第43話_着信拒否

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 043_着信拒否

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「マスターッ!」

 ダンジョン妖精のミヤコが顔にへばりつく。


「寂しかったよー」

「それはすまんな」

「そう思うのなら、もっとダンジョンマスタールームに来てくださいよー」

「俺も忙しいんだよ」

 本当だよ。決してミヤコがうるさいから近寄らないとかじゃないからな。


 そろそろ春の匂いがする季節だけど、岐阜支部の支部長としての仕事もしているし、連日のようにレンジャーを鍛え、高台寺理事長からしつこい勧誘を受けている日々を送っている。


 もちろん土いじりもしている。今年のネギはとても甘いのができた。

 新年会を兼ねて岐阜支部の懇談会をウチで開いたんだけど、すき焼きのタレが染み込んだネギはめちゃくちゃ美味しくて好評だった。


 ダンジョンマスタールームで調べものをして、うるさいミヤコの相手をして、あとチャタとフウがミヤコを可愛がっている。

「この駄犬ども! 私に近づくな!」

 涎でベタベタのミヤコがチャタとフウに暴言を吐いている。





 地上で畑に入って大根を引っこ抜いて、パパッと不要な葉を二本折って籠に入れる。

 やっぱり土をいじっているほうが俺の性に合っているな。


「アンッアンッ」

「ワウン」

 チャタとフウが元気に庭を駆け回っている。


「白菜もいいできだ」

 最近は畑の面倒を俺一人で見ている。

 ご近所さんは食堂が忙しいから、旦那さんたちも駆り出されているとか。

 それに俺だって成長しているから、いつまでもご近所さんに甘えてばかりではない。


「支部長ーっ」

 なんだか嫌な予感。

 声がしたほうに目をむけると、職員が手を振っている。


「今日は休みなんだけどな……」

 完全週休二日制を導入しているから、支部長の俺も週に二日を休む。今日はその休みの日だ。


「何かあった?」

「副支部長が探していました。かなり慌てていましたよ」

「大槻さんが?」

 すぐに支部長室に向かうと言って、職員を返す。


 家に入って、収穫した野菜を室に保管する。

 チャタとフウを家に残して、農夫姿のまま岐阜支部のビルへ入ると、ダンジョンハンターたちの好奇な目が向けられる。それを無視して奥へと入った。


 あ、長靴に土がついたままだった……。

 清掃員さん、ごめんなさい。


 支部長室に入ると、大槻さんがすでに待っていた。

「お休みのところ、すみません」

「何か起きたのですか?」

「こちらをご覧ください」

 大槻さんがテレビの電源を入れる。


 テレビって情報ツールとして優秀だよね。

 すぐに映像を手に入れて流してくれる。言葉や字のほうは間違った情報もそれなりにあるけどね。


 テレビには島が映し出されている。

「普通の島のようですが?」

「この島は1時間ほど前まで存在していなかったものです」

「……もしかして」

「ダンジョンの可能性があります」

 やっぱりかー。


 ダンジョンはいつどこにできても不思議ではない。

 もしかしたら既存のダンジョンのすぐ隣にできるかもしいれないし、テレビに映し出されている島のようなこともある。


「場所はどこですか?」

「島根県隠岐おきの島の北東に50キロほどの場所です」

「日本かー」

「そうでもないです」

「ん?」

「この島のそばには、韓国が独島と呼称する島があります」

「領土問題か。面倒だな」

 日本と韓国が領有を主張した場合、ダンジョンが放置される可能性がある。

 仮に放置されてダンジョンボンバーが起きた際、どういったモンスターが排出されてどう動くのかがまったく予想できない。

 俺は外交問題にかかわる気はないから、何も動かないけどね。


「総理の判断待ちだろうが、しばらく何も動けないだろうな……」

「ダンジョンボンバーが起きなければいいのですが……」

 俺もそう祈っておくよ。これ、フリじゃないからね!




 暖かくなり台湾からの研修生がやって来た。総勢30名になる。

 岐阜支部に併設される宿泊施設に受け入れて、これから1カ月の研修が行われる。

 今回はダンジョン管理組合(JDMA)の運営について学ぶ研修だから、ほとんどが座学と受付などの実地研修だ。ダンジョンに入る研修もあるが、台湾のダンジョンでそれなりにレベルを上げているそうで日本では座学が中心だになる

「何も俺じゃなくてもいいのに……」

 ぼやいてもしょうがないので、仕事をしよう。





 日本ダンジョン抑制機構(JDSO)の理事会に参加。

 JDSOの理事会はあと何回あるか……。

 実を言うと、本来はダンジョン管理省の幹部会でいいのだが、俺が役職に就くのを拒否していることからダンジョン管理省の幹部会だと俺は出席できないんだよね。

 俺はそれでいいのだが、高台寺理事長や総理がそれを許してくれない。そんなわけでまだJDSOの理事会になっている。

 もうね、本当に俺のことは放置してくれと言っているんだ。でも総理がなかなか諦めてくれないんだよ。


「新庁舎の件ですが、コンペの日程が決まりました」

 既存のビルを壊し、そこに新しい庁舎を建てる。完成まで数年かかる大きな事業だ。

 このコンペに参加するゼネコンの中にウマシカ建設の名はない。俺が入れないように十九条理事に耳打ちしたからだ。

 拒否権を持つ俺のひと言で、ウマシカ建設はコンペに参加できなくなった。それだけの力はあるし、それくらいの力がないとこんなことやってられない。


 明らかな私怨だけど、それの何が悪いのか?

 俺はあの会社の理不尽さによって、職を失った。その意趣返しをして何が悪い?


 そもそも俺はウマシカ建設がやっていた不正を知っている。それを理由にコンペから排除してもいいのだ。

 でもそれをしたら、他の全ての公共事業から干されることになる。今回のコンペだけにしてやったのだから、ありがたく思ってほしいものだ。


「次は隠岐の島沖に現れたダンジョンと思われる島の件です」

 高台寺理事長の表情が暗い。


「日本政府と韓国政府が交渉していますが、韓国はあの島を自国の領土だと主張しています」

 もちろん日本も領土領海を主張している。

 高度に政治的判断が求められる話だ。俺は関わり合いになりたくない。


「世渡理事。この件、どうすればいいでしょうか?」

 なぜ俺に聞く?


「政治家が判断することでは?」

「その判断をするための意見が求められています」

 なるほど、そう来たか。


「あの島を放置すれば、奥多摩ダンジョンの二の舞になりますね」

「しかし周囲は海です。日本に被害はないのでは?」

 おいおい、マジで言っているのか? 俺は発言者の理事をチラリと見た。

 のほほんとしているな。そんなんでダンジョン管理省の幹部が務まるの?


「モンスターが空を飛べたら? 海でも活動できたら? あんな島なのですから、そういったモンスターがいてもおかしくありませんよ。それくらい考えて備えるのがJDSOではないですか?」

 発言した理事がバツが悪そうにした。


「真っ先に被害に遭うのは、隠岐の島でしょう。島根県などの日本海側の地域も危ないでしょう。もっとも韓国方面に向かってくれるかもしれませんが、それを期待して何も対策しないのはさすがに無理があります。しかし領土問題は非常にデリケートな話ですから、ダンジョンボンバーを想定した対策が必要だということですね」

 高台寺理事長がまとめてくれた。俺が言わなくても分かっていたんでしょ?


「空を飛ぶモンスターも面倒ですが、何より面倒なのは海の中を自由自在に動けるモンスターです」

 防衛相出身の徳大寺理事が難しい顔をしている。俺もその意見には賛成する。

 モンスターが海の中に潜ったら、簡単に追跡できない。どこに現れるのか、分からないのだ。


「その島を放棄することはできないのですか?」

 そもそも日本と韓国で領土を主張するから、問題なのだ。


「あんな場所にあると、ダンジョンハンターを派遣するのに苦労しますよね。だったら韓国にダンジョンを押しつけてしまえばいい。そう思うんですけど?」

「領土問題を簡単に議論できません」

 判断材料がほしいんでしょ?


「自衛隊が常に駐留してダンジョン内のモンスターを駆除するならいいですが、あんな場所に自衛隊が駐留するとそれこそ韓国が過剰に反応しそうですよね。面倒なものはさっさと韓国に押しつけて、何かあったら全部韓国の責任だぞと言ってやればいいのですよ」

 あ、今徳大寺理事が笑ったぞ。いつも無表情なのに、珍しいね。


「私も世渡理事の案に賛成です。もし韓国がダンジョンボンバーを起こしたら、それを理由に韓国を糾弾すればいい。あとはもしダンジョンボンバーが起きた際に、隠岐の島などの住民を安全に避難させる案を防衛相と自衛隊が主となって作っておけばいいと思います。それ以降のことは、その時に考えましょう」

 徳大寺理事が俺の案を支持した。俺も徳大寺の案を支持する。

 高台寺理事長はそれも一つの案だと、総理に提案すると言ってこの話は終わった。はぁ、俺は外交問題に関与したくないんだよ。まったく……。


 理事会が終わってスマホの電源を入れると、いくつも着信記録があった。元上司の後藤のものだ。

 ウマシカ建設がコンペに参加できないことが分かると、後藤からの連絡が頻繁に来るようになった。メールで【迷惑なので連絡しないでほしい】と一度だけ返信したが、それは無視されている。

 面倒なので着信拒否にしておこう。これで着信記録もつかないだろう。


 

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