第46話_開庁式

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 046_開庁式

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 季節は春に移り変わったが、朝晩はまだ寒い。

「チャタ、フウ。行くぞ!」

「アンッ」

「ワウンッ」


 日課の裏山ラン。これを始めてから腹のでっぱりは気にならなくなった。なんなら、シックスパックですよ!


 木が乱立する急勾配を軽々と駆けあがっていく2匹の後を、俺が駆ける。

 最近は足場の悪さにも慣れて、2匹についていくことができるようになった。もっとも、2匹は全然本気ではないけどね。


 朝の裏山ランが終わったらシャワーを浴びる。

 汗を流してパリッとしたスーツに身を包むと、少しだけ背筋が伸びる。


 俺は玄関で靴を履いて2匹を外に出す。

「それじゃあ行って来るよ。昼はお婆さんたちにもらうんだぞ」

「アンッアンッ」

「ワウンッワウンッ」

 今の2匹なら、車と衝突してもピンピンしているだろう。捕まえようとしても、誰も捕まえられない。ご飯は日下のお婆さんたちにお願いしてあるから、問題ない。

 家はカギをかけるが、2匹用に納屋に毛布がおいてある。

 なんならダンジョンに入ってもいい。2匹ならダンジョンマスタールームに転移できるからね。


 今日はJDSOがダンジョン管理省に、完全に名前を変える日だ。

 担当大臣の総理や副大臣、大臣政務官を始め、事務次官の高台寺さんや元理事たちが揃うんだよね。

 嫌だけど、俺も顔を出さないといけない。


 今までJDSOが入っていたビルが、今はダンジョン管理省の入ったビルだ。

 これまで理事室だった俺の部屋は、局長室にスライドした。その局長室に転移した俺は、非常階段を下りていく。

「毎回これ、面倒ずぎるな……」

 こういう時に権力を使わずして、いつ使うのか? 今でしょ!

「身分証をゲートにかざして入門記録つけるの、俺だけ免除してもらおう」

 なんなら俺の部屋にゲートをつけろって言ってやろう。岐阜から出張費なしで東京くんだりまでやってきているんだ、これくらいいいじゃないか。


 ビルのエントランスに入る。

 雰囲気が張り詰めているようだ。

「おはようございます。世渡さん」


 名前を呼ばれたので振り返ると、SPに護られたいい笑顔の総理がいた。

「おはようございます。総理」

「いやー、今日はいい日ですね。ダンジョン管理省の門出にいい日になりましたな。ははは」

「そうですね。いい日です」


 総理と共に歩いてエレベーターに。

 さすがに一緒に乗ろうという人はいな……いたよ。この人誰?

「おはようございます。総理」

「やあ、佐橋副大臣。おはよう」

 ああ、副大臣か。政治家だから、総理と一緒に乗ろうというわけか。

 じゃあ俺は階段で行こうかな。


「佐橋副大臣も一緒で構わないですかね、世渡さん」

 おーい、なんで俺に聞く!

「恐れ多いですので、私は次の―――」

「佐橋副大臣は頼もしい人なんですよ」

 なぜ遮る、総理!


「ほら、エレベーターが来ましたよ」

 総理に促されというか、背中を押されてエレベーターに乗り込んだ。

 俺と総理、佐橋副大臣とSPたち。ギュウギュウ詰めなんですけど……。


「時に世渡さん」

「はい。なんでしょうか?」

 佐橋副大臣が話しかけて来た。


「新庁舎のコンペにウマシカ建設を参加させないとか? ウマシカ建設はゼネコン大手です。持っているノウハウは決して他のゼネコンに負けていないと思うのですが、なぜです?」

 単に私怨です! とバカ正直に言うつもりはない。


「私は元々ウマシカ建設に勤めていました。古巣ですから、どういった不正をしているか知っているのです」

「不正ですか。しかしそれは他の建設会社も同じでは?」

 鋭いね。


「やっていると思いますが、私はそれを直に見てはいません」

「なるほど。確実に不正をしているから、ウマシカ建設はダメだと。ふむ。分かりました」

 今ので納得したの? もっと突っ込んで聞いて来るかと思ったよ。


 総理はどうも俺をこの佐橋副大臣に引き合わせようとしたようだ。

 おそらくだけど、ダンジョン管理省内で俺を監視か見守るか、そんな感じの任務を佐橋副大臣に負わせたのではないだろうか?




 自室で待っていると、ドアがノックされた。返事をすると、ドアが開き職員が入って来る。

「おはようございます。世渡局長」

「ん、涼宮さん? おはよう」

 以前、花を贈った涼宮さんが呼びに来てくれた。俺の記憶がたしかなら、彼女は案内係ではないはず。


「本日から査定局に配属されることになりました。以後、よろしくお願いします」

 頭を下げると、ボブカットの髪が揺れる。

 デスクの上に置いてある人員名簿をペラペラめくると、たしかに彼女の名前があった。

「そうですか。よろしくお願いしますね」


 彼女について開庁式の会場へ。俺の席は大臣、副大臣2人、大臣政務官2人、高台寺事務次官の次の席だ。もっと下座でいいんですけど……。


 ダンジョン管理省の役職は、大臣を頂点に副大臣2人、大臣政務官3人が政治家枠(民間人でも可)としてある。大臣政務官は定員3人のところ、今は2人だけどね。


 官僚では事務次官、外局長官、官房長、局長とあって、事務次官が官僚のトップになる。

 俺は外局長官と同等の省外部局長(新しい役職)になるらしい。実質的には官僚のナンバーツーなんだが、俺がいることで事務次官がお飾りになっている。高台寺さんには悪いことをしていると思うが、俺にも引けないものがあるんだ。


 査定局と人材育成局は共に省外部局になる。

 査定局は予算案を握り、人材育成局は人事を握っている。俺、マジでどっぷり首まで浸かってますよ……。


 長い総理の話などを我慢して聞き、やっと開庁式が終わって自分の部屋に戻ろうとすると、高台寺さんに呼び止められてついて来いと言われた。


 高台寺さんと入ったのは、大臣室。つまり総理の部屋だ。ソファーに総理と佐橋副大臣、それに高台寺さんと俺の4人で座る。

 これ、どんな拷問? 絶対精神的な拷問を与えようとしてるでしょ。


「無事に開庁式も終わり、やっとダンジョン管理省がスタートしますね」

 総理がにこやかに話し始める。


「まず私は基本的に官邸にいます。何かありましたら、佐橋副大臣を頼ってください」

 実質的にこのダンジョン管理省を切り盛りするのは高台寺さんだが、大臣の代理として権限を持つのは佐橋副大臣ということだと理解した。


「もう1人の副大臣である大原君は、ちょっとあれなので気をつけてくださいね」

 あれってなんだよ!?


「大原副大臣は高橋派に所属する参議院議員で、総理にあまり協力的ではない派閥の方です」

 高台寺さんが耳打ちしてくれた。

 敵対派閥から副大臣を迎えたから、気をつけろということか。最初からそう言ってくれれば分かりやすいのに……。


 他に大臣政務官の2人は総理に協力的な派閥の人だが、心を許さないようにと念を押された。

 そういうのに俺を巻き込まないでほしいんですけど!


 

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