第15話 協力者
六時間ほどの飛行の後、ユスティアは王都に到着した。高速飛行する飛竜から振り落とされないように必死だったことに加えて、朝日が眩しかったため、景色はほとんど分からなかった。
ユスティアは〈疾風号〉の背を叩き、彼女を静止させた。上空から教会の場所を確認すると、その門前へゆっくりと降下していった。地上が近づくにつれて、通行人から奇異の目で見られるようになったが、ユスティアは無視して地面に降りた。
〈疾風号〉を送還して、唖然としている警備員に近寄った。
「朝早くに申し訳ありません。火急の用件で、ガブリエル猊下にお会いしたいのですが、取り次ぎをお願いできますか」
「できません。枢機卿はお忙しい身ですから、突然訪問して会えるものではありません」
「私は辺境伯バートラム卿の名代として参りました」
ユスティアは書類を提示した。警備員はそれを眺めて、首を振った。
「貴族様が相手でも同じことです」
「猊下のお父上からの言づてを預かっていると言っても?」
「真偽が確認できません」
ユスティアは〈虚空の騎士〉を召喚した。中身のない甲冑が周囲を威圧的に眺めた。警備員は実用より装飾に重きが置かれた槍を構えた。彼にはそれしか武器がなかった。ほかにも数人の警備員が現れ、同じように槍を構えた。
「攻撃の意思があると判断しました。怪我をしても恨まないように」
「私は本当に急いでいるんです。道を開けないなら、押し通ります。治療費や修繕費のことは、後ほど相談しましょう」
警備員たちは〈騎士〉に突撃した。〈騎士〉は両手で二本の槍をつかみ、へし折った。残りは甲冑に弾かれるか、隙間から中に突き刺さった。槍を刺した警備員は、手応えがないせいか、怪訝な顔をした。
〈騎士〉は槍を引き抜き、握り潰した。穂先が地面に落ちた。その様子を見て、警備員たちは戦意を失ったようだった。彼らは少しずつ後退し、〈騎士〉が詰め寄ると、慌てて距離を取っていた。
ユスティアは〈騎士〉に前を歩かせて、足早に教会の敷地を進んだ。ルークの予想では、ガブリエル猊下は早朝から執務室にいる。敷地内にいくつもある建物のうちのどの部屋を目指すべきか分からず、彼女は焦っていた。人影はまばらだったが、アーカムのような守護騎士が出てきてしまうと厄介だった。
気がつくと、フローレンスに会った宿舎の近くに来ていた。ちょうど宿舎から、人が出てきたところだった。逃げ出してくれればよかったが、彼女は話しかけてきた。
「そこのお方。一体、何をなさっているのですか?」
「辺境伯バートラム卿より、ガブリエル猊下に火急の用件です。ご案内をお願いできませんか?」
一応、ユスティアは頼んでみた。
「バートラム……? もしかして、フローレンス・オリヴィアに関係のあることですか?」
「……ええ。失礼ですが、あなたは?」
「私はロゼといいます。一応は聖女の一人で、フローレンスの友人のつもりです。彼女に何かあったんですか?」
「詳しい話は後で。まずはガブリエル猊下にお会いしなければなりません」
「分かりました。ご案内します」
「その必要はない」
背後から声が聞こえ、ユスティアは背筋が凍りつくような恐怖を感じた。〈騎士〉には索敵をさせて、彼女自身も周囲への警戒を怠っていなかったはずだった。しかし、背後から近づく相手の気配には、一切気づかなかった。
教会の守護騎士だろう、とユスティアは思った。ロゼがはっとしたように目を見開くのが見えたが、彼女は後ろを確認することができなかった。振り返れば瞬く間に殺される、その確信があった。
「何やら騒がしいと思って見に来てみれば、侵入者一人に大騒ぎだ。やはり守護騎士の質の低下は見過ごせない。誰一人としてこの場にいないことがその証拠だ。君もそう思わないか、侵入者殿? その甲冑を片付けてもらおうか」
ユスティアは〈騎士〉を送還した。彼女は両手を肩の高さに上げて、ゆっくりと後ろを向いた。数歩離れたところに、ユスティアより一回りほど年上に見える女性が立っていた。彼女は武器を持たず、何かの術の用意をしている訳でもなかったが、依然として恐ろしい殺気を放っていた。
「私を殺すんですか」
「まさか。君のような可愛らしいお嬢さんを痛めつける趣味はない。警戒して当然の状況だから、そうしているだけだ。手は下ろしていい。まずは名乗れ。何の目的でここに来た?」
ユスティアは両手を下げ、質問に答えた。
「ユスティア・ローレンと申します。辺境伯バートラム卿の命により、フローレンスの護衛をしていた者です。バートラム卿の名代として、ガブリエル猊下にお会いしに来ました。また、猊下のお父上、ルーク・ガブリエルから手紙を預かっています」
「手紙か。それが本物なら、君の主張の裏付けになるだろう。見せてみろ」
「できません。猊下ご本人に直接渡すように言われています」
「私がミカエラ・ガブリエルだ。フローレンスに関する火急の用件とあれば、すぐにでも詳細を聞きたい。君が信用できるということを早く証明してくれ」
ユスティアは振り返って、ロゼを見た。彼女は何度も首を縦に振っていた。本当にガブリエル猊下らしい。
「失礼しました。あなたがガブリエル猊下とは夢にも思わず……」
ユスティアは封書を差し出した。
「猊下と呼ばれるのはあまり好きではない。ミカエラと呼んでくれ」
ミカエラはルークからの手紙を読み、失笑していた。彼女はユスティアに手紙を渡し、読むように促した。紹介状と聞かされていたが、一文しか書かれていなかった。
『俺の弟子を泣かせたら、お前がどれほど泣き虫だったか国中に吹聴する』
ユスティアは手紙を持ったまま固まってしまった。
「こんなものを見せて、どうにかなると、君は本当に思っていたのか?」
「これは何かの間違いで……。ルーク先生は確かに紹介状と……」
「ああ。父がやりそうなことだ。君のことは信じていいらしいな」
ユスティアはロゼとともに、ミカエラの執務室に連れていかれた。彼女は異端審問に至る経緯を駆け足に説明した。
「ヴェインがそこまでするとは、私の想定が甘かった。レイフォードの独断の可能性は低いだろう。彼のように打算的な人物が手を出すには、危険すぎる領域だ」
「レイフォードのことをご存じなんですか?」
「少しな。善良とは言い難いが、有能ではある。付いて行く相手を間違えたようだ」
静かに話を聞いていたロゼがミカエラに尋ねた。
「ここしばらく、ヴェイン猊下は王都にいらっしゃいます。大変お忙しくされている様子ですが、バートラム領での出来事に関与している証拠はあるのでしょうか」
「手紙のような物証はないだろう。あらかじめ指示をしてあったはずだ。王都でやけに目立った活動をしていることは引っかかっていたが、異端審問への関与を否定するためだと考えれば、納得がいく」
ミカエラはユスティアに問うような視線を向けた。
「バートラム卿から私に協力を求めたいということだな? 彼女の方針を聞かせてくれ」
「ヴェインを引きずり出して、決着をつけるつもりです。二度とフローレンスに危害を加えられないように」
「分かった。午後になれば、ヴェインは礼拝のために大聖堂を訪れるはずだが、今しばらくは自宅にいるだろう。どうしたものか。君の意見を聞きたいが、その前に――」
ミカエラはロゼに声をかけた。
「ロゼ、君は関わりすぎない方がいい。宿舎に戻っていなさい」
「嫌です。フローレンスが危ないことに巻き込まれているのに、自分だけ安全なところにいることなんてできません」
「……仕方ない。危険を感じたら、すぐに逃げると約束しろ」
「はい」
最後に見たとき、フローレンスは何もかもに無関心な様子で、ユスティアは彼女に拒絶された。そのときのことが脳裏に浮かぶたびに、ユスティアは歯がゆい思いを味わった。彼女は強く目を瞑って、後悔を振り払った。
「フローレンスにどれだけの時間が残されているか分かりません。遅くとも今夜までにバートラム領へ戻るつもりなので、何時間も無駄にできません。大聖堂であればこちらに有利ということもないでしょうし、できるだけ早く、ヴェインに接触するべきです」
ミカエラは同意するようにうなずいた。
「妥当だな。バートラム領には、私も同行することにしよう。おそらく、尋常な移動手段ではないだろうが、構うものか」
ユスティアは頬が引きつるのを感じた。〈疾風号〉での旅は他人に勧められるようなものではなかったが、この場で言及することは控えた。
「では、訪問してやるとしようか」
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