第7話 不義を許すな、罰せよ乙女
オセは私の握りしめる
そのエメラルドグリーンの瞳に睨まれるだけで、私は膝から力が抜けて地面に崩れ落ちそうになった。魔剣を杖がわりに、どうにか尻もちはつかずに耐えている。
「我らの魂を内包することで魔力の供給なくして多様な魔法を操るか。まこと、どの世界の人間も狂おしいほど禍々しい」
忌んでるんですか、誉めてるんですか、あなたの狂おしいほど禍々しい笑顔、とっても判別しづらいんです勘弁してください。
(オセは狂気や混沌を好む悪魔と言われてる。物事を正しく見抜くこともできるらしい)
そうなのスラチン。ありがとう。ついでにどうしたらこのまま静かに消えてくれるか知らないかしら。そんな私の想いなんて無視して、オセは杖の柄についている王冠の装飾を撫で回しながらこちらをじっと見つめてくる。
「キミの剣にも心惹かれるが……、それにも増してあの箱に眠る遺物は素晴らしい。キミと縁のあるもののようだが」
オセが石突きで後ろの保管庫を指した。
「……その保管庫は私たちの所有物……です。それを探しに地上から来たの」
襲いかかってくるような素振りがないから、勇気を振り絞って応えた。
「ふむ」
「私の大事な人のものも入ってる」
だからお願い、邪魔しないで。
「……なるほど。だがキミの想い人にとってのキミが、そうであるとは限らない」
オセは片目をつむり、その閉じた目で何かを見通すように視線を放ると、また例の禍々しい笑みを浮かべた。
「愛は心をシルクで覆い、その肌触りで全てを隠す。今から肺の三度膨らむ内に、その隠されたものが何なのかわかるだろう」
は? この悪魔、私と
「ちょ、エイルちゃんタンマ」
私がオセの物言いに憤慨していると、ホールに繋がる別の通路、おそらくは元々あった方のダンジョンの通路から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「なんかやばそうなのいるじゃん」
誰かを制止しよう焦る声。ダンジョン内で妙な響き方をしているけど間違いない。
「……尋成?」
私は恐る恐る呼びかける。多分、既存のダンジョンにもぐってた尋成が、偶然接続路を渡って新しいダンジョンに入ってきたんだ。でも私の呼び声で、明らかに通路先の空気が凍てつくのを感じた。……ちょっと、なんで彼女の呼びかけに空気を凍らせるのよ。ていうか何? エイルちゃん?
「……引き返そう」
「でも誰かがあなたの名前を呼んだわ」
「……いいんだ。ほら、危ないから」
ボソボソ密談しても反響してばっちり聞こえてんのよ! いいんだ、じゃないでしょうよ。あんたまさか危ないって私のこと言ってない?
「グルルルルッ!」「うへぇっ!」
通路の奥からなんだかデジャヴな唸り声と悲鳴が聞こえたかと思えば、私の彼氏、尋成が顔を真っ青にして現れた。その後ろに剣士のような風体の女を連れて。
私は自分の体温が急低下していくのを実感した。道理で私の声を聞いて引き返そうとしたわけだ……いや、でもまだそうと決まったわけではない。私が変に誤解することを避けるためにそうしたのかもしれないし……。
「ヘリヤ! 大丈夫か! なんでこんなところに……。とにかくこっちにおいで。そいつは危ない」
さっきまでの密談がまるで嘘のように、尋成は私に手を差し伸べた。
「くくく」
オセは私を試すように笑んでいる。ああ、悔しい。でもさすがに「尋成、心細かったー」なんて駆け寄れる心境ではない。尋成は私というものがありながら女と二人きりでダンジョンにもぐっていた。下心あってのことか、どうなのか。
「……新しいダンジョンがね、管理局内に急に現れたのよ。運悪く保管庫が飲まれちゃって。ほら、そこ」
私はオセと尋成のち間に転がっている、大人を10人程度は押し込められるであろう銀色の立方体を指差した。
「ん? うん、そうだったのか」
尋成は甘いマスクを曖昧に歪めて笑いかけてくる。それがどうした、早くこっちに来るんだ、とでも言うように。だけどそれに応じるにはいくつか確認しなきゃならない。私は社血狗をダラっと握ったまま続けた。
「尋成のね、未鑑定のオーパーツも入ってるから。私、怖かったけど探すためにダンジョンに入っちゃった」
「あ、ああ。ありがとう。怖かったね、さあこっちへ」
「……パーティ解散の一番多い理由、知ってる?」
私は改めて女剣士を見た。色素の薄い白肌に輝くワインレッドのボブヘア、可憐な瞳の右目は茶色で左目は水色のオッドアイ。私より頭一つ小さい身長に華奢な肩、儚げで神秘的な雰囲気はついつい私でも見惚れてしまう美しさぁぁぁ……。尋成、あんた死に近づいたわ。
「え、何言ってるの?」
煮えたぎる私の心の内なんて知る由もなく、尋成は困惑顔だ。それがまた憎たらしい。
「パーティ内の人間関係のいざこざ、ようは色恋沙汰がパーティを解散させる一番の理由よ」
だから女とパーティを組むな、なんて言いたいわけじゃない。そうじゃないんだけど、
「尋成、あんたさっき、私の声聞いて引き返そうとしたわよね」
それってまさに、色恋の真っ最中だったからに他ならないんじゃなかろうか。
「そそ、そんなわけないよ! あれは、その……。ドッペルゲンガーかもって。だから……」
「ドッペルゲンガーが私の姿してるってことは、私もどっかにいるってことでしょうよ。むしろ恋人の安否を心配するのが普通じゃないかしら。それを引き返そうと判断したあんたの考えを聞かせてほしいわね」
下手な言い訳してんじゃないわよ。あぁ、目が据わってるのが自分でもわかる。このまま視線で射殺せる魔物にでもなれないかしら。
(オ、オセは人間を好きな姿に変身させることができるらしいよ)
何を察したのか、スラチンがおずおずと語りかけてきた。そんなのいいから、ちょっと黙ってなさい。
(ご、ごめんなさい)
ひと睨みするとスラチンはしゅんとなって口をつぐんだ。正直、今は尋成を締め上げること以外、眼中にないわ。それなのに、
「あなた、尋成さんの恋人と言いましたね」
尋成が答えに窮しておたおたしていると、エイルと呼ばれた女剣士が急にしゃしゃり出てきた。そうですか、あなたも参戦しますか。……そりゃそうよね、きっとあなたにとっても尋成は恋人なんでしょう。もうオセもダンジョンも関係ない。ここは血みどろの修羅場、確定よ。
「ヘリヤさん、でしたね」
何かを確認するように女剣士は私の顔をじっと見据える。ガンたれてくるなんて、いい度胸してるじゃない。別に私はあんたを糾弾したいわけじゃないの。だってあんたは私にとってただの他人だから。私がその罪を暴き罰を下すのは、あくまでも恋人である尋成なの。浮気した恋人じゃなくて、その浮気相手を責め立てるような根暗と一緒にしないでほしい。だからお願い、あんたは引っ込んでて。
「こんな男、絶対にやめておいたほうがいいです」
ほら、そうやってあんたが下手に尋成を庇うから私も応戦せざるを得なく……って、ん?
「勘違いされているかもしれませんが、私はこの人とはなんでもありません。どちらかというと、ヘドが出るほど嫌いな部類の人間です」
んん? どういうこと? てかそこまで尋成を貶されたら、その恋人としてはちょっと複雑なんですけど。
「ははは、キミの心模様はまさに混沌だな」
存在を忘れかけていたけど、オセが楽しげに笑っている。わからないわ。それじゃ、あんたはどうして尋成と2人でいるの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます