第5話 呼び出し 後編
それから、生徒会長……じゃなくて、皐月さんはお上品にお弁当を食べていた。
皐月さんはお箸を左で持って食べていたので、左利きなんだ……と関心していたら、視線を感じてしまったみたいで。
「ん? どうかした?」
「ああ、いえ、皐月さんって左利きなんだなって思って」
「あら、なに? そんなこと? 割と周りに左利きは多いと思うよ」
「そうなんですね……割と気づいていなかっただけかも知れません」
そしたら「ふふっ」と笑って、他愛もないお話がこの後も続いた。
お昼も終盤に差し掛かったところで、皐月さんからなんだか改まってこちらに向いてきた。なんだか真剣なお話みたいに感じる。
「結花さん、もし良かったら……なんだけど、生徒会に入りませんか?」
「ええ……っとどうして急に?」
「単純よ。結花さんが気に入ったからよ。それ以外ないわ」
突然の生徒会の誘いにびっくりして、うまく話が飲み込めない。しかも、あたしが気に入ったから?
「お誘い、申し訳ないのですが、あたしは生徒会に入れるような立場じゃありませんので……」
「ふぅん……やっぱりダメかあ……」
そう言い残し、皐月さんはすっと立ち上がった。
頬に人差し指を当てながら歩いて。
後ろからガバッと抱きついてきた。
左耳に皐月さんの吐息がかかる。
「ねえ……本当にダメ? 役職は書記だから比較的軽い役職だよ? それに生徒会に入れば、進学にも有利になると思うのだけれど」
囁くように耳元で呟かれて、あたしは放心状態になっていた。たまにかかる吐息がくすぐったい。
なんだか身体が運動した後のように熱い。なにを考えてるんだろう皐月さんは。
「あの……えっと……」
「うん? どうかした?」
すると次の瞬間、耳に柔らかい何かが挟まるような感触がした。唇だった。耳にぐりぐりと唇を動かし、たまにぬるりと舌で耳を撫でられるように舐められた。
「はぁ! うぅ……! ちょっと、さ、さつきさん?」
「どうかした? 身体がピクピク動いててかわいい。もっとしてほしい?」
「っっっ……!」
すると次の瞬間、「ふうん」と鼻を鳴らして舌で左首すじに下から上に撫でられるような感触がした。
思わず“声“がでる。
「ひゃあ!! んん!」
「こら、大きな声出さないで。気づかれちゃう。結花さん、ここ弱いんだね……ふふっいいこと知っちゃった」
「からかってるんですか……」
「そんなことないよ。説得してるだけなんだけどなー」
こんなことされたの、初めてだ。しかも女の子に。
皐月さんの息が熱く、少し荒くなっていた。このままで、いいのだろうか。
「わたしとこういうことするの……嫌い?」
あたしはノンケだ。男子とお付き合いをして、お互いに気持ちを確かめ合ってからこういう行為をしたかった。
最初は拒否反応が凄かった。例え生徒会長でも。女の子だし。
女の子と女の子がこういうことするのって普通じゃないし、正直、引いてた。
で、嫌って言おうとしたんだけど……。
「い、嫌じゃないです」
受け入れてしまった。皐月さんの表情がとても寂しいように思って。
失望させたくなくて。言ってしまった。
なんて、弱い人間なんだろう、と思っていたら。
皐月さんが後ろから前に回ってきて、あたしの椅子に押しかけるように、右手を背もたれに押し付けて。
あたしのスカートの中に静かに、撫でるように左手を入れてきて言った。
「そういうと、思った。全然反発してきてないし、むしろ楽しんでない?」
「楽しんでるのは、皐月さんではなくて?」
「あはっ、そうかも。ねえ、もっとシてみない?」
そう言いながら、あたしの口元に皐月さんの口元が近づく。
「ち、ちょっと待ってください。いくらなんでもそこまではっ……!」
あたしは振り払ってしまった。怖かった。
快楽に溺れてしまいそうで。弱みを握られてしまいそうで。
「あたし、生徒会には入りません。他を当たってください。今日はこれで失礼します」
やってしまった。つい、思うがまま言ってしまった。
身体は熱く、首すじに汗が落ちている。これ以上はやばい。
あたしは、サッと片付けて生徒会室を後にした。
◇
そのまま出てきたあたしは、屋上に来ていた。
無機質な緑色の柵が周囲に張り巡らされていた。
柔らかい風が頬に当たる。ひどいことをしてしまった。
皐月さんのあの表情は初めて見た。
落ち込んでて、今にも泣きそうな、崩れそうな表情だった。
あの表情が、ずっと脳裏に焼き付いていて離れない。
「次、時間作って謝りに行こう」
罪悪感に満ちたあたしは、もう一度会いに行こうと決心した。
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