第5話  萩忠志

萩忠志は、取引先から会社に戻り、自らのデスクに座り、今日これからと、明日の予定を確認するためにシステム手帳を開いた。

すると理恵子とかかれた日付が目に止まる。

それがいつだったかと思い確認すると一ヶ月近くに連絡をしていない。

いくら仕事にかまけていたとしても、あまりにひどい、というかなんで恵理子も電話一つよこさない。

と忠志は自分の事を棚に上げて思った。

そして今日あたり一緒に食事でもどうだろうと思った。


忠志にとって恵理子は特別な女だった。

でも子供の頃を知っている幼なじみという言葉は似つかわしくないと思った。

中学が一緒だったと言うだけだ。

そしてその頃も、その後も、付き合っていたということではない。

一緒のクラスだったことも一度しかなく、卒業してからも会うこともなかった。

それが一年くらい前に本当に偶然出会った。

それから、なんとなく会うようになって、なんとなく付き合うようになった

元々キスだってしたことがないので恋人とはいえないかもしれない。

でも忠志は自分と恵理子の間に何か運命的な物を感じていた。

高津恵理子は自分にとって特別な女だと思っていた。

だから大事にしたかった。

恵理子の嫌がることは絶対にしないし、恵理子が嫌だろうと思うことは自分が排除してあげたかった。

それが特別な女に対する自分の気持ちの表れだった。

だから付き合い始めて一年近くたっていながら、キスもしていないというのは奇跡に近かった。

なんて自分は我慢強いのだろうと常に感じていた。


一週間ぶりに会う恵理子はなんだか元気がないと忠志は感じた。

取引先に教わった、ちょっとおしゃれなイタリアンレストランに入って時間がたっていた。それでもいつもと違って話が弾まない。

そろそろ料理が運ばれてくるだろう。

そう言えばこのレストランに誘うための電話でも、恵理子はなんだか元気がなかった。

ここに至っても、元気が無い状態はそのままだった。

一瞬、忠志は先約があるのに無理して来てくれているのかとも思った。

それなら、また今度でもいい、恵理子の嫌がることはしたくなかった。

そうだ恵理子の嫌がる事は絶対にしない、これが忠志のポリシーだ。

でも返事はあっけない物だった、まさに二つ返事だった。

でもやはりレストランに入ってみると、元気がない。

一体何があったのだろうと忠志は考えた、会社で嫌な事でもあったのだろうか。

なにか心配事でもあるのだろうか。

それなら何でも話してほしい、そうすればなんとか力になれるかもしれない、たとえなんともならなくても、話すことで気が楽になることだってあるはずだ。

(どうしたの、何かあった、よかたら話してごらん)


そんな言葉を忠志は用意した。

でもその言葉を言い出せずにいた。

もし聞かれることが恵理子にとって嫌なことだったらどうしょう。

そう考えると忠志はなんとなく黙ってしまった。

程なく料理が運ばれてきて二人は食べはじめたが、会話は弾まなかった。

結局別れるまで忠志は恵理子の悩み事を聞き出すことが出来なかった。

 

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