第7話 発声筋

 スライムを追いかけると、俺を挑発するように振り返っていた。


「程よく追いつけない速さでちょこまかと……」


 俺はスライムのスピードに翻弄されていた。


 そもそもスライムが何を考えているのかわからないが、時折こちらを振り向くように体を傾けている。


 どうやら折りたたみと傾けることはできても捻れることはできないのだろう。


 追いかけっこは30分、1時間と徐々に長くなりようやくスライムが止まった。


 止まったの確認した俺は少しずつ近づきスライムに飛びついた。


「このやろー、やっと捕まえた!」


 俺はスライムを捕まえたが、当の本人は体を傾けて特に気にしていなかった。


「お前、何がしたいんだ?」


 スライムが上下に伸び縮みをしていたため、俺はスライムの動きに合わせて顔を動かした。


 視線の先にはボロボロの家が立っていた。


「ここで休めってことか?」


 スライムはそうだと言わんばかりに、腕に体を巻きつけていた。


「あっ、そうか……」


 俺は異世界に来てはじめての優しさに触れていた。


 意外に魔物は友好的な存在ではないかと思った。


 俺としては魔物より勝手に召喚して捨てたパルス帝国に腹が立つ。


 そんな俺の気持ちを感じたのかスライムは震えていた。


「ははは、心配してくれてありがとう」


 俺はスライムを撫でているとまた新たにウィンドウが表示されていた。


――発声筋


「発声筋……? えっ、それは俺の分野じゃないぞ」


 表示されたのは完璧に言語聴覚士としての分野だった。


 悩んでいる俺と異なりスライムはさらに撫でるようにねだってきた。


「わかったよ!」


 スライムのおねだりに負けた俺はとりあえずスライムに対して徒手でマッサージをした。


「あっ、ひょっとして……あれ?」


 今度こそはやられないぞと目を閉じたが一向に光る様子はなかった。


「あれ? やっぱ俺のスキルじゃ……」


「ぎゃああああああ!」


 俺は手を止めた瞬間にスライムが輝き光を放った。


 そのスピードは今までと異なる速さだった。


「はぁ……はぁ……。光るならはやく言えよ」


 あまりの眩しさに俺は転げ回った。何度目がチカチカすればいいんだ。


 俺はそのまま寝転がっていると胸の上にスライムが乗ってきた。


「あっ、お前それは口……なのか?」


 スライムをよく見ると顔と思われる部分に口が出来ていた。


 むしろどこが顔なのかはわからないが、明らかに前にはなかった窪みができていた。


 きっと口なんだろうと俺は思い込むようにした。


「ん?」


 その窪みを見ているとわずかにパクパクと動いていた。


「は・や・く・な・か・に?」


 何度も見ていると何となく何が言いたいのか伝わって来ていた。


 やっぱりスライムの口だった。


 俺は立ち上がって家に近づくと、本当にボロボロで家より小屋に近かった。


 扉のドアノブに触れて中を開けるとただ広い一部屋しかない家だ。


 それでも中は汚れておらず、外壁はボロボロであったが屋根や壁はしっかりとしていた。


「しばらくここを使ってもいいのかな?」


 俺の問いにスライムは頷いていた。


 やはり口が出来ても簡単な意思表示なら口を使わない方が楽なんだろう。


「とりあえず街に着くまで使わせてもらおうか」


 俺は背負っていた荷物を解き、中から食料と水分を取り出した。


「この世界の飯ってまずいな……」


 食べたのはビーフジャーキーをさらに硬くかなり塩辛くした干し肉と少し異臭がする水だった。


 あまりの不味さに少しだけ食べ、俺はいつのまにか寝ていた。





 窓から入る朝日に朝の憂鬱さを感じた。また仕事に行くのか……。


 俺は二度寝しようとすると何かが扉を叩く音に目を覚ました。


「ここは……はあっ!?」


 そうだ……。俺は異世界に来たんだった。


 ハッとして周りを見渡すと昨日一緒にいたスライムはいなくなっていた。


 少し寂しい気持ちにはなったが、今は誰かが扉を叩いていたためゆっくりと開けた。


「すみません、僕もここを借りている身でして……」


 扉を開けた先に立っていたのは口でスライムを咥えた全長1mもない二足歩行の犬だった。

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