真夏のよるの夢

海波 遼

真夏のよるの夢

 1



 もう数十年前の話になる。

 私が小学生の頃、その存在に「出会った」。

 その日、親とけんかをしてしまい、何もかもが嫌になって、家を飛び出した私は秘密基地ともいえる場所に足を運んだ。

 それは近くの森の中にある古びた洋館で、誰も住んでいないことから「幽霊屋敷」といわれる場所である。夜だ。満月の夜である。そこで、私は見たこともない奇跡に見舞われた。

 何時もの古びた洋館がある場所には、真新しい洋館が建っていた。しかし、現代の建物ではない。まるで、御伽噺にでてくるような古くも美しい屋敷だった。

「嘘でしょう?」

 唖然としながら、足を進める。荒れ果てていたはずの庭も、まるで絵画に出てきそうな庭になっていた。朽ち果てていた扉も、真新しいそれになっている。扉を少し開けて中をのぞけば、フォーマルウェアを身にまとった人達がダンスパーティーを開いていた。中の人達は私に気づいていないらしい。

 映画のワンシーンのようなそれ。きれいなそれに見とれていると、誰かが私の肩を叩いた。驚いて振り返ると、ローブと不思議な服を身にまとった男性がいる。彼は青い瞳に私を映して、ふっと笑った。

「これはこれは、美しいお嬢さん。こんな夜中にどうしたのですか?」

「えっと、あの、」

 しどろもどろになる私に男性はクスっと笑った。

「ふふふ、家を抜け出してきたのですね。でも、親御さんが心配します。お帰りなさい」

 男性の言葉に首を左右に振る。帰るつもりはなかった。

 男性は私の様子に驚いたような表情を見せたが、すぐにふんわりと笑う。

「しかたがないですね。では、こうしましょう。十二時の鐘がなれば、貴方は自分の部屋にいます。それまで、ささやかなパーティーですが私と楽しんでみませんか?」

 すっと差し出された手を戸惑いながらも握れば、彼は何か木の棒のような物を取り出した。彼がそれを一振りすると、着ていた服がドレスに変わる。

「さて、いきましょうか」

 にこり、と笑った彼に私は頷いた。




 2



「そうして先生は、パーティーを楽しみました。けれども、十二時の鐘がなったとき、私は自分の部屋にいたのです。それが先生が体験した一番不思議な体験です」

 そう告げた女性に、周りの生徒はガヤガヤと騒ぎ出す。目をきらきらさせる者、半信半疑の視線を向ける者、関心がない者。様々な反応を見せる生徒たちに、女性――このクラスの担任であるアリサは苦笑いをした。

「ということで、夏休みの宿題は、夏休みの中で経験した『一番不思議なこと』を絵日記にしてきてください」

 アリサの言葉に、周りの生徒は、はぁい、と返事をする。その後、タイミングよく鳴り響いたチャイムの音に、「では、今日の授業はここまでです」とアリサが閉める。子供達は、ランドセルをしょって我先にと外へ向かった。

「先生、」

 さて、自分も職員室に戻るか、とありさが扉に手をかけた時、二人の生徒がアリサを呼び止めた。先ほどの話を、誰よりもキラキラとした目で聞いていた男子生徒と女子生徒である。かたや、クラスの中心の人物でムードメイカーのケイトという名前の男子生徒。かたや、明るくほわほわとした雰囲気に定評のあるリョウという女子生徒だ。やはり、興味をもったか、とアリサはほほえましく思う。というのも、この二人が空想の存在好きなのは職員の中では有名なのだ。かたや、将来の夢は怪盗といい、かたや、将来の夢は妖精の研究家である。今の時代には珍しい存在だ。

「今の話、ほんとう?」

 リョウが首をかしげてアリサに尋ねた。アリサはリョウの目線にあわせてかがむ。

「ええ、本当ですよ」

「じゃあさ、じゃあさ、俺達も夜にそこにいったら会える?」

 元気よく訪ねるケイトにアリサは苦笑いをした。目は相変わらずキラキラしている。

「さぁ、どうでしょうか」

「なんだよ、ケチ」

「ケチじゃないよ、ケイト。先生も何回かいってあったんだから、何回かいかなきゃダメなんだよ、きっと!」

 自分を置いてポンポンとはずむ会話に、アリサは笑みをこぼす。可愛らしい会話である。なにをしているんだとわって入ったのは、男子生徒だ。ケイトとリョウの友達である。いくらたってもこない二人を心配したのだろう。

「先生を困らすのはやめたらどうなんだ」

「困らしてねーよ、質問してるだけだ」

 フン、と鼻を鳴らしたケイトに、わって入った生徒はため息をつく。大人びていることで有名な男子生徒だ。名前は、コウキ。大人顔負けの知識とクールさを持つ彼は、嫌に現実的でシビアである。現代の子供らしいといえば現代の子供らしいのだが、子供らしさはない。

「だいたい、先生の話を鵜呑みにするんじゃない。あり得ないだろ、そんなことは」

「先生が話してたし、本当のことだ!」

「作り話だ、少しは物事を考えてから喋ることを覚えろ」

 喚くケイトをクールに流す姿は、本当に子供だろうかと言いたくなるレベルである。クラスを受け持った当初、こんなに仲が悪いのか、と心配していると、近くにいたリョウが「ふたりはね、けんかするほど、なかがいいんだよ」とそっと耳打ちしてくれたことは記憶に新しい。

 ケイトが反論できずに、唸っている。しかし、こういうのを打開するのは、リョウである。

「先生のお話、嘘なの?」

 しょぼん、とした表情でアリサとコウキを見つめる。コウキが、うっと、息を詰まらせたのが分かった。コウキはリョウにたいして強気に出られないのも、教師の中では有名である。初恋、という甘酸っぱいそれだ。彼は目を泳がすと、あー、だとか、うーだとか唸ってから、リョウを見た。ケイトはニヤニヤしている。最後には肩を落として、息を吐いた。

「ほんとう、じゃないか、な」

「本当に!」

 ぱぁっと花の咲いたような笑顔になるリョウに、安堵したコウキ。それに我慢できなくなったらしいケイトはケラケラと大笑いする。コウキが睨んでいるが、気にしていないらしい。

「じゃあ、先生、コウキくん、どこに――」

「遅い! 遅すぎる!」

 リョウの言葉をさえぎって、イライラとしたように入ってきた男子生徒に、四人はそちらを見た。ランドセルを二つ持っている。コウキがランドセルを預けてきたらしい。

「遅いよ、俺一人、なんで、はみごなんだよ! 第一、ランドセルぐらいもっていってくれよ、コウキ」

「ああ、悪い」

 助かったとばかりにコウキは男子生徒――トウマからランドセルを受け取る。

「完璧にお前のこと忘れてたわ」

「ひでぇ。ケイト、ひでぇ」

「私は覚えてたよ」

「さすが、リョウちゃん!」

 にっこりと笑ったリョウに、トウマもにっこりと笑う。しかし、コウキの「調子に乗るなよ、トウマ」という言葉に固まってしまったのだが。

 アリサはその様子にクスリと笑う。四人はアリサに向かって「センセー、さようなら」と挨拶をした。

「ええ、さようなら。いい夏休みを」

 そう告げれば駆けていく三人、最後にコウキはアリサを見て、「これで、リョウに嫌われたら、あんたの作り話のせいだからな」と少し物騒な言葉を残して去っていく。

「まったく、子供なんだから少しは夢を持って欲しい物ね」

 そういってアリサは苦笑いをする。ある晴れた夏休み前日のことだった。



 

 ***

 3



 夏休みに入り、ケイト、コウキ、リョウ、トウマの四人の話題はアリサの話のことだった。今日も今日とて、その話をする。といっても、今日はケイトとコウキ、トウマの三人だ。リョウはピアノの習い事が終わってから合流する予定だ。その待ち合わせ場所で、三人はアイスを食べながら待っている。

「先生のいってた洋館って何処にあると思う?」

「あるわけがないだろう、あれは作り話だと何回言えば気が済むんだ」

「いーや、きっとあるね。リョウがピアノの習い事でいないからって、言ってることコロコロ変えんなよ」

「お前はそろそろ現実を見ろ。サンタクロースだってな、あれは――」

「ああああ、止めてくれ、コウキ。俺はまだその先を聞く勇気はない!」

 コウキの言葉に、トウマが叫びを入れる。ケイトは首をかしげていた。コウキはそんな二人を鼻で笑うと、また口を開く。

「兎に角、あれは作り話だから信じるだけ無駄だ。妖精や魔法使いだなんているわけがないだろう。怪盗だってな。あんなもの、フィクションでしかない。事実ではない」

「なんでそんなに否定すんだよ!」

「それが大人や昔の人によって作られた嘘だからだ」

「けど、昔話がのこってるだろ!」

 ケイトの言葉に、コウキは呆れたように息を吐く。

「あれは、人間が理解できない現象を『魔法』だとか『神の仕業』、『妖精のいたずら』として納得させた話だ。今ではもう、多くのことが科学で証明されてる。俺達が大人になった頃には、全てが科学の元、理論的に証明されるだろうな」

 コウキの言葉に、トウマは「へぇ、」と頷いた。

「いいや、妖精や魔法使いはいるね! リョウがいないからって調子に乗ってんじゃねーよ!」

「なら、いる証拠はどこにある? 証拠が出せたなら、信じてやる。話は作り物でしかない。ティンカーベルを連れてくるか? それとも、玉手箱を持ってくるか?」

「っくそ!」

「ほら、いいかえせないだろ。所詮は、作り話――」

 コウキの言葉を遮るように、ケイトが殴りかかる。コウキはそれに驚きながらも何とかかわすと、「口で言い返せないからって殴ってくるなよ」と怒りをにじませてケイトを見る。喧嘩腰の二人に、トウマはアワアワと見比べる。リョウがいればコウキが折れるのだが、あいにく今はリョウはいない。ということは、コウキも折れはしない。二人の会話が悪口の掛け合いになっていく。ああ、神様、女神様、どうかリョウをはやくこの場に登場させてください、とトウマが願う。すると、可愛らしいピンク色の自転車に乗ったリョウが現れた。まさに救世主である。

「どうしたの?」

「リョウー! ナイスタイミング!! 二人を静めてくれ!」

「また、喧嘩?」

 首をかしげたリョウに、トウマはコクコクと頷いた。コウキはリョウを見て、悪口を言うのはやめたがおこっているのは表情を見ればわかる。

「喧嘩しちゃ、ダメだよ」

「……ああ、そうだな」

「だって、リョウ、こいつ、魔法使いも妖精も、怪盗だっていないって言うんだぜ?」

「え?」

 ケイトの言葉に、リョウはきょとん、としてコウキを見る。コウキは苦虫を噛み潰したような顔だ。

「ほんとうに、そんなこといったの?」

「ああ、言った! 俺はしかと聞いたね! 作り話だって! 何回も! 言った! 好きな人が来たからって、意見変えてんじゃねーよ!」

「うるさい! 黙れ! 作り話に作り話だといって何が悪い! 第一、小六にもなってそんな話を信じるほうがどうかしてる!」

「作り話じゃねぇっつってんだろ!」

 トウマはポカン、とする。何時もなら止まるはずの喧嘩が止まらない。ああいえばこういう状態に戻ってしまった。ちらり、と先ほどから黙ってしまっているリョウを見る。リョウはふるふると震えていた。目には涙をためている。

「え」

 小さくトウマが漏らした言葉は二人には届きそうもない。

「ちょ、泣くなよ? リョウ、泣くなよ?」

「ふぇ、」

 ポロポロと流れ出した涙にトウマが焦る。その様子に気づいたらしい二人の喧嘩がぴたりと止まる。

「リョウ?」

「リョウ?」

「いるもっ、ようせいさん、いるもんっ」

 その言葉にコウキから血の気が引いた。

「いるもんっ! まほうつかいさんもっ、ようせいさんもっ、かいとうさんもっ、すがたをみせないだけで、いるもんっ!」

「なぁ! リョウ! いるよな!」

 グスグスと涙目でリョウはコウキを睨む。コウキは冷や汗を流し始めた。

「コウキくんの、ばか!」

 言い放たれた言葉のダメージは、コウキにとっては多大な物だった。




 ***

 4



 それからすぐ、機嫌を損ねてしまったリョウは「帰る」と自転車をこいで去っていってしまった。コウキには弁解の余地が与えられなかったのである。灰になりそうな勢いのコウキに、さすがに哀れんだのかケイトも何処か気まずげに目を泳がせた。

「あ~、なんというか、ゴシュショサマ」

「……それを言うならご愁傷様だろ」

 ガクリ、とうなだれたコウキの肩を、ポン、とトウマが叩く。元気を出せ、という意味をこめてだ。

「明日になれば、機嫌が直るって、たぶん」

「いいや、幼馴染みの俺によれば三日はなおらねーよ」

 ケイトがさらりと要らない情報を流す。それを聞いたコウキが頭を抱えた。

「……なにもかも全部、先生の作り話のせいだ」

「だから、あれは作り話じゃないって」

「まぁまぁ、喧嘩はやめ。今はどうやってあの温厚なリョウちゃんに許しをこうか、だ」

「そうだったな」

「許してくれるんだろうか」

 遠い目をしたコウキに、ケイトとトウマは顔を見合わせる。相変わらずリョウが絡むと面倒くさいやつだ。といっても、そこは同じ男子生徒であるがためにコウキの恋を応援している二人でもある。何とか仲直りさせようと、云々と考えていたが、いい考えは浮かんでこない。夢の国と称されるテーマパークに連れていくなど、小学生のお小遣いでは無理だ。

「先生のいってた場所、さがさね?」

 ケイトが投げやりに提案した言葉に、二人は首をかしげる。

「先生のいってた場所で似たような経験すれば、リョウも機嫌直すだろ」

「だから、あれは作り話だと」

「コウキのその話の決定的な証拠になるしな」

「あと、宿題も片付くね」

「おい、トウマまでのる気か?」

「だって、本当なら素敵じゃないか」

 にこりと笑ったトウマにため息を吐く。だが、多数決方式で決められる意見ゆえにコウキは反論せずに頷く。現実を見れば、ケイトも落ち着くだろう、そんな期待と、リョウを裏切る結果にならないか、という不安もこめて。



 ***

 5



 三人は、この二日間、付近の山を調べるだけ調べつくした。というのも、先生の実家が隣の校区だからだ。先生に話を聞きにいこうともしたが、先生はあいにく旅行でいなかった。調べるだけ調べつくして、コウキがひとつの山に狙いを絞った。というのも、ネットの衛星写真で調べると山の中腹に先生の証言どおりの屋敷があるのを見つけたのだ。三日目、隣の市、電車を乗り継いだところにある山に足を踏み入れて、ぼろぼろな廃墟に足を踏み込む。まさに、廃墟だ。朽ち果てていないのが不思議なくらいの。だれも人が入ってこないからか、三人の背丈ほどの草が生い茂っている。

「まるで心霊スポットだな」

 というコウキの言葉に、トウマが顔を青くする。ケイトがけらけら笑いながら口を開いた。

「いいじゃん、ここ、遠いけど、俺らの秘密基地にしようぜ!」

「おい、目的がずれてるぞ。まぁ、作り話だったみたいだしな」

「何言ってんだ、まだ嘘とは決まってないだろ。リョウを誘って、明日の夜、来てみようぜ!」

 ケイトの言葉に、トウマが顔を真っ青にする。

「夜? 夜だって?」

「ああ、しゅうでんまぎわの電車で来ようぜ」

「駅員に補導されるのがいいオチだな。自転車で行こう」

 やれやれと肩をすくめたコウキだが、顔は乗り気だ。

「怖いのか? トウマ」

「だって、」

「幽霊を信じているのか?」

「信じて、ないけど、」

 顔を真っ青にしながら首を左右に振るトウマにケイトは小さく「がちがちに信じてるじゃねーか」と突っ込んだ。コウキも同意をこめて頷く。

「お前は信じないのか?」

「は? 幽霊なんかいるわけないだろ。死んだらみんな天国か地獄にいくんだぜ」

 ケイトの言葉にコウキはなんとも言えない気持ちになる。幽霊を信じないのなら、何故妖精や怪盗といった存在を信じる。ケイトとは長い付き合いを自負しているが、そこが意味がわからない。

「幽霊と妖精とは別モンだろ。まぁ、リョウは信じてるけどな」

 あいつよりは俺は大人だ! と胸を張ったケイトにコウキは眉をひそめた。彼の中では同等だ。むしろ、リョウが好きなだけあって、リョウのほうが大人だと思っている。が、ケイトの様子を見て、一つの案が浮かんだ。

「お前、まさか、リョウに話をあわせてただけで――」

「妖精さんいねぇかな、むしろ、こだまぐらいなら、いそうだよな、この森」

 らんらんと目を輝かせたケイトに、コウキは頭を抱えた。違ったらしい。

「ほ、ほんとに夜に来るの?」

「ああ」

「リョウちゃんが怖いって言うんじゃないかなぁ、だなんて」

「安心しろよ、あいつ、結構肝が座ってるからな」

 ケイトの言葉に、トウマはガックリと肩を落とした。




 ***

 6


 翌日の夜、三人はひっそりとリョウの家の前にやってきた。

「まさか、ピンポンを鳴らす気か?」

「まさか。そんなことしたら、全員帰れって言われるのがオチだろ」

 まぁ、そこで待っとけ。

 ケイトはそういって自転車を止めると、リョウの家に植えられている大きな木によじ登った。するすると慣れたように上っていくケイトに、トウマは「すごい」と声を上げた。ケイトは木の枝をつたって、一つの窓の前でとまる。数回ノックすれば、暫くしてカーテンが開いた。カーテンを開けたのは間違いなくリョウである。ネグリジェを着ているのを見ると、寝ていたらしい。眠そうに目をこすりながら窓を開けたリョウは首をかしげた。

「どうしたの?」

「今から出かけるぞ!」

「え?」

「先生の言ってた場所、見つけたんだよ! みんなで、けんしょーしにいこうぜ!」

「みんな?」

「おう!」

 ニカリ、と笑ったケイトにリョウはこくんと頷いた。

「待ってて、着替える」

「もう、面倒だからそのままでいいじゃねぇか。靴の予備くらい持って来てるから、行こうぜ」

「わ、ちょっとま!」

「あの馬鹿!」

 引っ張ったケイトに、リョウはバランスを崩し窓から乗り出す形となる。コウキはあわてた様に自転車を放り出す。しかし、リョウは器用に木の枝に着地した。ケイトと同じく慣れているのか、とんとん、と木を降りてくる。

「二人ともすごいね」

「まぁ、幼馴染みだからな! 何回かこうして家を抜け出してんだ!」

 ケイトの言葉に、羨ましそうにコウキが見たが、ケイトは笑うだけだ。

「あ、自転車の鍵持ってきてないよ」

「コウキの後ろに乗ればいいだろ、あいつのだけ二人乗りできるし」

 その言葉に、リョウは気まずげに目を泳がした。馬鹿、といってしまったことに罪悪感を抱いているらしい。コウキの近くにいくと、おずおずと頭を下げた。

「あの、コウキくん、馬鹿なんてこと言ってごめんなさい」

「いや、気にしてない。俺も色々と変なことをいった。悪かった」

 ふっと笑ったコウキにリョウはまたぱぁっとした笑顔を浮かべる。

「信じてくれたの?」

「あ、いや、ああ、まぁ、それを見に、」

「リョウ、そいつはまだ信じてねぇよ。さっさと証拠見せて信じさせようぜ!」

 ほら、いくぞ! と自転車を漕ぎ出したケイトに、リョウは一瞬きょとんとしたが、コウキが自転車まで案内したことにより頷いて後ろに乗って、コウキにつかまる。コウキは顔を赤くしたまま漕ぎ出した。トウマもそれに続く。



 警察が徘徊していそうな街中を避け、河川敷を進む。初めての経験に四人ははしゃぎ気味だ。街灯が少ない河川敷では星が良く見える。雲ひとつない星空である。満月だ。「今度は天体観測しようぜ」だとか、「花火したいな」だとか、今後の夏の予定を口頭で決めていく。夏休みは始まったばかりだ。


 河川敷に沿ってすすんでいくと、ついに山のふもとまできた。コウキのつけていた時計では午後十一時をさしている。ざっと1時間、自転車をこいでいたことになる。運よく、警察にも見つかっていない。リュックサックから懐中電灯を取り出す。リョウにはケイトの持ってきた靴を履かせ、山に入る。

 暫くは宿題のことだとか、何処に行きたいだとか言いながら山を登っていた。真っ暗なそこは昼間とは違い、どこか不気味だ。何が出てくるか分からない雰囲気をかもし出している。よく、先生は一人できたな、とトウマは思った。一人なら絶対帰っている。

「動物さんがでてきそうだね」

「幽霊と遭遇するよりは可能性があるな」

「幽霊さんがいるの?」

「い、いるわけないだろ!」

 リョウの疑問にいち早く答えたのはトウマだ。顔が真っ青である。リョウはそんな様子に首をかしげる。

「リョウは幽霊が怖くねぇの?」

「だって、幽霊さんはいい人ばっかだよ」

 リョウの言葉に、三人が固まる。「だよ」って、見たことがあるのか、むしろ、会話したことがあるのか、とかそういう疑問が頭に浮かぶ。そんな様子を気に留めていないリョウが、あっと、声を漏らした。


「どうした、ん、だ」

「え、え、」

「すっげー!!」

「先生の言うこと、本当だったんだね!」


 コウキが固まり、トウマが戸惑い、リョウとケイトは喜びの声を上げる。

 四人の目の前にあったのは立派な洋館だった。三人が昼に見たそれではない。場所はあっている。

 整えられた庭園に、美しい外装は先生の言っていた通り、「御伽噺に出てくるような」場所だった。キラキラと何かの光が舞うようにおちてくる。

「ああ、これは夢だ、夢に違いない、こんなことは、ありえない」

 頭を抱えたコウキを他所に、興奮した二人は庭園の中に足を踏み入れていく。ぐるぐると考えこんでいる――むしろ現実逃避をしているコウキをトウマは引っ張って中に入った。

 美しい庭園を抜けた先、お城のような大きな扉を前に、四人は見上げた。ケイトがワクワクとした表情で、扉を少し開く。そこから四人が中を覗き込んだ。

 まるで、ヨーロッパにある城の内装のようなそこでは、美しいフォーマルウェアを身にまとった男女がダンスをしている。まるで「御伽噺」の舞踏会だ。

「おや、これはこれは」

 余りの美しさに息を呑んでいると、四人の背後から声をかけられて四人はあわてて後ろを向いた。男性がいる。深い海のようなローブに、同色のフォーマルウェアを着ていた。

「珍しいお客様ですね、いつかのお嬢さんを思い出します」

 ふふ、と笑った男性は四人を見る。

「でも、もう夜は遅い。貴方達は帰らないといけない時間では?」

「ねえ、貴方は魔法使いですか?」

 男性の言葉を無視して、リョウがキラキラとした目で男性に尋ねる。男性はきょとんとした表情を浮かべた後に、すぐに苦笑いをした。

「ええ、いかにも私は魔法使いです」

「ほら見ろ! コウキ! 魔法使いはいるじゃねぇか!」

 ケイトの言葉に、コウキは首を振る。

「嘘だ、魔法使いなんて、はったりだ、作り話だ」

「……悲しいことですね、彼女の言うとおり、子どもさえもそういう時代になってしまいましたか」

 悲しげに目を伏せた男性に、リョウは心配そうに男性を覗き込む。男性はそんなリョウにふわりと笑って、「大丈夫ですよ」と頭を撫でた。

「中にいるのも、魔法使いさんなの?」

「いえ、中にいるのは色々な人たちですよ」

「色々? 妖精さんとか?」

「ええ、そうですね」

「そんなもの、いるわけがない」

「でも、コウキ、昼間は廃墟だったここがこんなになってんだ。魔法しかありえねぇだろ」

「別の場所という可能性があるだろ」

「おまえなぁ、」

 かたくなに信じないコウキに、ケイトが呆れたように言った。

「証拠はそろってるじゃねぇか、なんでしんじねーの?」

「まだ、証拠が揃ったわけじゃない。大人が集団でだましている可能性だってあるだろう」

 首を振るコウキに、魔法使いだという男性は何かを思案する。そして、何処からともなく杖を取り出すと、杖を振った。すると、キラキラと光る粉が降り注ぎ、リョウの服が変わる。ネグリジェだった物が美しいドレスになっていた。わぁ、と言葉を漏らしたリョウはくるくるとドレスの裾を持って回る。ケイトが俺も俺も! と告げると、男性は同じく杖を振った。今度はケイマの服がタキシードに変わる。それを見ていたトウマもどこか期待したような目で魔法使いを見た。それに笑って、男性はまた杖を振る。また服がタキシードに変わった。コウキはポカンとした表情でそれを見る。理解できないそれである。手を、一度も触れていない。マジックではなし得ないそれだ。

「信じていただけましたか?」

「でも――」

「『昔、人は理解できないそれを、我々魔法使いや神、はたまた妖精や幽霊の仕業にした』」

「あ、それ、コウキが言ってたことじゃん」

「実際、可笑しな出来事は僕等のような者が原因です。人間達は、それらを恐れ、僕らのそれを解明する為に科学を発見しました。しかし、多くのことがまだ証明されていません」

「でも、時機に全てが――」

「いいえ、全てが科学によって証明されることはないでしょう。そして、科学によって証明されなかったそれは、文学というもので『作り話』とされる。はたまた、何かを比喩的表現であらわしたものだと大人が言うでしょう」

 コウキ以外の三人は首をかしげた。意味がわかっていないらしい。

 コウキは真剣な顔で、男性の言葉に耳を貸している。

「科学が全てを証明するより、全ての話が作り話とされることよりもはやく、僕等は消えてしまうかもしれませんが」

「なんつーか、よくわかんないけど、」

 ケイトが気だるげに、コウキと魔法使いを見た。

「とにかく、魔法使いとか妖精はいるっていうことだな」

 ニカリと笑ったケイトに「……まだ信じられないがな」とコウキはつぶやいた。

「あぁ、もう、証拠を見せたのに、なんでそう堅物なんだよ、お前。現実を見ろよ、現実を!」

「いつの間にか立場が逆になってる」

 ぽつり、とつぶやいたトウマの言葉は実に当を得ている。リョウがコウキの服をちょんちょん、と引っ張った。

「コウキくん、あのね、」

 そういったリョウの言葉に、コウキは首をかしげる。

「全部が作り話や科学的な話だって思っちゃったら、世界はつまんないんじゃないかな」

「つまらない?」

「うん、だってね、理解できないことも、理解できることも、科学で証明されないことも、証明されることもね、魔法使いさんや妖精さん、幽霊さんのしわざだって思ったほうが、わくわくするし、楽しいでしょう?」

「……」

「ちょっとずつでも、そう思ってくれたら、信じてくれたらうれしいな」

 ふわりと笑ったリョウに、コウキは顔を真っ赤にする。そして、小さく「努力しよう」とつぶやいた。

 魔法使いはそれを微笑ましそうにみると、また杖を振った。今度はコウキの服がタキシードへと変わる。

「本当は帰りなさい、といいたいところだけど、せっかくだから楽しんでおいで」

 そういって背を押した魔法使いに、四人は扉を開けて中へと入った。




 ***

 7



「さて、いつまでそこにいるおつもりですか?」

 魔法使いは、柱を覗き込む。ちょうど四人の死角になる位置だ。

 そこから現れたのは、ドレスを身にまとった女性――昼とは違い、髪もキレイに束ねられている――アリサだった。ばれていましたか、だなんて苦笑いしながら男性の隣に立つ。

「貴方の教え子ですか?」

「いい子達でしょう?」

 アリサの言葉に魔法使いは「そうですね」と頷く。

「場所を教えたのも貴方ですか?」

「ううん、貴方とのお話は教えましたが場所は教えてないんですよ。自力で探したみたいですね」

「コウキくん、とやらを見ていると昔の貴方を思い出しますよ」

「かたくなに信じませんでしたもんね、私。今はちゃんと信じてますよ」

「そうじゃないと困りますよ。貴方は私の伴侶なのですから」

「そうですね、クロイツ」

 眉尻を下げた男性――クロイツに、アリサはふふっと笑った。

「でも、おもったより僕達を信じる子供達は減っているのですね」

「それは否定できません」

「何故なのでしょう。夢を見る余裕がないのでしょうか? 大人も、子供も」

「そうでしょうか? 夢を見る、ぐらいの余裕はあるような気がしますが。しかし、たとえ、子供が夢を見たとしても大人がばかばかしいと頭ごなしに否定すれば同じです。そして、頭ごなしに否定する人が増えた今、コウキ君のような人は増えていくでしょう。悲しいですが」

「ええ、悲しいですね。願わくば、貴方のような人が増えることを祈りましょうか」

「彼等なら、なってくれるような気がします」

 にこり、とわらったアリサにクロイツもふわりと笑う。そのとき、十二時の鐘がなり響いた。クロイツは持っていた時計で時間を確認すると、「では、子供達を家に帰しましょうか」と杖を振った。




 ***

 8



 目を覚ますと、見慣れた天井だった。

 それに驚いたケイトがあわてて起き上がる。なんてことのない自分の部屋だ。

「夢、?」

 ドタドタと急いで階段を下りる。その音にケイトの母親がうるさい、と怒ったがケイトはそのまま玄関におり、自分の家の車庫に向かう。自転車が、ない。

「あ、ケイトくん」

「! リョウ!」

「昨日、靴をね、かりたままだったから」

 そう言って靴を差し出したリョウに、ケイトは昨日のことが夢なのかを尋ねようとする。が、タイミングよく現れたコウキとトウマによって阻止された。

「あ、おきてたんだ、おはよう」

「まぁ、ケイトは今起きたところみたいだがな」

「うっせーよ」

「これから自転車取りに行くんだけど、行かない?」

 トウマの言葉に、「私もついていっていい?」と首をかしげた。「もちろん」と即答するコウキに、トウマが苦笑いをする。

「なぁ、昨日のって」

「夢だといいたいのか。俺だってそう思いたかったが、自転車がないのと、帰った記憶がないこと、その他もろもろを考慮すると夢じゃない。あれはお前の言うとおり現実だった。それともなんだ? お前が夢だとかいうのか?」

「うっせ、」

「でも、きづいたらお家で寝てたからビックリしたよー」

 ほわほわと笑うリョウにトウマも頷く。コウキは「さっさと着替えて来い」とケイトを追いやった。


「夢、じゃない」


 こみ上げてくる笑いに、ケイトはふふっと笑う。


「やっぱり魔法使いや妖精はいた!」


 そう喜びをかみ締めながら階段を上がるケイトに、やはりケイトの母親が「うるさいわよ!」と怒鳴り込んだ。

 それから、彼等がまた少し違う『不思議な存在』に出会うのは少し先のお話。



 **fin


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