「あつい……」


 思ったより、太陽が眩しい。空は雲一つない晴天。ただ、青い画用紙に穴が空いたみたいに黒い点が見えるだけの、平凡な青空。気温は家の中なんかよりも格段に高く、しかもムシムシしている。肌がジリジリと焼けるように痛い。同じようにジリジリと鳴り響く蝉の大合唱にもうんざりだ。

 正直、家から出たことを後悔している。


 なんで外になんて出て来てしまったんだろう。

 早く日影に行こう。出ないと干からびて死んでしまいそうだ。


 本能の赴くままに建物の影の下を通り過ぎ、気づけば家の近所の商店街に来ていた。

 都会に近いせいか、新築の一軒家が数多く建ち並び、人口が増えたせいでいろんな店や施設が点在しているこの街で、唯一といっていいぐらい古い建物が並ぶ場所。それが、この商店街だ。

 数年前、この場所を潰して大きなショッピングモールを建てようと画策されたこの場所は、住人の意向で古い建物のまま、現在も残されている。ボロい割にはそれなりに栄えていて、人もそこそこ集まる所――そう、記憶していたのだが。


「……誰もいないや」


 視界の限り、アーケードの中には人っ子一人いない。何処の店もシャッターが降りていて、何かが動いたと思えば一匹の黒猫が道の端っこで悠々と寝転がっている。彼の存在だけが、僕が世界から置いてけぼりにあったわけではないと安心させられた。


 何が原因かと考えれば、そういえば今日世界が終わるからかと思い至る。

 そりゃそうだ。誰も、最後の日まで働きたくなんてないだろう。よく考えればすぐに導き出せる簡単な計算式だった。そんなことも思い付かないなんて、長いこと学校に行っていなかったから、なんて考えるのはお門違いか。

 人間の事情なんて知らない黒い毛玉は、にゃあと鳴いて、背を向けてトコトコと歩き出した。


 どうしようもなくて、とりあえず猫の先導で無人のアーケードを歩く。日差しはカットされているため外を出歩くよりマシだが、外気の暑さは相変わらず。歩いているだけで熱中症で倒れてしまいそうだ。日差しに、制服姿の少年がアイスクリームみたいにみるみるうちに溶けていく想像は、あまりにもくだらなかったけど。


「……隕石が落ちれば、似たようなものになるのかな」


 どちらかといえば塵も残さず消えるのだろう。液状化も粉末状になるのもさほど変わらないなどと思っていると、黒い毛玉はピタリと止まって、右の方を見て、にゃあとまた鳴いた。


 商店街の通りから少し外れた路地に、明かりの灯る店らしき建物が一軒。入るのを躊躇う路地の先を、黒猫はスタスタと歩いていく。


 店の名前は没個性的で覚えるのも億劫になる程平凡。

 外装はこぢんまりとしているが、無機質なライトで照らされたサンプル食品は思ったよりも掃除されていて、洋食を扱う飲食店であることは窺える。店の扉にもOPENの看板が揺れていた。

 どうやらこんな日であるにも拘らず、営業中の店であるらしい。

 一見さんお断りのような雰囲気が感じ取れて引き返そうとしたが、黒猫の黄色い瞳が『早く開けろ』とうるさくて敵わない。


 結果――。


「――いらっしゃいませ」


 柔らかな声が、聞こえる羽目になったのだった。

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