第12話  求める救い

恵理子は公衆電話から忠志の会社の忠志直通に電話した。

いつも電話をしてくるのは忠志の方だったので、恵理子から電話をすることは珍しかった。まして会社なんて、念のため聞いていたにすぎない。

そもそも会社に私用電話なんて、忠志に迷惑がかかる。

だから普段は家に電話をする。

でも、今はどうしても忠志に逢いたかった。

家にかければ、遅いので明日とかになる。

今の自分は心も、外見も、とても人に見せらるような状態ではない、でもどうしても忠志に逢いたかった。

いくら忠志、直通とはいえ別の人が出る可能性だってある。

事務の女の人が出るかもしれない。

そんなとき私用電話で忠志に迷惑が、と考えて少しおかしかった。

こんなときでも忠志の立場を気にしている。

でも電話には忠志本人が出た。

恵理子はかなりほっとした。

「どうしたの」といつもの忠志の声が電話から聞こえた。

「あいたいの」恵理子の声に忠志の反応はいつもと変わらないように感じられた。

いつもの恵理子とは何かが違う、それだけは伝わったようだった。

「わかった。今どこにいるの」

電話の忠志の声がこれほど心地よく、温かく感じたことはなかった。

恵理子は今自分がいる場所を忠志に伝えた。

そんなに遠くではない。

安心感からか、恵理子は電話ボックスの中で座り込んでしまった。

どれくらいだったか覚えていまないが、電話ボックスに誰かが近づく気配がした。

恵理子はうずくまっている頭をあげた。

忠志が驚いた顔で恵理子を見つめている。

「どうしたの」忠志が電話ボックスの戸を開けて恵理子を抱き起こした。

「逢いたかった」恵理子が忠志に抱きついてきた。

どう見ても普通ではない恵理子の様子と、恵理子が自分の胸にとびこむという普通では無い事に忠志は戸惑った。

恵理子とは恋人同士とは言いながら、未だ一線を越えることはなかった。

決して忠志が拒否していたという事ではない、どちらかと言えば恵理子だ。

その恵理子が自分の胸に飛び込んで来た。

その変化に戸惑いながらも嬉しかった、でも同時に手放しで喜べるという物でもなかった。いったい恵理子に何があった。

そして忠志は恵理子の着衣の乱れに気づいた。

「いったいどうしたの。何があったの」そう言いながらも忠志の頭に浮かんだのはレイプの文字だった。

忠志の頭に血がのぼった。

恵理子は無事なのか、忠志は恵理子の体に触れ、ケガをしていないか、痛いところはないか確認した。

すると恵理子が下着を着けていないことが分った。

「何があった」忠志の声がこれまでにないくらいおおきくなった。

その声に、恵理子は忠志の胸の中で泣き崩れた。

そんな恵理子を忠志は持てる力全で、支えるのがやっとだった。


忠志は一番近くのホテルに恵理子をつれて行った。

部屋に入ると恵理子は忠志に促され、バスルームへ入った。

恵理子は熱いシャワーを浴びて少しだけ落ち着いた。

シャワーはさっきも浴びたが、あの状態で落ち着けるわけもなく、今やっと一息つけた感じだった。

安心感が全然違うからと恵理子は納得した。

そんな状態で忠志に逢うなんて、と今までの恵理子なら思うところだったが、それを差し引いても忠志に逢いたかった。

バスタオルを巻いただけの状態で恵理子は忠志の前にでた。

それは忠志に自分の全てを差し出すとか、自分の全てを見て欲しいとかそういう意図があってではなかった。

ただ受け止め欲しかった。

「どうしたの」そんな恵理子に忠志の優しい言葉が投げかけられる。

恵理子は黙ったまま下を向いた。

それは今の自分の姿が恥ずかしいからでも、自分に起こったことを言いよどんだからでもなかった。

ただ躊躇した。

「言いたくなければ、言わなくてもいいよ」

あなたは優しすぎる。

前にも思った感情が蘇えった、こういうときは無理にでも聴いてもらいたい。

「いえ。聴いて。お願い、あなたに聴いて欲しいの」

「分った。聴くよ」

恵理子は今日あったことを、テレビに出てしまったことから話した。

忠志はかなりの衝撃を受けていたのが恵理子の目からも分った。

忠志は思っただろう。

自分の前にいる女は自分の知っている高津恵理子なのかと。

自分の知っている高津恵理子はこんな女ではないと。

そして裸にバスタオルだけの女、自分はここでどういう行動に出たらいいのだろう。

そして忠志の躊躇の表情が恵理子をさいなむ。

途端恵理子は恥ずかしくなる。

こんな状態の自分を、抱かれる事で癒やしてもらおうなど、今までの自分では思いもしないことだ。

バスタオルを強引の剥ぎ取り、何もかも忘れるくらい、強く抱きしめ、その強引さで何もかも忘れさせて欲しい。

そんなことを考えていた自分が恥ずかしい。

「とにかく君は疲れているんだ。少し休んだ方がいい。家には連絡してあるの」

その言葉に恵理子は深い幻滅と羞恥心を感じた。

冷静になれば忠志の反応は全て予想がつく。

明らかに抱いて欲しいという恵理子の状況は分るが、それに乗ってしまっていいのか。

恵理子の両親への言い訳、モラル。

全てが混じって忠志は何も出来なくなっている。

もうどうなってもいい、と思えればいいが、そうは思えないのが忠志だということも、恵理子は分っている。

「帰る」恵理子はバスタオルを取った。

一糸まとわぬ姿を忠志にさらした。

そして服を着始めた。

忠志がどうしたらいいか判断がつかないうちに反対に恵理子が動いた、それでもなお忠志は動くことが出来なかった。

「ごめんなさい」恵理子が今度は本当にすまなそうに言った。

そして服を着終わると部屋を出て行こうとした。

「送って行こうか」やっと出た、忠志の言葉だった。

「うん、うん、大丈夫だから」自分としては笑顔を作ったつもりだったが、忠志にはどう、写ったか分らなかった。

ただ、何も出来ずに立ち尽くす忠志を見ると、自分は普通の状態ではないというのが分るが、それでもなお忠志は自分を引き留めてくれなかった。

強くなんて、なってないじゃないか。

恵理子は自分が強くなったと思っていたことを恥じた。

そして忠志に求めた救いを恥じた。

得ることの出来なかった救いは、不満では無く、落胆へと換わる。

そしてその落胆は、痴漢を撃退し、少しは強くなったと言う幻想のために、さらに大きく恵理子の心を壊して行く。


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