第3話
怖い、怖いよ、みんなどこに行ったの。暗い、暗いよ。ねぇ、何も見えないよ。助けて。怖い。そばにいて。
暑さが残ってまだ体がダルい9月の頭。結局あの胸のもやもやの正体はわからないままだった。依然としてあの例の夢は見続けている。それも、今までと違って温かい気持ちになるような、優しい気持ちになるような、自分の気持ちに整理がつかなくてイライラする。
「おっはヨース、焼けたなー。」
「おはよー、朝から元気だね。」
「お前こそ、元気なさすぎじゃねーか?夏バテか?」
「学校アレルギーでーす。」
「なんだよそれ。」
元気がないと言われてしまったが元気はある。ただ、どうしても気がかりなことがあって、それが喉に引っかかってて。
「お前、自由研究なににしたー?」
「漢字の成り立ちについて。」
「うわ、頭良さそうなのやってんな。」
「小学校の時やったやつとほぼ一緒だよ。内容もまるで変わってないし。友樹は何やったの。」
「聞いて驚け。前世について、だ。」
「わーかなりアバウト。」
「うるせ、提出して終わりなんだからいいだろ。」
「はいはい。で、どんなこと調べたの。」
「えっとな、前世っつうか、前世の記憶を持って生まれてくることがあるらしいぞ。自分を殺した犯人を知っててその村の殺人事件を解決したり、死んだ母の記憶を持って生まれてきたり。不思議な話だよな。でも大抵は年齢とともに薄れていってその記憶は無くなるんだと。」
「不思議な話だね。でも内容ってそれで終わり?」
「まあ、だいたいこんなことを書いたな。」
「内容薄くない?大丈夫なの?それ。」
「おう!図とグラフでごまかしておいた!」
「胸を張って言うことじゃないよね。」
前世、か。
帰りに図書館に行く。夏休みからいつも通っている。夢のことについて調べたかったし、新しく、調べたいことも出来た。
「前世、心理学か、脳科学のほうかな…」
前世について書かれた本を数冊見つける。どれも頭の硬い論文のようなもので開く気が起きなかった。けど、読まないと。動く気のない手を無理やり伸ばして中を見る。なんだか頭に入った気がしないけど。なんでも、魂は不滅で、なくなることはない。記憶を消して、別の肉体に移り、生を謳歌する。だとかどうとか。こんな文系のようなまとめ方をしたものもあれば、記憶は不安定なものであり、後から偽の記憶を織り交ぜてもそれが偽物だと傷かづに、実際に起きたように語る場合がある。とか、なんとも小難しいことを書いていた本もあった。ふと、友樹の言ったことを思い出した。前世の記憶は、年齢とともに薄れていく。もし、それが本当なら。
「なぁ母さん。」
「なに、どうしたの?珍しいわね、話しかけてくれるなんて。」
「昔、子供の頃ってさ、どんな感じだった?」
「気になるの?明日はあられが降ったりして。」
「ちがうって。学校の授業で聞いてこいって言われたんだって。」
「はいはい。そうねえ、昔は随分変わった子だったのよ。自分はシャチなんだーって、ずっと言ってたのよ。その時言ってたのがね。僕はシャチで、海の中にいたんだ。目が見えなかったのに今はすごくよく見える。あの子に会いに行きたいって。それと何かと危なっかしい子だったわね。覚えてる?海に行ったときのこと。どんどん沖の方に行っちゃって、大変だったのよ。その時にあの子を探しに行くんだ!って聞かなかったのよ。お父さんにこっぴどく叱られてたのを今でも昨日のことのように思い出させられるのよ。本当に怖かったんだから。」
「うん、そっか、ありがとう。」
これってもしかして。
なんだか今日は寝付けない。いつもより早い時間だからか、それとも、さっきの話がどうしても気になってしまって。でも、寝ないと。あの夢を見るために。
沈む、沈む、沈む。暗闇しか見えない世界で触覚だけが沈んでいる感覚を汲み取る。その触覚を限界まで研ぎ澄ます。きっと、どこかに、あの子がいるはず。人の足ではなく、シャチの動きを真似して。少し動きが鈍い。でも動けてる。どこにいるの。すると、何かが近くにいるように感じられる。君は、もしかして、ずっと、
ピピピピッ ピピピピッ
「ずっと、そばにいていてくれて、忘れずにいてくれたの?」
僕はもう、忘れてしまったってのに。
頬に一筋の水の道ができる。
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