第5話 蒙昧な従者、惑えよ乙女
「なになに、『コンダクター』?」
私はステータスボードのスキル説明欄に追加されたセンテンスに首をかしげた。いつの間にか「異跡乙女」のスキルレベルが上がり、新たな力を手に入れたらしい。説明書きによれば、
・ダンジョン内に生息する生物1体を「
・案内役にするには、一定時間、対象と物理的に接触する必要がある。
なお、接触深度によって要する時間は異なる。
・案内役とは意思疎通が可能となる。
・案内役は異跡乙女のスキル保持者、すなわちオーナーを攻撃できない。
・オーナーは案内役の任免権を持つ。
とのことだ。って、それじゃこのスケベスライム、私のコンダクターになったってこと?
私の左胸のポッチリから伸びる半透明の鎖を忌々しく握りしめた。その先は例のスライムと繋がっている。
この鎖が突然ポッチリからレーザーよろしく迸り出たときは、さすがに失神しそうになったわ。多分、鎖に繋がれたこの状態はオーナーとコンダクターの関係が成立している証ってことよね。よりによってなんでスライムが直に触った左ポッチリから……っておい! まさか「接触深度」ってそういうこと? なんなんだこのイカレ変態スキル!
(お姉さん、どうやら僕たち運命の糸で繋がれちゃったようだね。……いや、これはそんな綿あめみたいなふんわりメルヘンなものじゃない。そう、この鎖は主従を知らしめる愛欲の印だ! いざ、種族の垣根を超えて未来を築こうじゃないか! ビバおっぱい! ビバチク――)
「るっさい!」
握った鎖を振り回し、興奮する水色の流動体を岩壁に思いっきりぶつけてやった。衝突の衝撃でスライムの体はバラバラになるが、鎖の先ですぐに元の形に戻っていく。
(ひ、ひどいよ。僕はただ、お姉さんと結ばれた喜びを表現してるだけなのに)
スライムは目をうるませこちらの非道を訴えるが、そんなもん知ったこっちゃないわ。
「これ、そういう『結びつき』じゃないから。だいたいひどいのはあんたの頭ん中よ」
(お言葉ですけど、お姉さんの姿も大概ひどいよ)
「あん?」
こいつ、急に私の外見をディスり出しやがった。スライムには私の人間としての美貌がわからないらしい。キャメルの艷やかストレートヘアにすらっと通る鼻筋、強気で挑発的な輝きがたまらんとマゾ属性に評判な(別に嬉しかないけど)二重の瞳、女性にしちゃ高めの170センチの身長に整ったプロポーション。自分で言っててごめんなさいだけど、どっから頭でどっから胴かも判然としない流動体風情にひどい呼ばわりされるビジュアルじゃないっつーの!
「お姉さん、乳首からモーニングスター垂れ下げた変態鬼女っすよ。あ、星球の代わりに僕がひっついてるから、スライムスターか」
びっちゃん!
私は鎖を繰り、もう一度渾身の力でスライムを壁に叩きつけた。ふざけやがって軟弱変態減らず口め! でも確かにこの鎖をどうにかしないと、このままじゃ表を歩けないわ。
何かないかとステータスボードのスキル欄を隈なく見ていると、コンダクターの説明書きにクリップが添えられている。視覚誘導でクリップを開くと、「案内役ステータス」、「履歴」、「設定」といったタグが展開されていく。「設定」を表示すると、その中に「透過度」というタグがあり、タグの横には0から100まで数値のついたバーが伸びている。
これっぽーい! 現状、50に設定されている透過度を100にしてみると、鎖の姿が見えなくなった。よっしゃ解決!
(まあ、僕らの絆をわざわざひけらかす必要もないしね)
スライムはしたり顔で頷いている。こいつの頭の中はほんとにどうなっているんだろうか。私は貴様と絆を紡いだ覚えなど微塵もない! とは言え1人でダンジョン探索も心細いしな……、それに一応私のコンダクターということらしいし……。
「私は保管庫を探してるの。あんた、保管庫まで安全に私を案内しなさい」
(保管庫?)
「ダンジョンの入り口から転がり落ちてきたでしょ? 知らないの?」
(……知らないよ。僕もここに来たばかりなんだし)
「は? あんた、このダンジョンのこと詳しいんじゃないの? コンダクターでしょ」
(は? 勝手にスキルで繋いでおいて「コンダクターでしょ」なんて言われましても)
つい今しがたまで僕らの絆がーとかなんとか言って喜んでたでしょうが! きぃーむかつくー!
さっき「設定」を開いたときに「契約解除」ってタグがあったよな……。でも
(だいたいお姉さん、ちょっときれいだからって何しても許されると勘違いしてるんじゃない? 電撃ぶち込むわ、壁にぶん投げるわ、挙句の果てに無知扱い。正直僕としては面白くないよね。言いたかぁないけど僕ぁね、スライムの中でもそれなりの地位にいるスライムなんだ。そこらの探索者にぞんざいに扱われていいようなスライムじゃないわけさ)
それなりの地位のスライムってどんなスライムよ。つっこみたかったけど、どうやら少しご立腹らしい。
(コンダクターとオーナーって、ようは労使の契約みたいなもんですよね? それじゃー僕には快適な労働環境を享受する権利があるはずだ)
立てる腹がどこにあるのかという議論はさておき、とにかく高圧的な態度は改めるべきね。それにこいつの今言っていることには私も完全に同意だわ。こちとら不遇なオフィスレディ、現在進行形で残業中よ。
「さっきまでのことは悪かったわ。……私、実はダンジョンにもぐるの初めてなの。だからちょっと気が立ってて。その、一緒に来てくれる?」
(急にしおらしいね。……でも、そうか。初めてだったんだ。僕もダンジョンは初めてさ。初めて同士、ゼロから築いていくっていうのも初々しくていいじゃない)
いちいちキモいんだよな。でもまあ、ついて来てくれるんならよしとしよう。
「ありがとう、私は
(申し遅れた。僕は、スラ・スマリラ・スルルシュカ・スヘルギ・デ・デボルボン・スヴァーヴァ・ショ・ゴッスチン)
なっが。
「……スラチンね!」
(なにその超俗っぽい呼び方! ちゃんと覚えてよ、家名や歴代の家門が刻まれた栄誉ある名前なんだぞ! いいかい、スラ・スマリラ・スルルシュ――)
「さ、行くわよ! スラチン!」
私は見えない鎖を引っ張ってスラチンとともにダンジョンの奥へと歩み出した。
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