One Shot,One Kill

黒周ダイスケ

.50 × 1

「もし一回だけ、誰かをすぐに殺せるとしたら、いつ、どこで使いたい?」


「ああ。誰かってのは、自分も込みで」


「たった一発、それだけで、一瞬で、確実に人間一人を殺せる銃弾」


―――


 暗室用遮光から漏れる陽光と、プロジェクタの光がきらきらと埃を照らす。


「――以上で使い方の説明を終わります」

 眼鏡をかけた中年太りの女教師がテレスコピックの指し棒を短くたたむ。


「さて皆さん、繰り返しになりますが、“これ”は適切に組み立てた上、引き金を引くだけで、人間の命を奪う武器です。人差し指に強く力を込めれば、銃口の向こうにいる人間の命に幕を引かせることができます。これは十八歳の皆さんへ、政府から支給された贈り物です。ですが――もう一度繰り返しになりますが――“これは”は命を奪うものではありません。使用するためのものではありません。引き金を引く、その行為には当然大きな代償が伴います。罪を犯した者はそれを償わねばなりません。これは“使ってはいけないお守り”です。少し重いですが、我慢して下さい。これは肌身離さず持ち歩くことが義務付けられています。皆さんには十八歳の、高校生活の終わりに、大人として成長していく未来の傍らに、これを“戒め”として持ち続けて下さい。そしてどうか引き金を引くことのないよう、ここに収められた一発の弾を決して放つことがないよう、無事に三十三歳までの満期を迎え、そして立派な大人になって下さい」


 プロジェクタに映るのは円筒形のケースに入った一丁の奇妙な銃。あるいは銃とすら呼べない何か。

 マガジンは無く、弾丸はチャンバーに一発だけ。


「それでは、一人ずつ配ります。これはもう一つの“卒業証書”です。子供を卒業した――その証です」


―――


「皆さん、高校ご卒業、おめでとうございます」


「皆さんが生まれた頃、日本では若者の自殺や犯罪の急激な増加が叫ばれていました。ですがようやく、今、社会は長い暗闇から抜け出そうとしています」


「式の前に、皆さんに一丁の銃が配られました。それは今年から日本政府が採用を決定した、新たなる試みです。十八歳から三十三歳までの国民に配られるものであり、日本の若者が二度とあの暗闇に踏み込まぬよう、願いをこめたものです」


「式が終わり、この高校の校内から出た瞬間に、皆さんは引き金を引く権利と、為したことに対する義務を負います。それをよく理解し、皆さんが責任感をもった大人になるよう、私達は願っています。私達は、あなた達がこれからの人生で引き金を引くことがないと信頼しています」


―――


 式が終わり、卒業生達は体育館から出る。

 親子、友人と写真を撮るもの。アルバムに寄せ書きを残すもの。彼ら全員の手元には、あの“卒業証書”が握られている。


 そんな中、校内敷地から離れた公民館に向かう集団がいた。


「お集まりの有志の皆さん、本日は私の提唱にご賛同頂き、どうもありがとうございます」

 中年太りの女。先ほどの“レクチャー”で説明をしていた女。その瞳は純粋で、ひとつの曇りも無い。


「さて、ご説明は不要でしょう。これは正式な学校行事ではありません」


「その銃は日本政府から配布された、皆さんへの信頼のメッセージです。ですが人間とは過ちを犯すもの。心の弱いもの。ならばこの場で“消費”してしまうのが最善であると、私は考えました。もちろん誰もがそうであると言っているわけではありません。むしろ、ここに集まった皆さんはその弱さを自覚するという“強さ”を持っているのだと、私は感動しているのです」


「私はこれまでの三年間、皆さんに色々な助言をしてきました。時には強く言うこともあったかもしれません。ですがそれはあくまで心の弱さを克服し、強くなってもらいたい。たったそれだけのことなのです」


「さて前置きはここまでにしましょう。“式”の内容は簡単です。その銃を組み立て、銃口を天井に向け、引き金を引くだけです」


「では早速、始めましょう」


 部屋に集まったのは約三十人。卒業生の十分の一ほど。事前に耳栓が配られる。そして彼らはバッグから“卒業証書”を取り出す。ある者はしげしげとそれを見つめ、ある者は興味なさそうに、やがて皆一様にそれを組み立て、銃口を天井へと向ける。


「こんなものは、皆さんには不要なのです。こんなものがなくとも、皆さんはやっていけるのです。さあ――」


 女は両手をひろげる。


「新しい門出を、ここにいる選ばれた皆さんで、もう一度祝いましょう!」


 一斉に、銃声が響く。


 これが、後に“死の学外行事”として語られる凄惨な事件である。


 天井に向けて発砲したもの、十九名。他人に向けて発砲した者、十一名。死者九名。その弾のひとつは“学外行事”を促した女の眉間に吸い込まれていた。


―――


「何が助言だよ。何が弱さの克服だよ。オレがいじめのことを相談しても、あのババアは何もしなかった。それどころか、よりひでえ目にあった。あの日からずっと殺したいと思ってたんだ」


 高校側はこの件について、いまだにコメントを控え続けている。


―――


 同日。校門付近。


「こんなモン貰ってもさあ、どうすればいいのって感じ」

「そうそう。殺すとか死ぬとか、そんな怖いこと考えたこともないし」

「それよりさ、これから遊びいかない?」

「カラオケとか?」

「いいじゃん!卒パやろ、卒パ!」


 姦しく話す女子が三人。

「卒業ちゃったらアタシらもうババアじゃん」

「ウチら、三年も一緒に居たから、そしたらもうズッ友でしょ」

「JKもまだ3月いっぱい有効だし」

 式を終えた校舎を抜け、校門を出る。


 出た瞬間に、三人は一斉に“卒業証書”を抜く。先ほど習った手順で素早く銃を組み立て――そして互いが互いに銃をつきつけ、銃口を向けられる。

 見事なメキシカン・スタンドオフが成立した。


「バレてないと思ってんの? あたしのカレシ、取ったでしょ」

「ウチ抜きでLINEのグループ作ってんじゃねえよ。悪口言うの、楽しかった?」

「あんた、小学校の時にあたしイジメてたの、三年間、完全に忘れてたよね。こっちは忘れてないし、チャラにもしてないからね」


―――


 四月某日。駅にて発砲事件発生。


 被害者は三十代男性会社員一名。加害者は男子大学生。春から都内の大学に通うことになっており、当日は入学式の帰りだった。


「いや、あの人、ホームから飛び込むところだったんスよ」


「オレ、助けたいとかそういうのはわかんなくて。その時、なんでか咄嗟に、あの貰った銃のこと思い出しちゃって。で、その、ほら、飛び込んでもうまく死ねないことってあるじゃないスか。だから――だったら、あの人の望む通りにしてあげようかなって。いやホント、なんで撃ったかは自分でもよくわかんなくて」


「その方が確実だから、じゃあ、そうしてあげようかなって思っただけなんスけど」


―――


「義務だとか権利だとか罪の意識とかいって、こんなモン貰ってもさ。逆に“殺したい人って誰”って考えちゃわない?」

「つーか、フツーは殺したい人なんている? まだ十八年しか生きてないのに」


「それでもうそんな気持ちになってるヒトいたら、その方が異常だよね」


「フツーは考えないよ。フツーの人生だったら」

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