異世界での主役は俺じゃない

根っこ

第1話 手がかり

 自らの体力の限界など気にもせず、ただひたすらに目的地に向けて走る。

 人の波に逆らい、自分はその異変の渦中に飲み込まれる事を望んでいる。

 進むごとに整備された道路は荒れ果てていく。

 やっとの思いで行き着いた場所は異様と呼べるほどの光景だった。


 向こうでは火が狂い、意志を持ったように人を追いかけ――


 もう一方では何棟もの住宅が氷漬けにされ――


 すぐそこではありえない程の怪力で車を投げ飛ばした怪人がいた。


 本来ならばこれらの理解できない脅威に出くわせば逃げ出すだろう。

 だが、自分はこれらが発しているものに似た何かに用がある。

 それを追っているが故に自分にとって、この状況はまたとない手がかりなのだ。

 たとえ一瞬のものだったとしても、あれほど人生を変える程の眩い光は忘れるはずがなかった。


 とはいえ、この異常事態に何か対抗策があるわけではない。

 観察と情報収集のために隠れるしか今はできなかった。しかし、少しばかり判断が遅かった。


「!?マズイ…!」


 目の前には火を全身に纏った怪人がいた。

 奇声を上げながらこちらを向いている。

 どうやら補足されたようだ。

 怪人は炎球を手の内に作り出すとこちらに向ける。

 

 ここまでの挙動からあの怪人が何をするのか理解し、合わせて回避をしようと体勢をとる。

 しかし、放たれた炎の範囲は凄まじく、回避も虚しく一瞬にしてすぐそこまで火は迫ってきた。


「あ、これ、死――」


 視界は暗転し意識も途切れた。

 しかし、もうほんの少しで火が到達するというところで、何かが間に入ってきた気がした。


------


 目を覚ますと、白くぼやけた空間で浮かんでいた。

 自分は死んだのかと思いながら、周りを見渡す。

 ただ白くぼんやりとした空間が広がっていただけだった。


「死後ってこんなにつまらないとこに行くのかよ」


 そんなことを呟くと空間全体に響くように声がした。


『いえ、あなたはまだ死んでいません』

「!?誰…!?」


 すぐそこで喋ってはいるが何か板を一枚挟んだような声の曇り方をしていて、少し気持ち悪い。


「もしかして、神様とか?」

『…そのようなものです』

「ところで、俺が死んでないって?絶対死んだと思うんだけど…」

『記憶に混乱が見られますが、私ではどうにもできないので後ほど事情は把握してください』


 記憶の混乱?つまり、あの後に何かあったのか?まさか自分に限って記憶を忘れるなんてことは無いと思っていたがそんなこともあるのか。


「まぁ、いいや。それで俺はこの後どうなるんだ?」

『あなたの魔ほ…能力の調整が終わりましたのでこれより異世界に送り出します』

「え?どういうこと?」

『これほどの魔力出力を抑えるのは私でもそろそろ限界のため、質問はあちらの者にお願いいたします』

「ちょっ、ま…!」


 事務的な対応に少し怒りを覚えたが、あの神様と思しきやつも俺の対応に困っている風だった。

 自分で追ってきたとはいえ、ここまで不可思議な事態に立て続けにあった俺は気になることだらけだったが、訳もわからないうちに、俺の意識は再び暗転した。

 消えゆく意識の中、俺は不安な気持ちを持ちつつもそれ以上の期待を胸に秘め、目を閉じた。


------


 気がつくとそこは茂った森の中だった。木漏れ日すらないほど茂り、じめじめとした空気を風が運び、嫌な気分になる。


「ここは…?確か異世界が何とか言っていたけど、本当に?」


 異世界といえば数年前から人気を博しているライトノベルの題材だ。

 大体は転生か召喚で異世界に送り出され、多くの場合、その橋渡しをするのは神である。

 そして転生者には特典のようなもの神からもらい異世界では絶大な力を振るう、というのが定番だ。


「ということは?」

 

 俺も何かもらっていたりするのだろうか?感覚的には感じはないが、物は試しだ、やってみるとしよう。


「ハァ!!おりゃ!!出ろ!!」


 何も出ない…何も感じない。

 使い方があるだけなのかもしれないが、ここまで何も感じないと落胆してしまう。

 そこで一つ思いつく。


「もしかして、身体能力がすごい、とかそういう感じ?」


 自分の身体能力が強化されていることを信じてすぐそこにある木に狙いを定める。

 大きく拳を振り上げ、木を思いきり殴りつけた。

 しかし、ダメージを負ったのは自分の拳の方だった。


「痛ッ!?」


 当然だがとてつもない痛みが走る。

 すぐに後悔し、拳から滲み出てくる血を自分の服で拭いた。


「すごい馬鹿な事をしてしまった…でも、あんな光景を見た後だからできると思うじゃん?」

 

 ここに来る前の最後の光景、明らかな異常。

 さっきの神のような存在が言ったように魔力や能力を信じてしまうような生前最後の光景。


「死んでないと思いたいけど、どうなんだろう」

「――――!」

「?」

 

 一人で考えていると、どこからか声が聞こえる。

 遠く感じるが明らかに複数人が大きい声を出しているという感じだ。

 集中してどの方向から声がするのかを探る。

 すると森を抜けるのか、明るい方角があり、そこから声がすることに気づいた。

 今は本当に異世界に来たかどうかは不明のため、少なくとも現地の人物と会う必要がある。

 そう考えながら足はもうすでにその方角を歩み始めていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 歩みは段々と速度を増し、数秒後には駆け足になっていた。

 それはまるで、この世界に来る前、あの異常地帯にわざわざ行った時と同じような走りだった。

 未知を前に興奮し、確かめざるを得ないのだ。

 近づくにつれて、複数人の声と一緒に轟音と金属音も聞こえてくるようなる。

 この先で何が起こっているのをほぼ確信しつつ歩を進める。


 森を抜けたそこは、草原だった。 

 森とは打って変わって空気も澄んでいて気持ちが良い。

 照りつける太陽の暑さはそれに対抗するような涼しい風で適温だった。

 本来なら日向ぼっこでもしたいところだが、目の前で起こっている事を鑑みると不可能だった。


 漆黒の大鎧。

 頭は無く、首の部分からは黒いモヤのようなものが絶えず溢れている。

 大鎧、と言ったように全長は4m近く、同様に持っている剣も長く大きいものだった。

 そんな化け物じみたものを相手にしている集団がいた。

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