第6話 魔剣はうならず、怯むよ乙女

 右手に社血狗しゃちく、左ポッチリにスラチンを携え未踏のダンジョンを奥へ奥へと進んでいく。スラチンが流動体を活かし、斥候のように立ち回ってくれるおかげで、魔物を避けながら進むことができている。


 ただのスケベかと思いきや意外な有能さを発揮し、今だってこの通路の先に繋がる開けた洞に危険がないか探ってくれている。ほんと大助かり。


 ここまでダンジョンを進む中、気になることが2つある。1つは保管庫がどこまで転げていったのかということ。


 普通に入り口の傾斜から落ちたのなら、さすがにこの深さまで探して見当たらないなんておかしいわ。もしかしたらダンジョンが出現して、広がり切る前に落ちてしまったのかもしれない。広がるダンジョンの岩床に乗っかり、エスカレーターのように保管庫が奥に運ばれてしまったんでしょうね。


 そしてもう1つの気がかりはこのダンジョンの様相よ。


「……やっぱり繋がっちゃってるわね」


 これまで進んできたダンジョンは床から天井まで岩盤というステレオタイプの洞窟型だったんだけど、今はレンガ張りの通路が続いている。レンガ造りはもともとあったダンジョンの特徴だ。


 疑似現実トロメアからマップを呼び出すと、思った通りすでにあったダンジョンといくつかの通路が接続してしまっていた。


 んんー困った。まだ新規ダンジョンは難易度ランクも決まってないのに、既存ダンジョンから探索者が迷い込んできたらどうしよう。新規ダンジョンの方がランクが低いなら安心だけど、もし難易度が高かったら事故が続発する可能性もある。


 ちなみにダンジョンの難易度を大雑把に分けると、高い方からS、A、B、C、D、Eランクの6つだ。さらに各ランクは1~3に分けられ、例えば最低ランクのダンジョンはE1ランクと位置づけられる。探索者にも同じようにアルファベットでランクが与えられ、対応するランク以下のダンジョンを探索できるという仕組みになっているのだ。


 既存ダンジョンはD1だから、低級者向けのダンジョンと言える。お願いだから、新しいダンジョンがD1以下でありますように。


(ねえ。ヘリヤが探してる保管庫って銀色で真四角?)


 人知れず祈っていると、レンガの亀裂に身を潜めながらスラチンが戻ってきた。


「そう! もしかして見つかった?」

(うん。あっちの広い洞にあったよ。……でも)


 何やら歯切れが悪い。もしかしてすでに荒らされてしまってたのかしら。ミスリル塗装された丈夫な金庫なんだけど。それとも、


「魔物も一緒だった?」


 ダンジョン内には宝を好む魔物も多くいる。そんなやつらがすでに保管庫を見つけてしまったのかもしれない。


(うん。それもちょっと厄介そうなのがいて)

「や、厄介そうだなんてやめてよちょっと」

(財宝なんかに興味を持つようなタイプじゃないんだけど。なぜか保管庫から離れないんだ)

「ど、どんな魔物なのよ」

(悪魔大総統――)

「ちょっと待って。何その悪魔大総統って。そんな仰々しいのほんと無理なんだけど」


 魔物がいた場合、自滅覚悟で社血狗を使うという手も考えていたけど、さすがに悪魔大総統なんてだいそれた肩書きの魔物に中級魔法ごときで太刀打ちできる気がしないわ。てかそんなのが徘徊しているこのダンジョンて、ランクやばいんじゃない?


(オセっていう悪魔でさ。うん、僕も挑むのはお勧めできないな)

「じゃーどうすりゃいいのよ」

(今は諦めた方がいいよ)

「諦めるって、せっかく目の前に保管庫があるのに!」


 私の花嫁計画、もとい尋成ひろなりの実家の命運がかかっているのよ。そう簡単に諦められない。


(ヘリヤ、さっきからちょっと声が大きいよ。とにかく一旦ここから離れ――)

 スラチンは言葉の途中で固まった。


 突如、内蔵が寒風に晒されるような不安に襲われる。うぅ、通路の奥から毒々しい視線が注がれているのが私にもわかるわ。最悪、オセって悪魔に勘付かれたみたい。どうしよう、やっぱりスラチンの言う通り、一旦引こうかしら。命あっての物種だし。


 ぐるるるるるぅ。


 背後から猛獣の唸り声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、牛みたいに大きな2頭の黒い豹が、頭を低くし、肩を怒らせて今にも飛びかかってきそうな構えだ。


「……っ」


 いつの間にこんな魔物が現れたの。私も社血狗を正眼に構えるけど、使いこなせないことを見透かされているのか、2頭に怯む様子はまったくない。


「グゥヴァンッ!」


 っひゃー!


 黒豹に吠えられて肝を潰した私は、とにかく2頭から離れようと反対方向のホールみたいに開けた場所に駆け出した。ムリムリムリ、怖すぎるもん! 武器を投げ出さなかっただけ褒めてほしいわ!


(そ、そっちはダメだって)


 懸命にレンガにかぶりついてその場にとどまろうとするスラチン。でも恐怖に尻を蹴っ飛ばされた私の馬力の前じゃ、なんの意味もなさない。左胸でスラチンを思い切り引きずって、猛ダッシュで岩屋のホールに逃げ込んだ。


 ぶはっ。

 恐る恐る振り返ると、黒豹の姿は忽然と消えていた。

 え、どういうこと? これってつまり……。


「ほう、隠れていたのはスライムを連れた小娘か」


 視線を戻した先には、豹頭の悪魔が興味深そうにこちらを覗き込んでいる。


「ぎゃっ!」


 思わず後ろに飛び退った。だって仕方ないじゃない! いきなりひげが触れるくらいの近距離に豹の顔があるんだもん!


 どうやらオセは豹の姿をした悪魔らしい。さっきの黒豹とは違い、いわゆる豹柄の短い体毛がしなやかなで強靭な体を彩っている。赤地の裏付けが施された黒マントに身を包み、これまた黒のスリムなステッキを携えた立ち姿は、獣なのに優雅で知的だった。実は豹の覆面を被ったレスラーでした、みたいなことは……100%ないだろう。


 そしてその後ろには探し求めていた保管庫が。


 ああ、なんでこんな厄介なところに転がってるのよ。近いのにあんなにも遠い。……一か八かオセに魔法をぶっ放してみる?


 オセの弱点を探ろうとエンカウントを覗くけど、オセの情報はほとんどない。新しいダンジョンで遭遇した魔物だから当然よね。運よく弱点属性をつけることを祈るしかないか。社血狗をぎゅっと握りしめて覚悟を固める。


「それは賢明とは言えないな」


 しかし、ホール壁面の松明に照らされた豹の不気味な笑みで、そんな覚悟は刹那に塵と化した。

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