第32話_今更だけど雇用条件を決めてみた

 ■■■■■■■■■■

 032_今更だけど雇用条件を決めてみた

 ■■■■■■■■■■



 青森から帰ってくると、大雪になっていた。ただ青森に比べると、そこまでではない。

 しばらく岐阜で大人しくしようと思う。大雪で何か問題あった時に、支部長が不在というのは問題になるだろうから。


 3日間降り続いた雪で、庭には1メートル以上の雪が積もった。これだけ積もるのは珍しいと日下のお婆さんが言っていた。

 除雪車をフル稼働させて道路の雪を除雪するが、特に大きな問題もなく1週間ほどで雪は融けて除雪車を稼働させずに済むようになった。


 小さな問題は自家用車でダンジョンに来たダンジョンハンターが、スリップ事故を3件起こしたことだろうか。大した怪我はなかったらしい。車の修理代の痛手くらいだ。

 雪の日くらいバスにすればいいのにね。


 雪が融けてしばらくは暖かな日が続いた。

 春が近いと思ったのもつかの間、身を切るほど寒い風が吹くある日のことだ。俺はいつものようにチャタとフウに顔を舐め回されて起こされ、テレビを見ながら朝食を食べていた。


『中国で内乱が勃発しています。上海市を中心にした呉共和国と、重慶市を中心とした蜀国が独立を宣言しています。中国は現在ダンジョンボンバーによって地上に溢れ出したモンスターの対応ができていません。モンスターは北京近郊まで近づいており、中国軍と激しい戦闘になっています』


 とうとう中国が内部分裂した。

 アメリカ政府がどうやったかは知らないが、中国は分裂することになった。


 俺はチベット自治区とか新疆ウイグル自治区で独立があると思っていた。噂ではこの2つの自治区は漢民族とかなり仲が悪いと聞いていたからだ。

 だけど蓋を開けたら有名な大都市が2つも独立宣言した。今頃、アメリカの大統領がガッツポーズしているんじゃないかな。


 中国共産党はどう出るかな? モンスターは放置はできない。あいつらには理性などなく、人間を殺しまくるだけの存在だ。

 だけど共産党が独立を放置するとは思えない。これを放置したら、共産党の支配が揺らぐ。もう揺らいでいるかもしれないけど。

 内乱が簡単に鎮圧されないように、アメリカ政府も陰ながら支援するんだろうな。さて、この内乱はどうなるやら。


 俺としては隣の国だからできれば安定した統治が行われてほしい。悪くもなく良くもない関係でいいから、貿易ができて話し合いができる国であってほしい。その程度でいいんだけどさ。


 俺の手の届かない場所のことは考えてもしょうがないから、朝食を食べ終わったらチャタとフウの朝の散歩だ。山の中を2匹と駆ける。


 俺の眷属になっているフウは、いつの間にかレベル150を超えていた。レベルはまだまだだが、こういった山の中で動くのは俺よりも得意だ。

「ちょ、ちょっと待って……くれ」

「アンッ」

「ワウンッ」

 2匹は急斜面を4本の脚でタタタッと駆け上がる。俺もそれについて行くのだが、さすがに2匹のようにはいかない。


「はぁはぁはぁ……お前たち、速いよ」

「アンッアンッアンッ」

「ワウンッ」

「そんなにだらしなくないだろ。お前たちが速すぎるんだよ」

 山頂付近で息を整え、今度は急斜面を一気に下りる。

 まるで直角のような斜面を、一気に駆ける。止まれないとも言う。


 かなり激しい運動を毎日していることから、俺の体も引き締まってきた。年をとるのは止められないが、腹が出るのは自分次第で止められる。

 良い感じにシックスパックになってきた。


 運動後はシャワーを浴びて出社だ。と言っても歩いて30秒で到着する職場だ。

「皆、おはよう」

「「「おはようございます」」」

 職員たちと挨拶を交わして自分の執務室へ。


「「「おはようございます。支部長」」」

「おはよう」

 大槻副支部長、相田経理部長、丑木総務部長の3人が入ってきた。3人が揃って俺の部屋にやって来るのは珍しい。


 部屋に入るなり、大槻さんが部屋にあるテレビをつけた。何かな?

 それを見た俺は笑ってしまった。

「マジで言っているのですか?」

「マジらしいですよ」

 大槻さんも飽きれている。


 中国はダンジョンボンバーの責任をアメリカ政府に押し付けた。アメリカがダンジョンボンバーを引き起こし、原発の炉心溶融メルトダウンを誘発させたというものだ。


 中国の報道官が20分前にアメリカと日本を非難する声明を発表したらしく、MCやコメンテーターたちも困惑している。

「山東省は中国じゃなかったのか? あそこはアメリカの領土なのか? よく考えて言わないと、アメリカが山東省に介入する口実を与えるだけだと思うんだけどな……」

 俺が何を言っても詮無きことだけどさ。


 しかしこれでアメリカが山東省のことにコメントできるようになった。アメリカ政府の対応次第では、中国は墓穴を掘ることになったわけだ。


「問題は日本も非難されていることです。今の中国はこの声明を聞いても分かるように、かなり混乱していると思います。バカなことをしなければいいのですが」

 それ、フラグじゃないよね?


 その時だった。俺のスマホが鳴った。

 このタイミングで鳴るスマホに、俺は嫌な予感しかしない。


「出ないのですか?」

「大槻さん、出てよ」

「ご冗談を」

 大槻さんも誰からの電話か分かっているようだ。


 3人は軽く頭を下げて部屋を出て行った。俺は電話に出る。

「もしもし」

「あ、世渡さん。出てくれてよかったですよ」

 出たくはなかったが、出るしかないでしょ。


「ご用件はなんでしょうか、総理」

「今朝のニュースは見ましたか?」

「今、見ました。中国が何か言ってますね」

「その件でご相談したいのです。こちらに来ていただくことは可能ですか?」

 拒否したいけど、拒否したらもっと面倒な話になってから呼ばれそうで嫌だ。


 30分後に転移すると約束して電話を切った。部屋の外で待機している大槻さんたちを呼び戻し、朝一の報告を聞いた。

 ダンジョンハンターたちは順調に育っているようで、徐々にレアメタルや貴金属の回収量が増えている。

 ミスリルなどの地上では産出しない金属が回収されるのも、そう遠くない日だと思う。そうなると、磯山がミスリルの武器を造れるようになるから、戦力アップに繋がるだろう。


 次は人員の補充に関する提案だ。それで相田部長や丑木部長も居たんだな。

 人員補充はダンジョンハンターで第5エリアを踏破している者の中から、職員として有用なスキルを持っている、もしくは取得可能リストに良いスキルがあることを条件にしている。

 さらに怪我をして引退を余儀なくされたダンジョンハンターは、スキルの良し悪しではなく優先的に雇用するように伝えた。これはダンジョンハンターが怪我で引退しても、俺たちはそれを放置しないという意思表示だ。

 こういう安心を与えるのは大事だよね。もちろん、身辺調査はするけど。


「第5エリアはあくまでも目安です。有用なスキルを持っているか取得可能なら、それに拘ることはないですからね」

「承知しました」

 怪我して引退するダンジョンハンターを雇用するのは、引退後の心配を減らす意味合いもあるが、職員研修でレベルを上げる必要がないのも大きい。


 第5エリアを踏破しているダンジョンハンターなら、最低でもレベルは70になっているはずだ。第5エリアのボスがレベル75だから、それくらいないと倒せない。

 職員としては十分なレベルだし、荒事でもそれなりに役に立つ。


 どういったスキルが必要かは各支部によって違ってくる。最初はできるだけ均等になるように幹部候補を配置したが、それ以降は各支部で独自に雇用した者が多い。

 ダンジョンに入ってスキルを得られるようになって初めてどのようなスキルが得られるか分かるから、雇った後に欲しいスキルが出ないこともあるのだ。

 その点、ダンジョンハンターならスキル構成が分かっているし、取得可能なスキルも分かる。


 そうだ、定期的に職員のダンジョン内研修を行おう。レベルは高いほうが何かと融通が利くからね。


「各支部の雇用もこの条件でよろしですか?」

「ええ、構いません。あ、1つ……いや2つ付け加えてください。ダンジョンハンターとして問題行動を頻繁に起こしていた者、もしくは怪しい者は雇用しないこと。後者は分からない場合もあるでしょうが、前者は分かっているはずですからね」

 大槻さんがメモし終わるのを待つ。


「もう1つの条件をお聞かせください」

「体が不自由で戦えない職員以外は、定期的にダンジョン内研修を行ってレベルを上げてください。ですから職員のレベルを共有しておいてください。その制度の策定は大槻さんに任せます。いつも丸投げですみません。今度、酒でも奢りますから」

「あなたを補助するのが私の仕事です。お気になされないように」

 そう言われても気にするよね。酒場は近くにないから、美味い酒でも贈ろうかな。


「それでは、俺は官邸に行ってきます。こちらのことはお任せします」

「承知しました」


 俺はスーツに着替えて官邸へと転移した。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る