第6話  羞恥心と後悔

恵理子はひどく不安な日々を過ごしていた。

写真撮られていたときはそれほど感じなかった恥ずかしさが、今頃になって恵理子をさいなんでゆく。

人前で自分のすべてをさらけ出す。

という経験が無いのはもちろんのこと、自分は普通以上に裸になる事に恥ずかしさを感じる人間だと思っていた。

それがすべてをさらけ出して、写真まで撮られた。

それが一体そういうことなのか、あのスタジオから帰ってきて、実感として自分の中に徐々に広がって、大きな位置を占めるようになってきた。

なぜ自分はあんなことをしたのだろう。

きっと他の女の子達からすればたいしたことではないのだろう。

それで自分が有名になれて、何らかの広がりがあり、芸能界や、モデル、女優などになりたいのであれば、チャンスだろう。

でも自分は違う。

どう考えても、若いときの美しい体を記憶しておくだとか、これを機にモデルや芸能界とかそうは考えられなかった。

きっと有名なカメラマンに撮ってもらったのだから、それはとてもラッキーなことだろうと思う、でもいくら自分を納得させようとしてもそうは考えられなかった。

今日だって忠志に食事に誘われ、気分転換にいいだろうと思っていたが、全然気分転換にならなかった。

心に引っかかる物があって、忠志との食事を楽しむことが出来なかった。

不機嫌そうな顔をしていたから、忠志は気を悪くしたかもしれない。

忠志とは幼なじみだったが、そこになんら発展はなかった。

今のように食事に一緒に行くことだって、随分たって再会したときからだ。

あれは本屋で立ち読みをしていたときだった。

隣で同じく立ち読みをしていたのが忠志だった。

本来なら気づかないところだが、忠志は名札をしていた。

それは社名と部署の入った物だった。

きっと会社を出たときに取り忘れたのだろう。

でもそのせいで恵理子の目にとまった。

萩忠志。

どこかで聞いたことのある名前、おぼろげながら思い出した顔。

「萩君。あたし、あたし。高津」一体何が起きたのか分らないように忠志が恵理子を見つめる、そしてびっくりしたように言った。

「高津か。高津えーと、何だっけ」

「忘れたの、えりこ」

「おお、そうだでも何で俺だって分かったの」

「だって名札、つけているんだもん」

「ああ本当だ、じゃあ会社からずーと着けてきたのか」

「いいじゃない、会社と萩君の宣伝になれば」

「冗談じゃないよ」恵理子はおかしくていつまでも笑っていた。


それが一年前の事だった。

二十四にもなったカップルが一年も付き合って、キスもしていないなんて、やはりおかしく、そんなことは恵理子にだって分っていた。

傍から見ると忠志がじらされている、と思われても仕方がない。

忠志からは、恵理子が強い貞操観念を持っているので、踏み出せないでいると思われていると考えていた。

でも恵理子は自分がとりたてて貞操観念が強いとは思っていなかったし、結婚するまでは、なんて思った事も無いが、結果的に恵理子は経験がなかったので、そのせいかなと恵理子は漠然と考えていた。

忠志と再会する前に、そういう機会がなかった訳では無かったが、思えば男の前で裸にならなければならない、というその一点でつまずいていたと思う。

小学生の時は体操服だって恥ずかしかった。

まして高学年になってブルマーになると、それはさらに嫌だった。

テレビのバレーボールの試合などを見ていると、選手がシャツをブルマーの中に入れているを見て、自分はあんなまねは出来ないと思っていた。

だから体育の時などは体操服のシャツはブルマーから出して短いワンピースのようにしていた。

次の時間が体育の授業で体操服に着替えて体操服で体育館に向かう時き、ちんと制服を着た別のクラスの生徒にすれ違うだけで恥ずかしかった。

自分だけが薄着というのが恵理子にとっては恥ずかしい事なのだ。

恵理子の中学は学年末に大掃除をする。

その時、生徒全員体操服に着替える。

その日、恵理子はわざと着替えない事があった。

恵理子だけがきちんと制服を着て掃除をしたのだ。

その時、恵理子は変な優越感あった。

今思い出してもなぜあんな風に思ったのか分らない。

とはいえ忠志が強引に迫ってくれば、拒否はしないとおもう。

忠志は優しすぎる。

今日だって。

「いったいどうしたんだ」って聞いてくれれば、恵理子は坂本に写真を撮られたことを話すことが出来た。

それが何の解決にもならないことは分っているが、少しは気が晴れたかも知れない。

でも忠志は聞いてはこなかった。

喉元まで出かかっていたことは一度や二度ではない。

でももう少しというところで言いよどむ。

これは忠志が意気地が無い訳では無く、忠志は恵理子の事を考えすぎるのだ、余計な気を遣うせいで、かえっておかしくなる。



萩忠志はテレビを眺めながら今日の事を考えていた。

きっと無理矢理にでも恵理子の悩みを聞いてあげればよかったかもしれない。

そうすれば、自分だってこんなモヤモヤした気分にはならなかったかもしれな。

もしかしたら恵理子だって聞いてもらいたかったのかもしれない。

たとえ恵理子が言いよどんで、結果言い出せなかったとしても、これほどモヤモヤはしなかっただろう。

なのに、恵理子が今日は聞かれたくないのかもしれないと勝手に思ってしまった。

忠志にとって恵理子は神聖な少女のイメージだ。

犯しがたい高潔な少女。

お互いにもう大人だから、そこに体の関係があることは分っていた。

でもそういうものをどこか思考の外においていた。

昔から忠志は恵理子の事を見ていた。

恵理子はただただ、美しかった。

ここで客観的に見ることは意味をなさない。

恵理子は一般的にはちょっと美人な女性だっただけかもしれない。

でも忠志にとっては唯一無二の存在だった。

ある意味忠志は恵理子に恋をしたのではなく、恵理子を信仰したのかもしれない。

忠志は恵理子を崇拝していたのかもしれない。

神など信じたこともないのに忠志は恵理子がこの世に生まれたこと。

そして恵理子と再会したことを神に感謝した。


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