第37話_工作員

 ■■■■■■■■■■

 037_工作員

 ■■■■■■■■■■



 岐阜支部の俺の執務室で仕事をしていると、スマホが鳴った。

 誰だよこの忙しい時に電話なかんかして来やがってとスマホの表示名を見ると、懐かしい名前だった。

「もしもし」

「もしもしじゃねぇよ。お前だけだぞ、この野郎」

 いきなりだな。


「何を怒っているんだ」

 スマホを耳から遠ざけてスピーカーにする。


「何じゃねぇよ。欠席はお前だけなんだぞ、同窓会」

「あぁ、同窓会の話か。今忙しいんだよ」

「うっせーよ、お前は強制参加だ。参加にしといたからな」

「おいっ―――」

 そこで通話が切れた。あの野郎、言うだけ言って切りやがった。


 この電話の主は、俺の同級生だ。小、中、高と12年も同じ学校に通っていた。所謂腐れ縁だな。

 名前は土門浩司どもんこうじ。高校を卒業してからはたまに遊んでいたが、大学を卒業して社会人になるとメールで連絡を取り合うだけになっていた。久しぶりだから同窓会で会うのを楽しみにしていたのかな。そんな奴じゃないか。


「はあ……予定を調整するか」

 台湾の研修もあるし、自衛隊から頼まれた隊員の戦力アップ研修もある。そういったものの準備をしないといけないから、結構忙しいんだよ。


 ドアがノックされる。許可を出すと、相田部長が入ってきた。

「磯山さんの作業が終わったそうです」

「そうですか。では、工房のほうへ」

 政府から依頼されていたミスリルライフルが出来上がったようだ。

 スキル・武器錬成持ちの磯山は、政府から期待されていたからね。ここでいいものを作ったら、評価はうなぎ登りだな。


 工房に入ると、磯山が作業台に突っ伏して寝ていた。徹夜したのがありありと分かる顔だ。

 まったくこいつは無防備に寝やがって。

「おーい、涎垂れてるぞ」

 反応がない。死んでいるようだ。


「パンツ見えてるぞ」

 見えてないけどな。


 せっかく顔が可愛いのに残念な子だ。

 額にマジックで「腐」と書いてやろうか。


「あまり女の子の寝顔を見るのは感心しませんよ」

 まじまじと見ていたら相田部長からお叱りを受けてしまった。


「また徹夜したようですね。磯山の体調管理する部下をつけてやったほうがいいのでしょうか?」

「磯山さんも丑木さん同様、熱中すると見境がないですからね……」

 磯山も丑木部長もオタクだから、集中すると周囲が見えない。何度か注意しているが、改善の兆候はない。困ったものだ。


「とりあえず、風呂に入れと言ってやってください。臭いです」

 年頃の女性なのに、風呂も入らず製作に没頭する。寝食を忘れるどころか風呂も忘れている。おかげで酸っぱい臭いが漂っている。


「私も何度か注意しているのですが……」

 相田部長も困っているようだ。


 ミスリルライフルはちゃんと鍵がかかる部屋に置いてあった。

 俺が政府に渡したものと少し違うが、ライフルだ。

 銃弾も100発ある。弾頭がミスリルの銃弾で火薬の量がかなり多いものになっている。


 ミスリルライフルを持って構えてマガジンの脱着をしてみるが、問題なさそうだ。これを政府に納品して試射を繰り返してもらって問題なければ、あと数丁を作ってもらうことになる。


 後日磯山作のミスリルライフルは、【MR-1】と名づけられた。磯山の趣味全開で、ミスリルライフルの1号機という意味らしい。ライフルなのに1号機とかおかしくないかと言ったら、「夢が分かってないですね」と返された。オタクの考えは分からん。あと風呂入れ。





 防衛大臣にミスリルライフルを納品すると連絡したら、自衛官が受け取りにやって来ることになった。転移で一瞬で首相官邸に飛べるから、わざわざお金使ってここまで来なくていいのにな。


「小林一佐と申します。MR-1を受け取りにやって来ました」

 事前に小林一佐が受け取りに来ると連絡があったが、念のため身分証を見せてもらった。問題ない。

 と思ったら、こいつ【偽装】してやがった。俺の【神眼】舐めんなよ。


【神眼】は【鑑定眼】にポイントを振った最終形のスキルだ。なんでも見通せるぞ。

 こいつの正体は中国の工作員。容姿を変えられる【偽装】を持っている。容姿は【偽装】で変えられるが、言葉はそうはいかない。まったく違和感のない日本語を話していることから、しっかり訓練された工作員のようだ。


 しかし【神眼】を使っておいて良かった。こいつにミスリルライフルを渡したら、大事になるところだった。グッジョブ俺!


「こちらへどうぞ」

 岐阜支部の地下へと下りていく。鉄格子の向こうに銀行のような大きな金庫がある。

 俺の指紋と網膜を照合して、最後にパスワードを入力。実は指紋と網膜照合はダミーで、魔力を感知させている優れもののセキュリティだ。


 鉄格子が開いて、小林モドキを中に入れる。

 鉄格子を閉める。俺は鉄格子の外。


「何を!?」

「自分の恰好をよく見てみな」

 俺の言葉で小林モドキ改め、周欣公シュウキンコウの容姿は小林のものではなくなっている。


「ばかなっ!?」

「その中では、スキルは使えないぞ」

 この部屋はスキルが使えないようになっている牢屋だ。金庫はダミー。遊び心で凝ってみた(笑)


 冗談はさておき、性質の悪いダンジョンハンターを一時的に拘留するための設備なんだけど、こんなことで使うとは思っていなかった。俺って先見の明があるんだね!


「くっ、抜かった……」

 シュウキンコウが歯を噛み悔しそうな表情をする。


「本物の小林さんはどこに居る?」

「………」

「だんまりかよ。まあいい。それは俺の仕事じゃない」

 しかしミスリルライフルのことはどこで漏れた? うちからか? それとも防衛大臣からか?


 うちからなら誰だ? さすがに心当たりはない。そういった身元調査はちゃんとやっているつもりだ。

 防衛大臣側なら俺の責任じゃないからいいけど、厄介なことにならなければいいなと思うわけですよ。まさか防衛大臣本人じゃないだろうな。


 防衛大臣が情報を漏らした可能性も考慮し、総理に電話した。

「世渡さんから電話してくれるなんて、珍しいですね」

 したくてしたわけではないと言えない俺。


「実はかくかくしかじかなんです」

「世渡さんから電話だからただ事じゃないと思っていましたが、本当にそうでしたね。分かりました。その件はこちらで調査します。その工作員もすぐに対応させます。それでお手数ですが、ミスリルライフルをこちらに運んでいただけますか。今から2時間後ではいかがでしょうか?」

 最初からそうしておけば良かったね。後の祭りだけど。


 小林さんの安否が気になるが、捜索は総理に任せよう。

「2時間後ですね。了解です」


 ミスリルライフルは俺の【極アイテムボックス】の中に入っているから、誰も盗むことはできない。シュウキンコウがそれを分かっていたのか、分からずにいたのかも不明。

 どちらにしろ、小林さんに化けてミスリルライフルを受け取れば問題なかったわけだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る