第44話_謝罪と寝込む
■■■■■■■■■■
044__謝罪と寝込む
■■■■■■■■■■
「どうか! どうか、この通りです!」
元上司の後藤が岐阜の俺の家までやってきて、玄関先で土下座している。
ウマシカ建設をコンペに参加させてほしいと、額を地面に擦りいつけているんだ。
「これから出勤なんです。帰ってください。あまりしつこいようなら、警察呼びますよ」
ここは俺の家の敷地内。不法に侵入されたと警察を呼ぶことは可能だ。
それに俺は結構この辺りの公権を持つ人たちに顔が効く。そんなつもりはなかったけどJDMAの岐阜支部長なんてしていると、そういった方面の人たちと顔見知りになるんだよね。
「そこをなんとか」
「迷惑だと言っているのです。本当に警察を呼びますからね」
スマホを取り出して、すぐそこにある派出所の番号を呼び出す。
岐阜支部がでた後に、警察の駐在所もできている。ダンジョンハンターの往来は激しいが、俺の家のほぼ目の前にあるから治安は悪くない。
「くっ……このままでは私はクビになってしまうのです」
「そうですか。俺はクビになってますけどね」
しかも目の前にいる
「………」
「本当に出勤時間なんですよ。出て行ってもらえますか」
目の前に職場があるからと言って、遅刻は遅刻だ。俺支部長なんだから、遅刻したら恥ずかしいんだよ。
それに後藤のためにそんな不名誉を被りたくない。
「どうかしましたか?」
派出所に電話するまでもなかった。
「この人がしつこく居座って困っているんですよ、駐在さん」
「無理な勧誘はいけませんね。立ち去らないと、不法侵入の現行犯で逮捕しますよ」
「私はっ!」
「駐在さん、この人をお願いします。俺は出勤時間なんで」
「はっ、お気をつけて」
気をつけてと言われても、目の前が勤務先なんですけどね。
はたから見たら頭を下げている後藤を許さない狭量な奴だと思われるかもしれないが、あいつには何度も煮え湯を飲まされた。あいつが契約を取れなかった時は、俺のせいにされて評価がドンドン下がっていったんだ。
後藤が俺の上司になってから、俺の営業成績はかなり下がった。成功は後藤のもの、失敗は俺のもの。それが常態化した。
後藤の上司もそこら辺を見て見ぬふりをした。だからこれは会社ぐるみの嫌がらせだと俺は思っている。
だから後藤が頭を下げてきたくらいで簡単に許すわけがない。俺に許してほしければ、後藤の直属の上司である営業本部長や社長が責任を取るくらいしてもらいたいね。
まあ、営業本部長や社長が責任を取ることはないだろうから、俺はウマシカ建設を許すことはないということだ。
それに俺はJDSOの理事をそのうち辞めるのだから、ウマシカ建設への圧力はそこまで長く続かない。ウマシカ建設は新しい庁舎のコンペには参加できないが、それ以外に支障はないはずだから考えを切り替えて営業すればいいんだ。
台湾の研修生たちの座学が概ね終わった。
「皆さん、成績優秀ですね~。うちの職員としてほしいですよ」
俺の部屋で大槻さんから報告を聞いたが、さすがの成績だ。
俺の代わりに仕事してもらいたいよ。
「台湾総督府が選りすぐった人材たちですから、さすがというところですね」
しかも研修は全て日本語なのに、彼らはペラペラなんだよね。俺よりも綺麗な日本語を使うんだよ。
「来週は実際にダンジョンに入って、戦闘訓練です。支部長の腕の見せ所ですよ」
「俺より自衛隊に任せたほうがいい気がするんですけどね」
「何を仰いますか。皆、支部長から戦闘訓練を受けることを楽しみにしているのです」
「戦闘狂ばかりだな」
「ダンジョン先進国である日本において、ダンジョン探索のパイオニアとして知られる支部長から教えを受けることは、彼らのステータスシンボルにもなりますから」
そんなもんかな?
今日は土曜日。もうすぐ春になるから、服でも買おうかと思って名古屋へ向かうことにした。
別に転移で実家に飛んで横浜や東京で買い物してもいいけど、たまには名古屋に行ってみようということになった。
軽トラの助手席にはチャタとフウ……ではなく、なぜか磯山が乗っている。2匹は食堂を運営しているご近所さんたちにお願いしてきた。
「今日はちゃんと風呂に入ったようだな」
「乙女に失礼ですよ、支部長」
なぜ磯山がついてきているのか。それは磯山が名古屋生まれ名古屋育ちの、生粋の名古屋人だからだ。いや、理由になってないって?
「丁度実家に帰ろうと思っていたんです。本当に助かりますよ~」
磯山は実家に帰るだけで、ついでだから名古屋まで一緒に行くことになった―――無理やり軽トラに乗り込んで来たというわけだ。
最寄り駅の揖斐駅まで軽トラを走らせる。最近は道路整備が進んで、以前よりもかなり速く到着できるようになった。
この揖斐駅から2両編成の電車に乗って、JR大垣駅で乗り換える。正直言って軽トラで大垣駅へ行っても時間は大して変わらない。
この辺りの駐車場は東京などと較べてとても安い。無料駐車場は空いていることが多いし、有料駐車場を使っても1日たった500円だ。お金には困ってないが、財布に優しい金額だね。
揖斐駅から大垣駅まで30分未満、大垣駅から名古屋駅までは35分ほど。乗り換えの時間を無視すれば1時間で名古屋まで行ける。
東京なら通勤時間2時間はよく聞く話だが、ここら辺で名古屋まで2時間というと、通勤圏として認識されない。(個人差あり)
大垣駅で快速に乗り換えて、席につくなり磯山は寝に入った。
俺が横にいても、一切気にしない。少しは気にしてほしいんだよね、俺上司なんだから。
30分ちょっとの電車の旅。名古屋駅に到着したから俺は席を立つ。
「おい、磯山。俺はここで降りるぞ。お前は金山だろ、もう起きておけよ」
「ふぁ~い」
寝ぼけ眼の磯山とはここで別れる。あいつは名古屋駅から2駅先の金山駅で地下鉄に乗り換えるらしい。
JR名古屋駅直結のデパートに入り、春物の服を物色。お洒落にはあまり興味ないが、お金があるから使わないとね。
女性店員に色々見繕ってもらい5着を購入。紙袋をいくつもぶら下げて電車に乗るのは苦痛だから、宅配で送ってもらうことにした。
土日でも働いている支部の皆にお土産と思って、スイーツを購入した。これはさすがに自分で持って帰る。
日曜日の夕方。チャタとフウの散歩をしていると、磯山がバスから降りて来るのが見えた。
「実家はどうだった? お父さんは喜んだだろ?」
「パパは喜びましたけよ! でも酷くないですか!?」
「ん? どうした?」
「支部長が起こしてくれなかったから、豊橋まで行っちゃったじゃないですか!」
豊橋って、あの電車の終点じゃないか。こいつ、あれから完全に寝込んでいたな。
「俺はちゃんと起こしたぞ。お前、返事したじゃないか」
「そんな記憶はご座いません!」
こいつ生活無能者だけでなく、電車にのったら乗り越す奴だったか。もはやドラマやアニメの話だな。
よし、これは笑い話としてずっと引き継いでやろう。磯山が出世しても、この話をしてやるからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます