第38話_同窓会

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 038_同窓会

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 工作員のせいで少し時間が押してしまった。

 ミスリルライフルを首相官邸に持っていき、さらにトンボ返りしてシュウキンコウを自衛隊の岐阜ダンジョン駐屯部隊に引き渡した。

 おかげで今頃は自衛隊員か警察か知らんが、尋問されていることだろう。と思うのだが、中国に配慮して国外退去だけで済ますかな?


 工作員というのは所謂スパイだと思うんだが、俺の思っているスパイは捕まったら毒を飲んで自決する(極論)

 シュウキンコウは自衛隊に引き渡されるまでは生きていた。日本は甘いから拷問とかしないと高を括っていたのかな。




 チャタとフウを磯山の工房に預ける。磯山じゃなく工房にな。

 中国の工作員が捕まったことを知ったら、今度は磯山を狙うかもしれない。チャタとフウがそばに居れば、磯山も安全だ。


「チャタ。フウ。磯山を頼んだぞ」

「アンアン」

「ワウン」

 2匹は面白そうに工房内を見て回る。


「普通は私に言う言葉じゃないですか、それ?」

「生活無能者じゃなければな」

「うわー、酷いです。抗議します。パワハラです」

 パワハラじゃないだろ。


「磯山はちゃんと風呂入ってから抗議しろ。臭いぞ」

 酸っぱい臭いがする。パチンコ屋で隣に座ったオヤジからしていた臭いだ。


「うっ……乙女になんてことを言うのですか」

「10日以上も風呂に入ってないような奴を乙女とか言わねぇし」

「それこそパワハラです。モラハラです。セクハラなのです」

「いいから、風呂入れ」

「はーい」

 本当に困った奴だ。

 フウがフンフンと磯山の臭いを嗅いで、クシュンッとくしゃみをしているぞ。どんだけキツい臭いだよ。




 横浜の自宅に転移した。誰も居ない。両親は共働きだけど、そろそろ母さんが帰ってくるはずだ。お土産のいび茶をテーブルの上に置く。爺さんが毎年新茶を送ってきてくれたから、うちでは馴染みのお茶だ。

 家から出ると、丁度母さんが帰って来たところだった。軽自動車を車庫に入れている。


「あら丈二じゃない。連絡もせずに帰ってくるなんて、どうしたの?」

「同窓会があるんだ。丁度いいから駅まで送ってよ」

「これから夕飯の支度とかあるんだけど」

「これで寿司でも取ればいいだろ」

「あらいいの? ありがとうね」

 10万円が入った封筒を差し出すと、サッと受け取られた。元々渡すつもりで茶封筒に入れておいたものだが、我が母ながらちゃっかりしている。


 母さんの車で駅まで送ってもらう。同窓会の会場に行ったことないから【転移】できないんだよな。

「今日は帰ってくるの?」

「多分帰る」

「お父さんも楽しみにしていると思うから、今日は泊まっていきなさいね」

 俺が帰って来たことを知らない父さんが、どうして楽しみにしている? などとは言わず、母さんに手を振って駅の中に。


 俺は丈二という名前だけど長男だ。兄弟は俺を含めて3人居るけど、男は俺だけ。2つ上の姉と5つ下の妹が居る。

 姉はすでに結婚して家を出ているが、俺が居なくなったことで父さんは男1人で肩身が狭いみたい。明日は土曜日だし、泊まっていくことにするか。


 最寄り駅で降りて会場に向かった。もう7時半か、遅くなってしまったな。

 駅から歩いて数分の居酒屋が会場。5階建てのビルの3階以上が居酒屋の店舗だ。ネットで検索したら、そこそこ評判が良かった。


 狭い階段を上って3階へ。エレベーターもあるが、裏山のジョギングに比べればこんな階段なんて軽いものだ。

 狭いガラスドアを開けて中に入ると、騒々しい居酒屋の雰囲気が俺を包み込む。久しぶりの感覚だ。


「っらっしゃーいっ」

「同窓会の会場は?」

「はい。4階です。そこの階段から上がってください」

 定員が言うように店の中の階段を上がって4階へ。


「ジョージ、こっちだ」

「コージか、久しぶりだな。お前、老けたな」

 額が広くなってるぞ、お前。


「うっせー」

 コージに促され席に着く。横にはスレンダーな美人。どこかで見たような……。


「久しぶりね、丈二君」

 この声には聞き覚えがあるぞ。


「お前、まさか……玲子か?」

「お化けでも見たような顔しないでくれる」

「誰か分からなかったぞ」

「丈二君は私のことなんか覚えてなかったのね」

「そ、そんなことはない。玲子が変わり過ぎなだけだろ」


 彼女は間宮玲子まみやれいこ。高校と大学が一緒だった。あの頃とは雰囲気が変わっていて、本当に誰か分からなかった。

 女性は変わると言うが、変わりすぎだろ。


「お前らが別れてもう10年か」

 コージが嫌なことを思い出させる。


「お前ら、なんで別れたんだ? 高校から合わせて7年くらい付き合っていたんだろ?」

 高校入ってすぐから大学を卒業する直前までほぼ7年間付き合っていた。長いようで短かったな。よく喧嘩をしたけど、なんで別れたのか未だに分からん。

 玲子がいきなり別れると言って連絡が取れなくなったんだよ。今思えば苦くて楽しい思い出だ。


「うるさいわね、そんなことよりもあれを渡しなさいよ」

 玲子がビールを呷る。酒豪だからいつも俺が酔わされていたっけ。


「あれってなんだ?」

 俺も昔のことは言われたくない。玲子に乗っかり「あれ」を請求。


「なんだよ、お前ら。久しぶりに会ったんだから、ギューッと熱い抱擁でもしたらどうだ」

「いいから、早く出しなさいよ」

「はいはい」

 コージが懐から何か出した。封筒? 茶封筒ではなく、かなりしっかりとした作りのお洒落な白い封筒だ。


「俺、結婚するんだ」

 コージの口から聞き慣れない言葉が飛び出した。


「はぁ? 誰が結婚だって?」

「俺だよ、俺」

「オレオレ詐欺か?」

「バカ言ってんじゃねぇよ」

 お前、俺は結婚なんてしないぞ。とよく言っていたよな? 結婚は人生の墓場とか言っていただろ?


「どこのもの好きがお前と結婚するんだ? まさかゴリラか?」

「バカ野郎! いくら俺でも人間と結婚するに決まってるだろ!」

「なんとまぁ……。どんなブスだ? お前と結婚しないと嫁に行けないくらいのブスか?」

「ちょっと、いくらなんでもそれは失礼よ。土門君だって、普通の人と結婚くらいできるわよね」

「おう、玲子の言う通りだ。ほれ、これが俺のワイフになる人だぜ」


 スマホでその女性の写真を見せてくれたが、可愛い子じゃないか。

「ん、この人……」

「なんだよ?」

「人間だな?」

「当たり前だろ!」

 大声出すなよ、皆が見てるじゃないか。


「丈二君は揶揄いすぎよ。まったく」

 玲子に肘鉄をもらい、コージにヘッドロックされた。


 でもこの写真の子、どこかで見たことがあるような?

「何をしている人なんだ?」

「聞いて驚け。今話題のJDSOの職員だ」

「JDSO? なにそれ?」

 玲子はピンと来てないが、俺は知っている。日本ダンジョン抑制機構のことだ。つまり俺が名目上の理事をしている組織で働いている女性だった。


「お前、そんなところで働いている女性とよく知り合えたな」

「前は経産省の職員だったんだけど、ダンジョンができてから出向しているんだ」

 JDSOの職員の半分以上は、どこかの省庁から出向している人だ。


「官僚さんなの?」

「一応な」

「すごいじゃないの。でも女性官僚がよく土門君なんかと一緒になる気になったわね」

 何気に俺より酷くないか、玲子。


「以前、電車の中で痴漢されている彼女を助けたことがあるんだ。それからこうなってしまってな。へへへ」

 そんなラノベのような話があるのか!? てか、コージの癖に痴漢から女性を守るとか、ありえねー。


「コージが痴漢したんじゃないのか?」

「バカ言え!」

 殴られた。結構な勢いだったが、今の俺だと蚊が刺した程度にしか感じない。


「名前は?」

「その招待状を見ろ。ちゃんと書いてあるぞ」

 それくらい教えてくれてもいいだろうに。


 中には厚手の紙が入っていて、コージとその女性―――双葉秋絵ふたばあきえさんの名があった。

 ん、双葉? まさかな……。ないな。うん、ない。


「何はともあれ、おめでとうだな」

 コージのコップにビールを注ぐ。


「ぐいっといきねぇ、新郎君」

「お前、絶対に出席しろよ」

「はいはい」

 コージは一気にビールを飲み干した。


「いい飲みっぷりだ。もう一杯いきねぇ。今日はコージの前祝いだ」

「お前は結婚しないのかよ」

「俺? 俺はないな。そもそも彼女も居ないし」

「玲子と別れるから、そんな寂しい人生を送ることになったんだぞ」

「うっせぇよ」

 そんな玲子の左手の薬指には指輪が光っていた。


「玲子結婚したんだな」

「え、うん、そうね」

「なんだよ、その煮え切らない返事は」

「なんでもないわ。さあ、飲みなさい」

 玲子が俺のコップにビールを注ぐ。奇麗な指をしているな。


「しかし、良かったよ。玲子が幸せそうで」

 ビールを一気に喉に流し込む。喉が渇いていたから、本当に美味しいと思う。


「なんで私が幸せに見えるの?」

「玲子は美人になった。以前は可愛かったが、今は奇麗なマダムだ。旦那さんに愛されているからだと思ったんだ」

「………」

 玲子が顔を逸らした。なんだ照れているのか? ははは。可愛いところは昔のままだな。


「……バカ」

 玲子がボソッと何か呟いた。


「何か言ったか?」

「なんでもないわよ。ほら、飲んで」

 玲子はビールを並々と注いだ。


 他の同窓生たちも居たが、あまり親しい奴はいない。考えてみたら、俺って友達少ないな。寂しい人生なんかじゃないからな。


 

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