拝啓、世界の終わる日に君へ

@Rarecipe

いつも通り

 ――今日、世界は滅亡するらしい。


 そんなニュースを見た時、そんなまさかと、僕は鼻で笑った。ノストラダムスの大予言も外れ、マヤ文明の文献も嘘っぱちだと聞かされた僕ら市民にとって、創作物の物語でしか信憑性がない、そんな文言だった。これまでどれだけ多くの人が『世界滅亡』という言葉に肩透かしを食らってきたか。


「隕石墜落で、地球が滅亡ね……」


 久しぶりに開いたスマホのニュースアプリには僕たちの死ぬ過程が事細かに書かれている。どうやら後数時間。具体的には日本時間では夜の帷が下りる前に終わるそうな。

 嘘だ、などと言うのがバカらしくなるくらい、鮮明に、緻密に書かれた滅亡理由に、僕自身が世界から切り離されたような感覚さえしてくるのだから『知る』ということは恐ろしいことである。


 欠伸のついでに自室の二階から階段を降り、一階にあるテレビの電源をつけた。どこのテレビ局も宇宙に繋がっていて、現実味のない現実がゆっくりと脳に染み込んでいく。


「あーあ。今期のアニメの続き、気になるし原作で読んでおこうかな」


 そんなことを考えながら、洗面台の前に立つ。鏡に映る自分の姿。髪は寝癖で跳ね上がっていたし、涎のあとが口から溢れている。腑抜けていて、冴えない顔で、いつも通りで、今日で終わるようには到底思えなくて。

 蛇口を捻ると、水が出る。そんな事実がこの先は続かない。

 流れ出てくる水を掬い、顔を洗った。


 ――水は、冷たかった。


………………


 ない明後日の方向に向かって喋り続けるテレビ。次に映る光景は暴動が起きている様子だった。中継ではなく、録画。それでもって、おそらく海外。薄型モニタの中で、人々は暴れ回っている。どうやら、幸運にも宇宙旅の権利を得られたお偉いさんに対する抗議デモ、らしい。

 そんな阿鼻叫喚を尻目に冷蔵庫の中を覗く。調味料に紛れて牛乳パックが一本、キッチンテーブルには食パンの袋が転がっていた。


「うわ、消費期限切れてるじゃん」


 だが、少なくとも牛乳は腹を満たすに適さない存在である様子。別に明日はないのだから飲んでも構わないだろうが、お腹を下してトイレで人生のエンドロールを見るのはアホらしい。僕らしいといえば実にその通りかもしれないけれど。

 でも、最後の日ぐらい、何か行動をしてみるのもいいかもしれない。外食なんてどうだろうか。牛乳も食パンも、最後の晩餐にはふさわしいかもしれないけど、今は朝食であるし。


「あれ、もう11時か。お昼ご飯って言ったほうがいいかもなあ」


 益体のない思考の片手間に、ゆっくりと外に出る準備を始める。

 クローゼットを開けた。服があまりない。そういえば、最近はすっかり洗濯を回すのを忘れていた。最後に洗ったのはいつだったか。


 溜まった衣服、洗うの面倒くさいなと一瞬考えて、そういえば明日はなかったことを思い出した。

 とはいえ今日着る物がないわけではない。一応、ありえないほどダサいTシャツが何枚かあるが、どれも部屋着で外に来て行くには恥ずかしいものばかりだ。まあ僕にとって、世間の目なんて今更かもしれないけれど。

 そうやって衣服を物色して、ハンガーにかけてあった一つの服が視界に映った。


 どうしようか。この服を着るのか。

 何故、目に入ってしまったのか。随分長いこと、この服は奥に仕舞っていたではないか。

 どうして今になって、この服に。


「……他に、着る服もないし」


 ――なんとなく。


 そんな『選択』の理由はそれで十分な気がした。


 『心残り』だとか『未練』なんて言葉で飾られた服に袖を通す。憧れたブレザーも、大人びているように感じたネクタイも、今となっては酷く子供じみたようにしか見えない。

 見栄を張って買ってもらったサイズは少し大きくて、結局期待していたほど身長は伸びなかったし、着る機会もめっきり減ったけど。


 鏡の前に立つ。きっと、見るのも最後であろう顔。

 さっきと同じで髪はあちこちに跳ねていて、とんでもなく無愛想な、なんとも締まりのない『高校生』の姿が、そこにはあった。

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