第12話 神への反逆者
ユスティアを追い出すように指示されたアーカムは、彼女を部屋から引っ張り出してドアを閉めた。もっと抵抗されるものと思っていたが、フローレンスにまで不要だと言われたせいか、ユスティアは大人しく従っていた。
「さて、あなたを追い出すという指示は果たしました」
「敷地からという意味でしょう。部屋から出せという指示でしたか?」
ユスティアは投げやりに答えた。
「具体的なことは言っていませんでした。つまり、私の解釈で判断しても問題ありません。追い出した後の指示はないので、室内の会話を盗み聞きしても、私は邪魔しませんよ」
「何が目的?」
不信感のこもった一瞥を投げつけてきたユスティアの手元には、羽の生えた小人のようなものがいた。物語の中の妖精のような姿だった。妖精は宙に浮き、ドアの辺りを漂い始めた。
「空気の流れに干渉して、室内の音を届けてもらいます」
ユスティアがそう言うと、アーカムの耳にも室内の会話が聞こえてきた。フローレンスが魔物の治療をしたことに話が及んだところだった。
「こちらの話し声は室内に聞こえませんか?」
アーカムが小声で尋ねると、ユスティアは首肯した。
「ええ、聞こえません」
「では、一つ忠告を。どのような話が聞こえても、早まった真似をしないように」
ユスティアから返事はなかった。彼女はただ奥歯を強く噛みしめていた。
レイフォードが話を続けていた。内容に想像はついていたが、アーカムは耳を澄ませた。
「〈神世の灯火〉は神から人類へもたらされた祝福だ。人々のためにこそ振るわれるべき神の愛なのだ。それを神の敵たる魔物の傷を癒すことに使うなど、断じて許されない」
「無益な争いを防ぐためです」
フローレンスは淡々と反論していたが、アーカムにはそれが無駄な試みだと分かっていた。フローレンス自身もそれを承知しているのかも知れない、と彼女は思った。
「放っておけば死ぬ魔物を治療し、労せずして殺せる魔物を見逃すことで、争いを防ぐことができると言うのか。お前の行いは、脅威を未来へ送り出した。お前は人類の敵、神への反逆者だ」
激昂しているべき場面に思えたが、レイフォードの口調は冷静そのものだった。
「お前は異端審問にかけられる。その身の悪徳をよく振り返っておくことだ」
アーカムが止める間もなく、ユスティアはドアを壊して室内に突入してしまった。中身のない甲冑が彼女につき従っていた。
「なぜ、お前がここにいる。アーカムはどうした?」
レイフォードの声が聞こえ、アーカムは仕方なく室内に戻った。
室内ではユスティアがフローレンスの前に立ち、レイフォードは突き飛ばされたのか床に這いつくばり、甲冑に剣を向けられていた。アリスはクロードに庇われて壁際に移動していた。
「申し訳ありません、教会長。外まで追い出すはずでしたが、やはり戻ると言い出され、振り切られてしまいました」
ユスティアに睨まれたが、アーカムは無視をした。
「嘘をつくな、アーカム。私の命令に背くのか?」
「部屋に押し入らせるつもりがなかったのは本当です」
「余計なことをしないで、ユスティア」
フローレンスが棘のある声で言った。彼女は仕方なく話に付き合っていると言わんばかりに、どうでもよさそうな雰囲気だった。
「どうせ、この人たちにとっては予定通りのことよ。そんなことより、あなたが無闇に騒ぎを起こすと、バートラム卿に迷惑がかかるわ」
「あなたのためになることを、リリア様が厭うことはないわ」
「それは辺境伯の在り方として不適切よ。とにかく、あなたはこの場に必要ない。早く出ていって」
ユスティアは絶句していた。アーカムはその隙に二人に近づき、フローレンスの肩に手を置いた。
「オリヴィアさんは私の監視下で厳重に拘束します。あなた一人でどうにかできると思わないことですね、ローレンさん。その甲冑を片付けて、バートラム卿に報告でもしておいてください」
ユスティアは何も言わずに立ち去った。
「反逆者の監視は、全面的に私にお任せください」
一方的に宣言すると、アーカムはフローレンスの背中を押しながら部屋から出た。
アーカムはフローレンスを宿舎の自室に連れていった。夜とはいえ宿舎には起きている人もいるため、フローレンスを目撃されないように幻惑術による隠ぺいを用いた。彼女が諦めたように大人しく従うため、移動するのは容易だった。
自室に入り、アーカムは魔術を解いた。
「この部屋にいる分には、自由に過ごしてもらって構いません。周りは全て空室ですから、少しくらい騒いでも平気です」
「分かりました。ありがとうございます、アーカムさん」
「お礼を言うような状況ですか? あなたは囚われの身です」
フローレンスは見透かすような瞳を向けてきた。
「色々と配慮してくれていることは分かります。もしよければ、あなたの目的を聞かせてください。心配しなくても、聞いたことを話す相手はいません」
「あなたはいつも、そうまで直截なんですか?」
アーカムは部屋に備えつけられた簡易キッチンでお茶を淹れ、作り置きしてあった軽食とともにフローレンスに提供した。
「用意がいいんですね」
「あなたの言ったように、予定通りですからね。着替えの用意もありますし入浴もできますし、ベッドで寝られます。宿に泊まるようなものだと思ってください。どちらかと言えば、居心地がましなだけの牢屋ですが」
フローレンスは黙々と食事を始めた。空腹だったらしく、食べ方こそ静かで所作もきれいだったが、手が止まることはなかった。アーカムはその様子を見ながら、話を始めた。
「改めて言うまでもありませんが、レイフォードはヴェインの指示を受けています。あなたがここの教会に転属されたのはガブリエル猊下とバートラム卿の企てですが、ヴェインにとっても好都合でした。腹心が教会長を務めている訳ですから。
推測になりますが、ガブリエル猊下はヴェインがどこまでやるつもりか、目算を誤りました。最も極端な状況としては、あなたが投獄されることを想定していたようです。しかし、実際は異端審問です」
フローレンスは半分ほど食べたサンドイッチを皿に戻した。
「異端審問が最後に行われたのは数十年前。その時点でも、大昔の魔女裁判のような死罪の確定した酷いものではありませんでした。著しく教義に背いた者の処遇を決定するための場だったと記録されています。それで投獄よりも悪いことが起こりますか?」
「国の法に照らせば、そもそも犯罪者のように扱うこと自体が不適切ですが、教会内での出来事の大半は黙認されています。そして、遠い昔のこととはいえ、異端審問では火刑が言い渡された前例が少なからずあります」
「わたしもそのようになる、それがヴェイン猊下の計画と、そういうことですか」
「ええ。とはいえ、目的はあなたの命を奪うことではありません。あなたの生死には、彼は関心を持っていません」
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