第24話_佐々木蔵人
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024_佐々木蔵人
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これは、研修3週目のことだった。取得可能スキルについて、皆に再確認させる。包み隠さず情報を出すのが研修を受ける条件だから、これを怠るということはアウト。JDMAの幹部候補にはなれない。
「いいかー。申告忘れというのは、許されないからなー。ちゃんとチェックし直して間違いがあったら修正・追加するようにー。取得済でも申告するんだぞー。どんなスキルでも構わない。だから正直に申告しろよー。申告漏れがあったら、許されないからな。しっかりとチェックしろー」
とにかくしつこく言った。こんなことをするのも1人のためだ。その1人のために、こんな面倒なことをしている。ただのチェック漏れならいいが、そうでなかったら処分しなければいけない。
再確認させて回収した取得可能スキルに、あのスキルの記載はなかった。
その週の金曜日。研修が終了した後に、俺と大槻さんはのその研修者を呼び出した。
C3と呼ばれる彼は、大卒でサラリーマンになってすぐにこの研修に参加したと経歴書には書いてある。
まあ、経歴なんてどうでもいい。ようは人間性の問題だ。
「なぜ呼ばれたか、分かるよね」
大槻さんが柔和な表情でC3に話しかける。C3は眉間にシワを寄せて、なんのことか分からないととぼけた。
「これ、君が提出した取得可能スキルの一覧ね」
コピー用紙をぴらぴらとさせた大槻さんの表情はまだ柔和だ。
「全部申請しましたが、それが何か?」
「君、申告してないスキルがあるよね」
大槻さんの目がすーっと細くなる。ええかげんにせいよ、このガキが! という目だ。
「そんなことはありません。全部申請しています」
「まだ言うんだね」
大槻さんは大きく息を吐くと、首を横に振った。
「
C3の名前は佐々木蔵人。容姿から受ける印象は真面目そう。
「なんでですか。僕は何も悪いことはしていません!」
目くじらを立てて詰め寄る佐々木は、理由が分からないといった感じだ。
「強奪」
「っ!?」
「言わなければ分からないと思っていたようですが、甘い。甘すぎる。砂糖よりも甘くて、口の中が気持ち悪いくらいだ」
佐々木を押し返す圧を放つ大槻さんから、殺気が漏れる。
「君のために2度目の確認をさせた。それでも君は強奪のことを隠した。これが不合格の理由だ。明日、荷物をまとめてここを出て行くように」
強奪は殺した相手からスキルを奪うというスキルだ。スキルを強奪するには相手を殺さなければいけないが、これを隠すということは密かにそれをしようと思っていると俺たちは考えている。
「そ、そんな……お願いです。不合格だけは、勘弁してください。この通りです」
土下座して許しを許しを請うが、その時間はすでに終わっている。
「なお、君は今後JDMAの職員にもダンジョンハンターにもなれない。ダンジョンに入ることは一生できない。以上だ」
土下座している佐々木に、大槻さんは無情に言い放った。
職業選択の自由は憲法で保障されているが、危険な人物に力を与えるようなことはしない。だからダンジョンには一生入れないようにする。
「僕はここで帰るわけにはいかないんです」
調査して分かったが、彼は母子家庭で育っている。大学も苦労して出たようで、奨学金を返さなければいけない。
官僚たちは省庁に在籍しながら研修を受けているが、民間出身の彼は会社を辞めて参加している。
だけど、約束は約束だ。それを破った佐々木に同情するつもりはない。
「君はスキルを隠した。これは重大な契約違反だ。違反した者を処分するのは当然のこと。しかも隠したのは明らかに重要なスキル。今後君が強奪スキルを取得した場合、君の身柄は拘束されると思ってください。それが嫌ならスキルのことを忘れて、一般人として暮らすことだ」
「うぅぅ……」
涙が床に落ちる。悲しいのか悔しいのか分からないが、スキルを隠さなければこのようなことにならなかった。
今後、佐々木には監視がつく。と言っても、定期的にそのステータスを確認するくらいだ。佐々木がその時に強奪を取得していたら、有無を言わせずに拘束されて一生コンクリートの壁の中で過ごすことになるだろう。
ステータスホルダー(ダンジョンに1度でも入ったことがある人のこと)についての法律はすでに成立している。ステータスホルダーの犯罪を未然に防ぐことは、国家の安全上極めて重要なことなのだ。
まさかこの国でこんなに早くこのような法律が成立するとは思っていなかった。以前も同じような感想を述べた気がする。
それだけステータスホルダーの力が脅威だということだ。民間人にモンスター駆除を任せることになっても、自衛隊の部隊はレベル上げを怠らないだろう。規模は小さくするだろうが、自衛隊員もダンジョンでレベル上げを行うことになる。高レベル者はそれだけで核兵器並みの戦力になるため、国が管理するか抑止しなければいけない。
それを言ったら俺なんか真っ先に捕まるが、幸運なことに俺を捕まえられる人物または団体は存在しない。
「お願いです! 許してください! なんでもします!」
涙と鼻水を出して大槻さんに縋りつく。俺じゃなくて良かった。ああ、鼻水が大槻さんの服についてだらーんっとなってるよ。大槻さん、よく我慢してるね。俺なら蹴り飛ばしているところだよ。
「それほどJDMAで働きたいのですか?」
「はい。働きたいです」
「そこまで働きたいのであれば、なぜ強奪のことを隠したのですか」
「こんなスキルを持っていたら、JDMAに就職できないと思っていました……」
「どんなスキルがあっても構わないと言いましたよね。それでも君はスキルを隠した。悪用するためだと思われてもしょうがないですよね」
大槻さんは大人だね。俺ならぶっ飛ばして、ボコボコにして強奪を使うなと言い含めて放り出すところだ。魂に俺の恐怖を刻むってやつだな。
「そ、そんなことはありません! 僕はこんなスキルがあったら、JDMAから追い出されると思って……お願いです。チャンスをください。お願いです。お願いです。お願いです」
額を何度も地面に打ちつけて許しを請う。俺にはそれが演技にしか見えなかった。まあ、俺の人を見る目なんて、大したことないから演技かどうかは分からないけど。
「はぁ……支部長、彼もこれほど反省していますし、今回だけは許してもよろしいでしょうか」
助け船が出されると、佐々木はガバッと顔を上げて縋るように俺を見て来る。俺にその鼻水をつけたら、ぶっ飛ばすからな。
「大槻さんが言うのであれば、1回だけ許しましょう」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
米つきバッタかよ。
「ただし!」
何度もお礼を言う佐々木に、大槻さんは懐から紙を出した。今時珍しい何かの皮で作られた皮紙だ。大槻さんのスーツが不自然に膨れていたのは、そのせいか。
「こちらにサインしなさい。そうすれば、今回のことは大目に見てあげます」
丸められた皮紙を広げて、佐々木に差し出す。今時皮紙かと思うが、これにはわけがあるんだ。
「こ、これは……」
「契約書です。君が強奪を取得しないというね」
「サインすれば、本当に許してもらえますか?」
「ええ、許しますよ。ちゃんと内容を読んで、理解したらサインしなさい」
俺もその内容を読む。色々書いてあるけど簡単に言うと、強奪を取得しない。ただそれだけだ。
「さ、サインしました。これで許してください」
「はい。たしかに。コントラクト」
大槻さんのスキル・契約が発動して皮紙は光の粒子になって消えた。
「え?」
佐々木が驚いている。
「これは私のスキルです。契約した内容に逆らえない。そういうものですから、以後、佐々木君は強奪を取得することができなくなりました。これは絶対に破れない契約ですから、安心してください」
この契約というスキルが大槻さんのメインスキルだ。一度サインしたら、その契約内容を一生負うことになる。佐々木の場合は、一生強奪を取得できないというものだ。たとえ強奪を取得したいと佐々木が考えても、実行できない。実行する手前で体や思考が止まることになる。スキルの契約とは、それほどの効力を持つのだ。
「支部長。今回は不問ということで」
「了解。あとは任せます」
「承知しました」
本来であれば佐々木の情報はすぐに関係各所に共有されるべきものだ。だが大槻さんの契約によって彼が強奪を取得する心配はなくなった。
あれは彼が納得して契約したため、魂に刻み込まれた契約だからだ。
ポカーンとしている佐々木を置いて、俺は部屋を出た。
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