第2話
聞こえてる?聞こえてる?すぐ近くにいるからね。だから大丈夫、安心して。ずっと一緒にいるよ。
今日もまた、スマホの電子音に起こされる。夏休みに入って一週間経つ。校外学習での一件からもう二週間以上経っている。結局、あの現象について何もわかってない。考えようとすると胸がもやもやして、頭が何だかむず痒くなってくる。あの水族館について調べてみても特に情報はなかった。今は7月末、二週間くらいしたら部活もお盆休みに入る。もう一度、会いに行ってみよう。両親に相談したら笑顔でOKを出された。普段強請ったりしないのに、珍しいー、と言われた。そういうが恥ずかしい年頃だから、察してほしかった。何かわかると良いけど。
8月10日。少し早めのお盆休み。今日から5日間の休みだ。例の水族館にまたやってきた。少し遅い時間だったためシャチのショーは見れなかった。でも、B1にショーの水槽と繋がっている水槽があった。行ってみると、どうやらちょっとした休憩スペースになっているようだ。机や椅子が等間隔で並んでいる。
「ここで少し休もうかしら。」
「そうだな。海斗、お前はどうする。もう少し見ているか?」
ずっといる歳じゃないだろ。父さんが話しかける。見たいところ、といってもお目当ては目の前にあるわけだけど。
「ううん、大丈夫。ここの水槽見てる。」
まるで映画のスクリーンのような水槽に近づく。シャチはゆうゆうと中をぐるっと回るように泳いでいる。すると、一人のシャチが近づいてくる。あのときと同じ、胸の感覚がする。目の前に来て止まる。後ろの方で父さんたちがなんか行っているような気がするけど何も聞こえない。校外学習のときと同じように、またそのシャチに目を奪われていた。わけわからん。明らかに胸が高鳴っているのを感じている。また、めが、はなせなくなって、
「海斗!」
「っ!ごめん父さん。なに?」
「父さんたちそろそろ移動するけどここに残るか?」
「うーん…うん、ここに残る。」
「わかった。別のところに行ってもいいがちゃんとスマホ確認するんだぞ。わかったな。」
「わかってるって。子供じゃないし。」
そう言って母さんの元へ戻っていく。近づいて来てくれたシャチは変わらず同じ場所にいた。
「ごめんね、話し込んじゃって。」
なんて冗談まじりにシャチに話しかける。人はいるけど、近くにはいないから聞かれることはないと思うけど小声で言う。すると、そんなことないよ。と言うように体を軽く揺さぶる。見ていて何だかおかしくなってしまって、思わず吹き出した。シャチと会話するなんて、子供だましにも程がある。でも、少しだけ、楽しくなってしまった。水槽の近くに設置されていたベンチに腰を掛けて、シャチを眺める。ゆらゆらと体を動かして楽しそうにしてた。これと言って何かするわけでもなにのに心臓がドキドキしているのを感じる。水泳でメドレーやりきったときとはまた違う、顔が熱くなってる気がする。でもすごく嬉しい。嬉しい?なんでだろ。こうしてただ眺めているだけなのにどうして。そんな思いを無視してスマホに着信が入る。
「もう時間だ。行かなきゃ。」
少し寂しそうにしているのが見てわかる。僕もそうだ、めちゃくちゃ寂しい。
「また、会いたい。」
またこれだ。口から勝手に溢れる。最近こういう事が多くて困る。自分が自分じゃないみたいだ。でもシャチはしっかり反応を返してくれる。会いにおいで、そう言ってくれた。
「じゃあね。」手を振ると、シャチも手を振り返してくれる。ちょっと可愛かった。
指定された場所はお土産屋だった。会社や学校に持っていく用、家にいるばあちゃんたち用、自分たち用と、いくつか買っていくらしい。
「なんか欲しいもんあるか。」
「え、いいの?」
少しあたりを見回す。限定のお菓子、文房具、ぬいぐるみ。などなど、たくさんの商品がこれみよがしに並んでいる。その中で一つ目に止まった物があった。シャチが目に止まってしまった時の感覚に似ている。
「特にいいかな。欲しいものないし。」
「そうか?遠慮しなくてもいいのに。」
「うん、いいよ。」
父さんが離れたすきに、物色するふりをして目に止まったものを取りに行く。シャチのブロマイドだった。これが欲しいというのは少し恥ずかしかったので自分でこっそり買いに行くことに。商品棚に隠れて見えないところだったけど大丈夫だっただろうか。バレてないといいけど。
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