第11話_始まり
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011_始まり
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身分証明用の免許証を受け取り、さらに札束も受け取る。
1キロの金塊を売った額は、800万円。サラリーマンをしていた時の俺の年収を超えた。
店員が良い笑顔で俺に礼をするのを背に、店を出る。
金塊はいくらでもある。1年に1回換金すれば生活できるのだから、笑いが止まりませんよ。
近くのパーキングに停めておいた、愛車(軽トラ)に乗り込む。
「待ったか」
「アン」
助手席で丸くなって寝ていたチャタに声をかけると、顔を上げて「全然」と言った。
今日は久しぶりに山を下りて、チャタとドライブをしている。そのついでに金塊を換金した。
「もうすぐ飯だからな」
耳がピコンッ、顔をガバッ。
「アンアンッ」
飯と聞いて尻尾を振った。
「お前は食いしん坊だな(笑)」
ネットで見つけたペット同伴OKの飲食店に向かう。あの殺伐とした10日間を癒す時間だ。
夜遅くなったが、家に到着。
明日の朝も畑仕事があるから、風呂に入って布団にゴロリ。
夏だけど、山の上にある我が家の夜は涼しい。網戸にして寝ると寒いくらいだ。
ダンジョンを踏破して数日が過ぎた。
俺は畑で鍬を振り下ろす。いい感触だ。
「やっぱり畑仕事は俺に合っている」
朝早くから畑の世話をする。都会では非日常の日常が、ここにはある。
キュウリ、ナス、トウモロコシ、トマトを収穫。
野菜を洗って袋詰めし、軽トラに載せる。
「チャタ、行くぞ」
「アン」
他の4軒を回って、野菜を回収。
日頃お世話になっているし、若い俺が近くの道の駅に持って行く。
道の駅の女性店員さんとも顔見知りになり、野菜を陳列しながらお喋りをする。
相手が母親くらいの年齢じゃなかったら、もっと楽しいと思うのは贅沢な悩みなのだろうか。
「それじゃあ、また来ます」
「気をつけてねぇ」
家に帰る前に、町で買い物をする。
野菜は自前のものがある。肉もご近所さんがイノシシやシカ、クマを冬に狩ったものがあって、冷凍の塊を大量にもらった。卵も時々地鶏が生んだものをもらうので、食材はほとんど買わない。
雑貨やビールやそのあてを買うくらいだ。
ビールは500ミリリットルのものを4箱、そのあても大量に買う。他にトイレットペーパーや洗剤などをカゴに入れてレジへ。
家に帰ってリビングでくつろぎ、テレビをつける。東京に較べるとチャンネルは少ないが、国営2チャンネルと民放2チャンネルが辛うじて入る。
「どこもワイドショーばかりだな」
と言っても民放2チャンネルしかないけどさ。
ソファーに座る俺の横で丸まって寝ているチャタを撫でながら、昼間からビールを楽しむ。このために生きていると言っても過言ではない。
『速報です。ただ今、奥多摩に正体不明な建造物が出現しました』
女性キャスターが慌てた感じで原稿を読んだ。
奥多摩の正体不明な建造物がテレビに映る。宮殿のような感じで、ヨーロッパの貴族が住んでいそうなものだ。
「とうとう動き出したか」
『さらに速報です。青森県、新潟県、和歌山県にも正体不明な建造物……えぇぇ。ゴホンッ。失礼しました。奥多摩以外にも青森県、新潟県、和歌山県、岡山県、鳥取県、大分県、熊本県、沖縄県に正体不明な建造物が出現しました』
女性キャスターの声が上ずる中、それぞれの正体不明な建造物の映像が映し出される。警察官が規制線を張った向こうに見える塔。別の現場ではヘリからの映像もある。
俺が裏山のダンジョンを踏破したことで、ダンジョンウィルスは抑えることができた。だけど、ダンジョンを作った存在は、この地球の各地にダンジョンを発生させると言った。
レベルアップ時などに聞こえた声が、一方的に宣言したのだ。
一応、国交省に匿名でダンジョンが現れると、封書を送っておいた。元ゼネコンに勤めていた俺は、国交省の役人を数名知っている。その1人に送っておいた。
もっとも、そんな荒唐無稽な話を信じるとは思ってもいないが、この現実を突きつけられた国はどうするかな。
「さて、日本は、世界はどう反応するか」
ダンジョンが現れる地域は、日本だけではない。アメリカとヨーロッパにもダンジョンが出現する。
チャタがゴロンと見せた腹を撫でながら、テレビをボーっと眺めつつビールを飲む。至高の時間である。
数日後、官房長官が記者会見でダンジョンのことを語った。
印象としては全部話してないと思ったが、政治家や国家からすれば全部話すことのほうが珍しいだろう。
だが、それがダンジョンだということは、しっかりと知らされた。
ネットを見ていると、色々な憶測が飛び交っている。
ダンジョンに入ったら異世界へ行けるとか、永遠の命が得られるだとか。バカバカしく思えるものから、的を射たものまで色々だ。
さらに数日後、俺の裏山のダンジョンの入り口にも規制線が張られた。警察官が20人くらいやってきて、ダンジョンを封鎖している。
報道関係者がその倍以上やってきて、さも当たり前という顔をして私有地に勝手に入って来る始末。警察官に、私有地に勝手に入る報道関係者を不法侵入で逮捕してくれと頼むほどウザい。
ちなみに裏山は全部俺のものだ。その前にある敷地もそうだ。報道関係者の車両が道を塞いでいるため、買い物にも行けない。なんと言っても、この集落の道はかなり狭いのだ。
ご近所さんたちには色々迷惑をかけてしまっていると思いお詫びを言いに向かったのだが……。
「あの人たちの車を停めさせてあげたら、思わぬ臨時収入があって嬉しいよ(笑)」
路上駐車は禁止になってないが、道幅が狭いため通行の邪魔になる。そのため、ご近所さんたちが所有する空き地を使わせてやったらしい。有料で。商魂逞しいとはよく言ったものだ。
日本のどの憲法にもダンジョン関連の法律はない。そのため政府は法整備にとりかかったが、この国の野党はなんでも反対する。反対することに意義があると思っている。
反対するなら現実的な対案を出してほしいが、上げ足取りをするだけだ。そんな野党に意味はあるのかと、思ってしまう。
俺はというと、匿名で何度か封書を送っている。それが国の中枢に届いているかは分からない。
さらに数日が経過し、外国では軍隊がダンジョンに入って探索を始めたらしい。
日本ではただ封鎖して、学者を集めて議論が繰り広げられた。
日本と外国はまったく違った対応になっている。これが現実だ。
1カ月もすると、外国から色々な情報が出て来ている。中にはフェイクもあるけど、半分くらいはちゃんとした情報かな。
秋の声を聞くようになった頃、昼でも網戸では寒くなってきたある日、それは起こった。
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