」


 そして、俺みたいな奴のことをグールというらしい。体が泥まみれで汚いからな……。


 あまりの嬉しさに俺とテンションは跳ね上がった。


 パラメーターがあったらゲージを超えるほどだろう。


「あー、うっさい。スケルトンなんてその辺にたくさんおるだろう」


 俺は周りを振り返ると人間やあらゆる動物の形をした骨標本がたくさんいた。


「うひょー、ここ天国かよ!?」


 嬉しさのあまり骨標本の肩を……いや上腕骨を叩いた。


「痛っ!? 俺たちを殺す気か!」


 骨標本の目の奥は恨みで光っていた。


 その時、慶の目の前にウィンドウが出現した。


━━上腕骨骨幹部骨折


 上腕骨とは肩から肘までの骨のこと言い、ちょうど真ん中あたりが骨折していた。


 実際は、ヒビや圧迫されて潰れたものも骨折の定義となっている。


「あっ……すまない」


 あまりの嬉しさに骨標本を力強く叩いてしまった。


 骨にヒビが入るほどだから怒るのは当たり前だった。


「てめー、いい気になりやがって! 俺達の外れた骨は戻せるけど、折れたらどうしようもないんだよ」


 骨標本は怒りで震えていた。


 脱臼はどうにかなっても、骨折は治らないようだ。


 それもそのはず、骨をくっつけるための栄養も血管が通っていないため治らないのだ。


「ごめんなさい! 悪気はなかったんです。 あまりにも会いたかった人に会えて嬉しかったんだ」


 それでも骨標本は震えていた。


 ああ、大好きな骨に囲まれるなら俺は死んでも構わない。


 覚悟を決めてその場で寝転がった。

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