第23話_磯山京子

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 023_磯山京子

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 研修最終日。60人は無事に合格した。

「辞令。山本花林やまもとかりんを奥多摩支部戦闘教練部主任に任命する」

「はい!」

 JDMAの幹部候補として辞令を受け取った山本という女性は、A4だ。

 他の者たちも全員辞令を受け取った。1人を除いて。


「以上、解散!」

 大槻さんがそう言うと、わっと歓声が上がって研修者たちが抱き合った。


「きょ、教官殿!」

「なんだね、磯山君」

「私は辞令を受け取ってません!」

「ん、君は特別面談があると聞いているが?」

 大槻さんは俺を見る。あ、言うの忘れてた。てへ、ペロ。


「支部長、どういうことですか?」

「すまん、忘れていた」

「まったく……」

 大槻さんにジト目で見られ、俺は頭をかく。


「磯山君。君はこの後に特別面談を行ってもらう」

「えーっと、特別面談ってなんですか?」

 状況把握ができないA5───磯山京子いそやまきょうこは、かなり不安そうだ。


「大丈夫だ。君もちゃんと合格しているから、心配することはない。それよりも、支部長。こういう大事なことは、忘れないでいただきたい」

「以後気をつけます。磯山もすまなかった」

「私は合格で良いのですね?」

 俺と大槻さんは大きく頷いて、彼女を安心させた。いや、本当にすまなかった。ちょっと忙しくて忘れていたんだ。

 畑をして研修の講師というか教官をして、総理からは色々な相談をされるし、本当に忙しいんだよ。


 場所を俺の家に移し、会議室にしている部屋に入る。

「教官殿の家に初めて入りましたが、普通の古民家ですね」

「古民家に普通とかあるのか?」

 ありふれたものだとは思うが、これが普通かと聞かれると分からない。


「私の祖父母の家も同じように土間があって、そこから和室があって仏間があってって感じです。まったく同じではないですが、よく似ていますよ」

「磯山は愛知出身だったな」

「はい。私は生まれも育ちも名古屋です。祖父母の家はその隣の蟹江町です。祖先は織田信長の家臣だったと祖父は言ってますが、本当かどうかは分かりません(笑)」


 磯山と話していると、日本ダンジョン抑制機構、通称JDSO(Japan Dungeon Suppression Organizationの略)の徳大寺雄三とくだいじゆうぞう理事(防衛省から出向)と内閣府の佐藤純一さとうじゅんいちさん(警視庁から出向)がやって来た。2人共50代の男性だ。


 2人から名刺を受け取ると、磯山は背筋を伸ばした。俺は昨夜顔合わせをしているし、徳大寺理事とはJDSOの発足時の会合で顔を合わせている。

 しかし俺の時も背筋を伸ばせよな。まあ、俺のような威厳のない奴相手では無理か。


「あの、本部と内閣府の方が私にどのような要件で?」

 その質問はもっともだ。


「世渡理事から何も聞いていませんか?」

 2人が俺を見る。だから、忘れていたんだよ。


「すまない。色々忙しくて、まだ言ってないんだ」

 2人は顔を合わせて、呆れ顔をする。いや、マジで忙しかったんだよ。それもこれも、総理からの無茶ぶりのせいだからな。


「分かりました。それでは、私のほうからご説明いたします」

 佐藤さんが口火を切って、磯山に説明を行う。


「ですから、磯山さんにはスキルの武器錬成を使っていただき、強力な武器を造り出していただきたいのです。今回の話を断ってもJDMAの幹部候補として働いてもらえます。もちろん給金も他の幹部候補以上を約束します。返事は月曜日で結構ですから、この土日の間にじっくりと考えて結論を出してください」

 佐藤さんはよく考えろと言うが、提案を飲んでほしそうだ。とりあえずは土日の間は考える時間があるのだから、ゆっくり考えればいい。


「その必要はありません。その話をお受けいたします。元々武器錬成を役立てるつもりでしたから、私としては受けないなんてあり得ません。それにお給金もいいのですから、断る理由はありません」

 磯山は前のめりで話を受けると言った。給金に惹かれたようだ。


「さらなるレベル上げをしなければいけないのですよ。本当に大丈夫ですか?」

「それだけスキルを強化できるということですよね」

「その通りですが、本当にいいのですね?」

「問題ありませんが、1つだけ条件をつけていいですか」

「どのような条件でしょうか」

「レベル上げに同行される方は、教官殿にお願いしたいのです」

「え、俺? なんで俺なの?」

 自慢じゃないが、結構スパルタだったぞ。まさか磯山はMか。そういうプレイがいいのか。

 だけど、自衛隊のほうがもっと厳しくしてくれると思うぞ。Mならそっちのほうがエクスタシーを感じられると思うぞ。


「なぜ世渡理事を? 自衛隊では不満があるのでしょうか?」

 これまで口を出さなかった徳大寺理事が食いついて来た。防衛省から出向している徳大寺理事としては、自衛隊に何か文句があるのかという感じだ。


「いえ、自衛隊に不満はありません。それ以前に自衛隊の部隊について知らないですから、不満の持ちようがないです」

「それではなぜ世渡理事を指名されるのですか」

「教官殿はとても厳しかったです。ですが、言っていることは正しく、素直に従おうという気になりました。そういう方の下で学べば、私はダンジョンで死なずに成長できると思ったのです」

 ちょっと気恥ずかしい。でも、そこまで言われたらうんと言わないわけにはいかないだろう。色々忙しい身だが、ひと肌脱ぐとしますか。


「世渡理事。お願いすることは可能ですか」

「ここまで言われて断るのは難しいでしょう」

「それでは!」

「ただし、磯山のことは全て俺に任せてもらいます。そういうことでいいですね」

「JDSOとJDMAのことに関しては、世渡理事の意志が最優先です。全てお任せします」

 いや、そういうことではなくてですね……まあいいか。


「内閣府としても、世渡理事にお任せします」

「了解です。では、これから磯山は俺直属の部下にします」

 磯山を俺の部下にした。岐阜支部で働きながら、俺が居る時はレベル上げをする。


「教官殿。よろしくお願いします」

「これからは支部長と呼べ。言っておくが、セクハラはともかく、JDSOやJDMAにパワハラとかブラックという言葉はないからな」

「か、覚悟しておきます」

 ダンジョン内で野営することもある。自衛隊と同じように厳しい環境下で、地獄のような戦場を行かなければいけないのだ。パワハラとかブラックなんて言っていたら、仕事にならない。


 

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