花の名前
Lilacとアコニチン
Flow Line
淡い紫の花が煌々と西日に照らされて美しさを増している……しかし、それは余りにも一瞬だった。近くで爆発音が聞こえた、レジスタンスらが国防軍と闘っている音だ。一瞬の内に西日が砂煙や黒煙によって隠れてしまった。
淡い紫の花はまた煌々と輝く時を静かに待っている。
『ミークヴァンス自由連邦』
この国は昔は民主主義の国として有名であったが、今となっては革命主義を真髄とする隣国オート共和国に
「隣国を解放するために我が軍を派遣する」との筋が通っていない理由で宣戦布告無しの戦争を仕掛けられ、準備や対応の遅れた連邦は
『敗戦』
その後、連邦側で支援国が参戦し、戦闘が激しくなるが決定打を模索していた。一方、祖国より離れた場所に他国の支援を受けながら元から手にしていた植民地に臨時政府を設け、卑劣な革命主義者たちに反抗する機会を伺っている。
そんな中、祖国に残った人々は劣悪な環境で国防軍から過酷な労働を強いられていた。一日ごとに新しい顔を見る、と国防軍捕虜抑圧担当の人物は語る。これは過酷な労働に耐られずにバタバタと倒れ、亡くなる人が多いからである。
しかし、救済も存在している。そう、
「社会保障制度」
である。労働中に怪我を負った場合、近くの病院で治療を受けられ、死亡した場合には国防軍から死亡保険が降りる。
そのため、劣悪な環境とは言え保証は充実しているのだった。
また敵国は、捕まった捕虜の扱いはそこまで悪くは無く、怪我を負っているとすぐに軍医が来て治療してくれ、収容所に連れて行かれても毎日3食しっかりとした食事を取らせてくれるという。収容所の環境は良く、周辺の地域住民との交流もあり健康上も精神上も良いという。
しかし、不条理な戦争を仕掛け、領土や家族を奪った者たちに復讐する為、奔走する者達「レジスタンス」と、抑えつける者達「オート共和国国防軍駐屯兵」との戦いである。
19××年(場所:不明)
[中尉殿!敵の増援コチラニムカウ!到着ハ一〇〇秒後!指示求厶!]
[馬鹿!何ヲ狼狽エル!戦友諸君、何時モ言ッテイルデアロウ?"撃滅セヨ、以上!少尉!自分ノ小隊ヲ引キ連レテ裏ヲ見ロ!裏ヲ取レソウナラ何時モ通リ裏ヲ取リ、迎撃セヨ!軍曹!一緒二来イ!通信隊!何時モノ大隊付キ狙撃兵二通信!今スグ来イ!デハ各小隊状況開始!]
声を上げずに小隊は行動を始める。ハンドサインで司令するその姿は正に鬼神だった。
中尉と呼ばれている人物は腕に紫丁香花が描かれたワッペンが貼ってあった。しかし、少尉と呼ばれた人物はトリカブトが描かれたワッペンが腕と胸に貼っていた。
軍曹は中尉と同じワッペンが、通信隊は夾竹桃の花が通信機に絡まるようにして描かれたワッペンが両腕に付いていた。
ハンドサインで会話をしている所を見ると練度は歴戦と言ったところか。
別動隊の通信隊が連絡を取れたことを中尉にハンドサインで伝え、中尉が通信隊へ指示を出した……次の瞬間!
『パリン!……ゴトン!ゴロゴロ……ゴロ……』
窓から何かが飛び込んで来た。すぐに中尉の近くにいた軍曹が窓の外に投げ返す。
『ドゴーン……』
と聞こえてきた。窓から飛び込んで来たものは手榴弾だった。すぐさま軍曹に対し中尉がハンドサインで指示を出す。
[手榴弾ヲ投ゲ返シテヤレ]
軍曹は自分のオーバーコートの腰の辺りに付いているD環(手榴弾のピンを掛けておき、引っ張るとピンが抜ける)から手榴弾を取り、時間を計算して投げた。
「ふっ!……ドカーン!……」
軍曹が投げる時に息を吐く音が聞こえ、手榴弾が宙を舞った。綺麗な弧をかいた手榴弾は地面についた瞬間と同時に爆発した。
弾着した敵陣から聞こえるのは呻き声と衛生兵を呼ぶ声だけだった。
しかし、中尉は攻勢をかけ続ける。次は裏口にいる少尉に対して、
[今ダ!裏ヲ取レ!援護ハ此方カラ行ナウ!以上!]
[了解!援護感謝スル]
ハンドサインで声を交わす。すると直ぐに行動に移した少尉の小隊は防衛の手薄い敵の裏を取り、打撃を与えた。
今回の戦闘による敵被害
負傷40名、死者〇名。その他、通信機器及び車輌に甚大な被害
中尉の指揮する中隊(以後Flow Lineと呼称)
負傷者、死者共に〇名。弾薬、燃料以外に消耗なし
Flow Line臨時本部-(場所:不明)
「ふぅ、疲れたぁ〜……少尉ぃ〜何か飲み物取ってぇ〜」
本部に着いて早々に中尉はソファーにうつ伏せになった。
「中尉殿!そんなにダラダラしてると部下に示しがつきません!やめてください!」
「えぇ〜?アイツらも大概ダラダラしてるんでしょぉ〜?関係ないってぇ〜、ほらぁ〜早くぅ〜」
中尉がニコニコした顔を少尉に向ける。その顔は正に鬼神とはかけ離れていた。
少尉は呆れた顔で飲み物を取る。すると……
「飲み物飲みたいなら自分で取ってください!」
と言って取った飲み物を全て飲み干してしまった。
「あぁ!少尉ぃ〜、私のために取ってくれたんじゃなかったのぉ〜?ひ〜ど〜い〜!」
「みんなの飲み物です、中尉殿!」
中尉は独り言を呟きながら冷えているが少しぬるい飲み物を手に取って飲み歩きながらまたソファーに向かい今度は仰向けになってダラケた。
「あ、そうそう少尉、今回の被害報告お願〜い」
「今回の敵の被害は甚大、我が軍は弾薬などの消耗品と民家の窓ガラスが手榴弾で割れた以外の損害無し。」
「あ、民家は被害に足さなくていいよ〜あそこに誰も住んでないから使ったし」
「分かりました。それと追加で一点、今回の襲撃も何時もの部隊でした。」
「ん?何時もの部隊?ミネルヴァの梟?アイツらも良く私達のいる所を特定するわぁ〜」
今回先頭において遭遇した部隊名は正式名称『第一〇四駐屯師団第3中隊〉と呼びレジスタンス内では『ミネルヴァの梟』と呼ばれている
「んで?何か問題でも?」
中尉はとてつもなくだるそうに少尉の話を聞く。その様子に苦笑気味になって
「その何時もなら腕に着けている部隊章は木にいる梟なのですが、今回はUnknown namedが混じっていました。」
「ん、詳しくお願い……」
中尉は身体を起こし飲み物を煽る。
「部隊章が青で縁取られた四角の中に金色で目が象られていました。取り敢えず都市にいる仲間達に連絡を取り照会中です。」
「うーん、それ迄の名前を付けようか……」
「Square Eyes……なんて言うのはどうでしょう」
「少尉、それ採用!只今からUnknownの部隊章をSquare Eyesと呼称する!さて……暫くはゆっくりするか……でも少尉、ミネルヴァの梟も懲りないよねぇ〜、毎回メタメタに傷付けても次の日には別動隊と一緒に来るんだもん……しかも今回だなんて3ヶ月前負傷した人間が練度上がって帰ってきてるんだもん……生命力が黒いカサカサと動くアレというか……はぁ……私最近ちょっと悲しくなって来たよ……」
「中尉殿にも人の心があったのですねぇ〜……」
「ちょっと少尉、失礼じゃないか?私はただの心無しの狂戦士ではないぞ?心があり、紳士的に戦う狂戦士だぞ?」
「狂戦士には変わりないんですねぇ……」
「ちょっとちょっと!私に毒づきすぎじゃない?気のせい?」
「気のせいですよ……さて、私はそろそろ寝ますね!では失礼します!」
少尉が部屋のドアを閉じ、ブーツの音が遠ざかっていく……
中尉は目を閉じ今日あった事を思い返す。
しかし、思い返している途中で強い睡魔に襲われ暗黒の世界に誘われてしまった。
こうして夜が更けていく……
後にUnknown named(命名: Square Eyes)は第21普通師団第6中隊だった事が判明、旧ミークヴァンス自由連邦の首都アルヴァンスにいる仲間達もSquare Eyesと言う名前が使われ始めた……しかし、本当は恐怖の部隊だった事を誰も知るよしがない……
中尉や中尉の部下はお互いの名前を知らない。ミークヴァンス自由連邦に入営する時には国籍と氏名を捨てる約束になっている。しかし、軍を満期除隊になると失った物がまた手に帰ってくるのである。その為、戸籍からも消えている。訓練中に死亡してもその日の内に死亡通知書が家族の元に届く事がない。だが、所属している部隊が解散されると国籍等が帰ってくるため昔に軍に従軍し死んだ人間の死亡通知書が遅れて家族の元に届くのである。その為家族達は毎日無事である事を祈り、月に一回届く手紙を楽しみに待つのである。
しかし、作戦中に名前を呼べないのは不便な為それぞれ花の名前を持っている。
例えば、
中尉の部隊章は紫丁香花・作戦中はLilac(ライラック)と呼ばれる。
少尉の部隊章は菫。作戦中はAconitum(トリカブト)と呼ばれる。
通信隊の部隊章は夾竹桃。作戦中はOleander(キョウチクトウ)と呼ばれる。
そして連邦が逃亡し、元都市防衛師団に所属していた者たちは彼岸花。作戦中はCluster Amaryllisと呼ばれる。
其の他中尉の元には部隊が居るが割愛する。
戦闘から三日後、国外にある政府には、祖国解放軍(レジスタンス)の本部があり、中尉は本部と週3回、連絡を取っている。
今回の定期連絡は「通常とは違う軍隊が戦闘していた事」や「臨時政府のFlow Lineに対する資金支援の対応」等を交信していた。
そんな中……
「我らがFlow Lineの中から狙撃部隊を組織しようと思う、志願する者は今週中に申すように」
新たに狙撃部隊を編成する事になったFlow Lineは軍曹を始め六人が志願した。
「これから諸君には20日間の特殊訓練を受けてもらう。先ずは、各人使うライフルの手入れを一日かけてやっておきたまえ。今日はそれだけだ、しっかりと一日かけるんだそ?大事なことだから二回言ったぞ、いいな!よし、解散!」
教官には賜剣付き柏勲章を受け取っている中尉が付いている。その肩には中尉が何時も使うライフルが掛かっていた。ライフルは木の銃床でボルトは銀色で作られている。
中尉の愛用はミークヴァンス自由連邦に存在する銃器メーカーSpringより発売されているM2200を使用している。射程が二〇〇〇メートル以上ある事かM2200という名前が付いている。
使用する弾薬は.30-06Spring弾(通称:春の悪魔)、装弾数6発。春の悪魔という名が付いた 理由は、弾頭が目標に着弾すると弾頭全てが体内に入り破裂、目標のダウンを直ぐに取れるという弾薬だった。しかし、それだけでは終わらない。弾頭を薬莢から取ると火薬を追加する事が出来る。銃本体も頑丈に作られている為、多少火薬を追加しても壊れる事は無い。
二時間後、軍曹が中尉に質問をした。
「中尉殿、何故1日かけて整備するのでしょうか?確かに銃の構造や毎日の整備は必要ですが……」
「軍曹、二〜三時間整備しただけのライフルと一日かけて整備したライフル、何方の弾がよく飛ぶと思うかね?私は断然一日かけたライフルだと思うね、しかもライフルだけとは言っていない。スコープや道具等全て整備するんだ、いいね?」
「は……はっ!あ、中尉殿。シューティングレンジは使ってもよろしいでしょうか?」
「今日一日許可する。存分に使いたまえ。他に何かあるか?」
「いいえ、ありません!失礼します!」
「うむ……ふ〜、やはり我ながら良い教育が行き届いているな」
溜息をつき納得した様子で煙草に火をつける。
「一ヶ月ぶりの煙草も美味しい物だ……ふぅ〜……禁煙家と税金は……消えるべきだな……ふぅ〜」
中尉も元は喫煙家では無かった。しかし、戦争が始まり、何も準備の出来て居らず装備も旧式だった為、大勢の軍が押し寄せてくる中、無駄な突撃を命じられ、毎日生き残る戦友たちの苦しそうな顔を見ていると自然に煙草の吸う量も増えていた。
けれども、レジスタンスとして戦う為に肺活量や体力が減ってしまっていた。それだけの理由で煙草を吸う数本を減らし、滅多な事ではない限り吸わないようにしていた。
「私も少し……疲れが溜まってきたな……」
そのまま暗闇に意識が消えていった。
それから何時間執務室のデスクチェアに座り寝たことだろう。いつの間にか口にくわえていた煙草は火が消えズボンの上に落ち、ズボンに落ちた部分は真っ黒に焦げていた。今度洗濯しなきゃと思い、口元を緩めていると軍靴が見えた。先ほどから呼びかけている少尉の声がようやく耳に入った。
「……い……ゅう尉……中尉……中尉殿!」
「んぇ?あ、少尉、おはよぉ〜」
「中尉殿!こんなところで寝てる場合じゃ無いですよ!敵です!ミネルヴァの梟が半径距離三キロメートル先で視認されました!今回もSquare Eyesが混ざった混成部隊です!」
「なぁ〜んだ、そんな事か〜……君達で出来るでしょぉ〜?少尉、指揮して置いてくれぇ〜」
「中尉殿が指揮してもらわないと困ります!先程〈部隊:水仙〉から入電がありました!要約して読み上げると
貴隊らが命名したSquare Eyesこと第21普通師団第6中隊に関して、第二一普通師団第六中隊、秘匿名:第三親衛大隊特殊活動
と確認した。これは軍幹部に潜入している同志による確認が取られている。
この部隊はトラックで移動し、砲兵を連れている。今回の部隊は唯のミネルヴァの梟こと第一〇四駐屯師団第三中隊の補充部隊だった為砲兵は含まれていなかった。
しかし、次回接敵した時には砲兵に気をつけよ、以上
追記)今度、煙草と酒を要求する。それを持ってきたら旧首都に来た時に優遇する。私の好みは知っているだろう?以上
との事でした、その為中尉殿が指揮してもらわないといけません!報告書は必ずその隊の上官と決まっています!」
「少尉……必ずしも私が指揮を執って防衛し、報告書を書く訳では無い。上官が体調不良だったとでも書いて出しておいてくれ、以上だ、私は寝る、おやすみ……」
ものの三秒で寝てしまった中尉は後5時間は起きることが無い。その事を知っている少尉は
「ではLilac小隊の指揮権及びFlow Line全体の指揮権を受け取りました」
と一言いい、敬礼し中尉執務室を出た。
「少尉の役が板に付いてきたじゃないか……」
臨時本部からおよそ三キロメートル先にある警備指揮所では、斥候を出す準備をしていた。
警戒指揮所に歩いて向かい、中に入ると軍曹が待っていた。
「少尉殿、中尉殿は?起こしに行ったのでは無いのですか?」
「起きなかった……私に指揮をやれと……全く自由な人だ!中尉殿の顔に泥を塗るような行為をしてはならない!戦友諸君!奮戦する事を命ずる!斥候!二〇〇以内に用意し、私に報告せよ!その後出発し、兵力調査を行え!決してバレるなよ!?それから、その他紫丁香花小隊、菫小隊に関しては兵力調査を待て!斥候が情報を持ち帰り、結果が分かり次第新たに指示をする!以上!各小隊速やかに行動を開始せよ!」
「よく指揮できてるじゃないか……」
中尉は深く感心していると
「……中尉殿……ソコソ動こうったって無駄です、んで今回は何してるんですか?」
軍曹に肩を叩かれて話しかけられた。
「あ、軍曹……」
『彼奴ニ少シ学ンデ貰ウ為、指揮ヲ取ラセテイル私ノ存在ハ秘密ニセヨ』
『了解致シマシタ、中尉殿』
いつも通りハンドサインで会話をした2人はそれぞれ命令通り行動を開始した。
まず斥候部隊が臨時本部より出発。敵を目視し、仮キャンプを築いているのを確認。少尉に報告し、命令を仰ぐ。少尉は敵の監視を継続せよとの命令を下達。
『敵装備は軽装備であり、只仮拠点を築く為だけの部隊として、夜間強襲を計画。決行はSquare Eyes本隊が合流次第として決定。』
敵建設部隊が臨時キャンプを築いてから四日後、本隊が合流。その事は直ぐに少尉に伝えられた。
その頃の中尉はと言うと、少尉が執務室を訪れた時には居なかった。そんな時には、書置きが残されている。毎回決まった場所に隠されている。それが執務室にあるソファーの下だ。そして毎回暗号化が施されている。暗号は、二進法で暗号化し、その上から一六進法が施されている。しかし、連邦の士官らは士官養成学校で嫌という程やらされる。
今回の暗号を解くと以下の結果になる。
「少尉へ、今回の全ての指揮は貴官に任せる。私は首都に出向き、彼岸花の連中と話をしてくる。以上。
P.s.見てなかったらどうしよう……減給かなぁ」
という酷い内容(一部)だった。
「中尉殿……怠惰過ぎません?まぁた逃げたよ……ふぇぇ〜……危険手当増やしてもらわないと」
中尉は偶に怠惰である。それにより、少尉は困る事が多々ある。しかし、中尉が怠惰だから部下も怠惰である。従って、つい最近配属された少尉は未だに馴染めないままだった。
そんな少尉は軍曹を尊敬していた。今まで無理難題を押し付けられてきた軍曹は怠惰ではあるがやる時はやるのである。
「軍曹に憧れるわぁ……」
ポツリと一言を執務室から出る途中外で待っていた軍曹の傍で呟いた。
「急にどうしました?少尉殿。らしくないですよ?」
「いや、今まで中尉殿の無理難題をこなして来てるから凄いなぁって……」
「あぁ、そういう事でしたか (苦笑)私も随分、中尉殿に鍛えられたものです。そもそも少尉は来た時から災難でしたもんね。」
少尉はFlow Lineに来た時のことを思い出す。
少尉が部隊の配置先へ向かう列車に乗り、輸送されていた時の事。
「指揮官はどんな人かな……屈強な人?それともか弱くて部下が屈強?もしくは両方?うーん考えても分からないや……教官殿は一先ず馴染めも言っていたし……かなり癖の強い部隊なのでは?」
そんな中、いきなり列車前方が弾けた。その後届いた爆発音に寄って何が起こったか分かった。
『誰かの砲撃だ、攻撃だ!』
……と、しかしそこからは早かった。2発目の砲撃が列車後方に落ちる。
運悪く列車後方の客室に当たり列車は急停車をした。少尉の居る客室に、執務カバンの口が開き、持っていた資料や師団配属承認書等が散乱。外からは銃音まで聞こえてくる。
只事ではないと感じた少尉は護身用に何時も持っている短機関銃AL41を持ち、客室を出る。そこらには“共和国兵士”が倒れていた。しかし、足音がした為後ろを振り返ると、もう間合いは積められており額に拳銃のバレルが向いていた。
そして、連邦語で
「大人しくしろ、投降すれば身の安全は保障する。武器を捨て外に出ろ」
元外交官としての勤めがあり、連邦語を学んでいた少尉は指示に従い外へ出た。出ると多くの兵士が並んでいた。
それは祖国が入り乱れた兵士達が居た。敗戦し逃げたはずの連邦兵、列車に乗っており負傷した共和国兵、民間人等がいた。
しかし連邦兵は負傷した兵士や民間人を治療し、トラックに乗せ、設備の整っている基地へと運んでいた。だが少尉の順番が来ると別に案内された。
案内された先には仮設テントが設けられ、中に入れと言われた。
中はランタンだけが唯一の光源であり、数人の部下らしき人物に囲まれた人がふんぞり返って座っていた。
『な……なんだ……この人……』
すると、突然少尉は本名で呼ばれた。その声を聞き、背筋が伸びた。低く、冷たい声だった。
「ようこそ、我がFlow Lineへ、歓迎するよ」
少尉は一瞬何を言われているか分からなかった。
確かに少尉の師団配属承認書には第三三SA先鋒攻撃師団と書かれていたが……。声も団勢では無く、少女のモモではないか!色々と不思議に思っていると、椅子に座っていた人物(後Xと呼称)は部下を下がらせた。
部下がテントを出る時に差し込んだ光でXが将校である事が分かった。
部下の一人がテントの外に出る時に少尉の肩に手を乗せ、
「頑張れ……耐えてくれ……」
と囁かれ、振り返ると既にテントを出ていた。
部下が全員テントを出たことを確認して一息着くと少尉の方を向き、
「改めてFlow Lineこと第三三SA先鋒攻撃師団へ、貴方の事を歓迎するよ!隊員のほとんどが女性だが気にしないでくれ。」
少尉の頭の上には疑問符が3つほど浮かんだ。
混乱した表情を見せる少尉に対し、Xは腹を抱えて笑い始めた。
「まぁまぁそう無理もない……(笑)。だって共和国の為に来たんだもんね(笑)。ごめんね(笑)」
余りにもバカにされた話し方に少しムッとした。
笑い終わったあと、一つ咳払いをして改めて
「いや〜ごめんごめん、じゃあ説明しようかな、何故君が我が部隊に来たのか、何故我々がいるのか、そして何故列車が爆破されなければならなかったのか……全てね、最後に質問を受け付ける。」
少尉の頭の中は疑問で一杯だった。表情にも出ていた筈だ。しかし構わずXは話を進める。
「我が部隊は共和国に侵攻された連邦兵の敗残だ。しかし我々は、本国からの司令を受けながら行動している。主となる任務は部隊ごとに違うが、共和国のスパイ行為及び破壊工作、現地に置ける元連邦民の兵士への勧誘や反感を持つ共和国兵の連邦兵化の斡旋、そして君の様な新規配属兵の訓練だ。」
少尉はXが言っている事を反芻していたが飲み込めないでいた。Xは更に話を続ける。
「その中でも我がFlow Lineは最も優秀な部隊とされている。主に破壊工作、新規配属兵への訓練、そしてプロパガンダである。君の事はよく知っている。君が何処で何時生まれ、誰に育てられ何処で育ち、そしてどのような経緯で共和国兵になったか全て……ね?」
少尉は驚きの表情を隠しきれていなかった。何故目の前の連邦将校は私の全てを知っているのかと……しかしそれよりも驚くべき真実を聞かされる。
「何故君が連邦兵に拉致され、そして連邦軍配属になったのか……理由は簡単だ、君の両親が連邦国民だからだ。」
少尉の顔は一瞬にして歪んだ。共和国国民として育ってきた少尉にとって驚きの真実だったからだ。
「おや?その様子だと教えられてなかった様だね。君の両親は共和国のスパイ……言わば連邦兵なのだよ……その為君は共和国国籍ではなく連邦国籍になるのだよ。そもそも、記憶が薄い一歳二歳の頃に来たらしいからね、覚えて無いのも仕方が無い。」
混乱する少尉をよそにXは話を進める。
「君は毎月の半ばに手紙を書かされていたね?」
その話を聞きハッとする。毎月半ば両親に手紙を書かされていたのを思い出す。
「その手紙は、会ったこともない親戚に対して書かされていたね?」
確かに知らない親戚に対して書いていた。ただ、名前を聞いても何処に住んでいるか聞いても教えてくれなかった事を思い出す。
「それは毎回決められた文章を先に書かされていたね?それは暗号文を送る時の前置きなのだよ……よって君は毎回連邦に暗号文を書かされていたって訳だ。手紙を書く、そして親が回収し牛乳でとある文字に薄らと丸をつける。郵便に投函し、連邦の共和国の情報集積地へと送られる。そこから連邦の諜報機関へと送られ炙り出しにより丸を出す……暗号文の完成っていった感じかな」
まさかの告白に開いた口が塞がらなかった。
「んで根本的な話、ここから大事だからしっかり聞けよ?口なんか開けてられないからね。」
少尉は生唾を飲み聞くとこにした。
「何故列車が爆破されたのか……理由は簡単だ、共和国から君の存在を消し去る為だ。列車に乗る三日前、人事部門の将兵に会っただろう?彼は我々の味方だ……要は内通者だ。彼はCherry blossomと呼ばれ、両親を共和革命の時に目の前で射殺され恨みを持っているんだ。だから彼は我が連邦に力を貸してくれる。君に接触した際、切符と配属承認書等一式貰った筈だ。それが全ての鍵だ。彼は切符を渡した後直ぐにFlow Lineの通信部隊に連絡、そして作戦を練り列車の爆破を計画。これにより、少尉の死亡演技を行った。そして、君は元の配属承認書の通り我がFlow Lineに来たわけだ、何か質問はあるか?少尉」
少尉は心の中で
『すごい……何故ここまで出来るのだろう』
と思っていた。
「あ!一つだけ……何故毎回死亡者が出ているのに共和国の上層部は手を出さないのでしょう?」
その質問に答える前にXは深呼吸をしてから言葉を発した。
「共和国上層部は現在ハト派とハゲワシ派で構成されている。ハト派3に対してハゲワシ派だ……毎回上層部会議は荒れ、その対応に情報将校らが対応している。だから各地方戦線に配属される人が列車で死のうが戦闘で死のうが別に気にしてなどいない。だから君に切符を渡した彼も捕まらない。まぁ捕まっても、その先に内通者が居るから意味無いんだけどね。」
納得した少尉は込み入った質問をした。
「もし、この部隊を裏切った場合の処罰はどうなりますか?」
「勿論その場で処刑だ。誰が居ようが、敵陣の真ん中であろうが……即刻だ。その時は軍曹と直轄の副官……まぁ今日からは君だな……を連れて行く。」
少尉はまさか自分が部隊の処刑人の付き人になるとは思っていなかった。
「あ、そうそう……困ったら専任の軍曹に聞いてね、そしてビシバシ鍛えてもらいたまぇ〜……という訳で軍曹〜!」
張るような声に驚いていると、テントの中に先程肩に手を置いた人物が少尉の隣に並んだ。
「軍曹!今日から少尉の事を鍛えてくれ、明日から前線でも戦えるようにな!」
「はっ!中尉殿、この軍曹、少尉殿を一生懸命鍛えさせて頂きます!」
ビリビリと少尉の鼓膜に響いた。
「あぁ、軍曹?死なない程度にな?」
笑いがテントの外から起こる。Xが席を立つとテントの外に出た。ようやく顔を見る事が出来た。それはとても綺麗に笑っている少女の顔だった。
「私のことは中尉と呼べ!さぁ、明日から忙しいぞ?お前ら撤収!」
「「「へーい」」」
部下たちの腑抜けた返事に中尉は苦笑いしていた。
それから少尉はゲリラ戦や指揮官としての座学を叩き込まれ、毎日クタクタになってキャンプに戻っていた。戻るとすぐに毎日配給されるパンとパスタを貰い、自室に行く。自室で食べた後、日記を書き歯や顔を洗い寝るという生活を送って今に至る。
少尉は、そのことを思い出してニヤけていた。軍曹はその様子を不審そうに見ていた。
気を取り直して、軍曹は作戦の概要を少尉に伝える。
「正確には分かりませんが、総数2個大隊程、キャンプより一キロメートル地点で接敵、只今哨戒班と即応部隊が展開し遅滞戦闘中!キャンプ地より、現在一個小隊が救援に向かっています!中尉殿は先程、連邦旧首都に向かわれた為不在。戦闘発生と同時に中尉の元へ部隊を送り、キャンプに帰還するようにしましたが着くのは後三時間後。その為少尉殿が指揮権を継承し、戦闘指揮に当たれとの事!報告は以上です!」
「了解した、戦闘の指揮は私が現地で行う!軍曹、私の装備を車庫前まで持ってきてくれ。その間に準備を整える。後キャンプにいる者に命令だ!少数の部隊はキャンプに残し、向かうため、残った部隊と戦闘部隊が必ず連絡が取れるようにする事、そして周囲警戒をする事、以上の項目を情報官に伝えて置いてくれ。」
「随伴部隊は何処の部隊を?」
「夾竹桃(移動通信部隊)とツツジを随伴、装備を軽装戦闘装備とする!」
「了解!皆さーん、お仕事のお時間ですよー!夾竹桃部隊とツツジ部隊は一〇〇以内に外へ集合!装備は軽装戦闘装備!それ以外は待機!周囲を警戒せよ!」
準備を整え、少尉の居る集合場所へ随伴部隊は集まった。その間命令から僅か65秒だった。
バイクが車庫から出され並べられた前に少尉は立った。
「よし、諸君我等の仲間が奮戦している戦闘地帯へ向かうぞ!総員、我等の興廃この一戦にあり!各員一層奮励努力せよ!」
全員がバイクに乗った事を確認し、少尉はサイドカーに軍曹を乗せ、先頭を走る。
一五〇秒後戦闘地帯に到着した頃には少尉の耳に負傷した人が居るという情報が入った。
「直ちにエーデルワイス(医療兵)を呼べ!それから夾竹桃部隊は直ぐに遅滞戦闘している部隊の支援を!それからツツジ部隊は私の直掩に付け!各員行動開始!」
怒鳴り声を上げて少尉は周りの部隊へと連絡していく。
その連絡を聞き、黙々と治療や部隊の支援に移り、仕事をこなす。少尉も戦闘に参加し、ハンドサインを使いこなし命令をしていた。しかし、悲劇は突如として訪れる。
敵の攻撃が止み、死傷者の確認を取っていると突然花火を打ち上げる時に鳴るような音が耳に届いた。
元砲兵の軍曹はその音が砲撃をする時に使う照明弾の音だと分かると突然
「全員、木の影に逃げろ!砲撃が飛んでくる……『ドーン』」
声を張り、警戒を呼びかけたがもう既に遅かった。
着弾したのは五〇メートル先の場所だったが、経験を生かし、軍曹は少尉に伝える。
「今のは観測弾です、これから効力射撃が来ます、その為直ちに負傷兵と医療兵をキャンプ迄下げ、弾薬を補給し、敵砲撃陣地を叩くべきです。」
「了解した……諸君聞いてくれ!先ず夾竹桃部隊が支援をし負傷兵と医療兵をキャンプ迄撤退させる!その間、此方で要求した補給兵が弾薬の補給の為にここへ来る。その為我々はここから二〇〇メートル程後退し、補給を受け敵砲撃陣地を叩く!これは短期決戦をする為の犠牲だ、誰かが欠けても構わず戦闘せよ!各員一層奮励努力せよ!」
そう言うと全員帽子を被り直し、銃を持ち銃先を集わせ
「「「祖国に勝利を!」」」
と叫んだ。
負傷兵と支援部隊が移動する間、観測弾と思われる砲弾が飛んできていた。
負傷兵を下げる様子を見守った後、二〇〇メートル程後退した少尉とその直掩部隊は補給を受け、何度か敵に見つかるものの制圧し裏ルートを通り敵砲撃陣地を発見、明朝に差し掛かる為攻勢をかけるなら今と考え、弾薬が置いてあるテントを先ずは手榴弾で破壊した。
連鎖的に爆発し、周りの宿泊テントにも被害が及ぶ。
「たーまやー」
後ろから不意に大声が響いた。その声の主に驚き振り返ると中尉がふんぞり返って腕を組み、仁王立ちしていた。
「中尉殿!ご無事だったんですね!?」
「もう……本部との密会があったのに何で敵が攻めてくるかなぁ……もしかして内通者?まぁいいや、本部との密会はこれから行ってくる。少尉、後処理はよろしくね」
「は、はい!お気を付けて!」
その後の後処理は、医療兵による敵味方問わずの治療、重体の敵に関しては捕虜としての補償を少尉が読み上げ、承諾して貰い、連邦レジスタンスの基地へと連れて行かれ手厚い治療などを受ける。
後に重体の兵士は共和国兵士から連邦多国籍義勇軍としてレジスタンスとして活動する事になる。
一方、本国からの密使である彼岸花(本国通信隊)が中尉と接触に成功。場所を移しオペラを上演中の劇場へと向かう。黒い中折帽の外側に小さく連邦軍少佐の略綬を付け、黒いピーコートを着た人物(以後黒帽の少佐)と中尉は本国の情報と現地の情報を照合させ、正確な共和国軍の配置や装備、研究内容、そして軍部内政などを伝える。
最後に戦闘時やスパイ活動時に貢献した者に称号と箱に入った勲章が大きな紙袋を手渡され、
「確実に渡すこと。連邦本国からはとても評価されている。これからも頑張ってくれ。」
その言葉と同時にオペラが終了したらしく黒帽の少佐は席を立ち拍手をする。
「えぇ、では少佐殿お気を付けて」
ニコッと笑って席を立ち、拍手をする。ため息をついた少佐と呼ばれた人物は
「……君は変わったな……私の下に居た時にはそんな表情などしていなかったのにな」
「あの時は私もまだ礼儀というのを知りませんでしたから」
「あの時はいくつだった?まだ10代前半だったろう?」
「そうでしたね……最近は部下に疲れを悟られないようにする事で精一杯です。だから笑っていないと……しかも父との約束が有るので……」
「父との約束か……君の父は私の上司、当時は中佐だったか。あの日の戦闘の前、君に会ったな……あの時私達の部隊は突撃を命じられ、中佐殿を先頭に突撃攻撃をする予定だった。君に会った時に中佐殿が『部下を持った時には何時でも笑っていろそうすれば周りも自分の士気が上がる』と……」
「えぇ、そうです。その日から私は笑う事をやめていません」
「その後、兵を集め私と中佐殿は突撃した。その時不運な事に中佐殿が敵の至近弾が着弾し戦死した。ここまでは知っているはずだ。重要なのはここから先だ。一人の医療兵が直ぐに着弾地点に向かった。それは共和国軍の者だった。しかし、出血量が多く中佐殿は助から無かった。だが、手早く敵味方関係なく治療し救っていく様子に私は感動した。その人は今、共和国最高司令部の派遣戦闘武官として首都にいる。秘匿名はEarth Cat。因みに議会にも出ている、ハト派だ。」
「本当ですか……」
中尉は声のトーンを低くして話す。
「現在、彼にCherry blossomが接触を図り連邦側に転がるように交渉をしている。」
その話を聞き中尉は目を丸くした。
「戦争が終わったら彼と会ってみたらどうだね?感謝の心を伝えるのは難しいと思う。いち共和国軍兵士ではあるが君の父親を救おうとした張本人である。実際中佐殿は助からなかったが……気持ちだけはあった筈だ。」
「私はそれ迄に気持ちを整理させときます!」
中尉は少し嬉しそうに微笑んだ。
密会から三週間後、本国への上陸作戦が計画され始めた。近くの連邦支援国の港から輸送艦を出撃させ砲撃をし、上陸船で旧連邦の海岸線に約18万の多国籍軍で上陸させ、付近の都市を制圧。その後連邦に居るレジスタンスと合流し旧首都を奪還する、という計画が出される。決行は6週間後、それは勿論Flow Lineにも届いていた。これをある連邦兵士はこう言った。
〔一九〇三作戦〕と……
Flow Line臨時本部-(場所:不明)
朝のブリーフィングで〔一九〇三作戦〕についての概要が説明された。
「ようやく祖国の地を……死んでった仲間たちの報いが……」
そう一人の元連邦兵士が言うとそれに続いて元共和国兵士が
「早くこんな戦争を終わらせて欲しい……こんな悲惨で歪んだ戦争を……」
と悔しそうに、でも腹の奥底に復讐心が見えるように話した。
多くの兵士がぽつぽつ話し出す。それを中断して中尉は伝える。
「はいはい、おしゃべりはここまでね。この作戦は成功しない限り戦争は終わらないし、例え成功したとしても、後世にこのような歴史を二度と起こしてはいけないことを伝えるべきだ。そのため我々の戦いはこの祖国解放だけではない。祖国解放してからが始まりと言ってもいい。」
その言葉を聞き多くの兵士が涙をこぼした。
「何を泣いている。さぁ手始めに祖国を開放するために武器を取れ!」
勢いの良い鬨の声がキャンプの施設内に響いた。
作戦が立案されてから4日後、共和国派遣戦闘武官であるEarth Catは見事Cherry blossomとの接触に成功し、連邦開放計画を聞かされることになる。元から戦争の早期終結を願うEarth Catは、自分の部下を率い、共和国首都、レーデンで叛旗を翻すことを決定。
そして一つの密約を交わした。
「もし、作戦が完了し連邦が国として再建し共和国が滅亡した時、私を共和国の長としてくれないか?そうすれば必ず共和国を平和な国にしよう」
と話したのである。これに対し彼岸花は了承したとの連絡を送り、ことは増々大きくなっていくことになる。
一方、その間のFlow Line含むレジスタンスは、海岸や海岸近くに展開している師団の調査を開始。
結果、当初から予定されていた海兵師団並びに空挺部隊を使うことを彼岸花は決定。付近のオーデン自由協商連邦国(以後:オーデン)から出発し、上陸先を連邦海岸のルーン海岸とした。各国からの義勇軍も続々と到着し訓練を開始する。レジスタンスなどの抵抗者を合わせると総兵力は三十二万となった。
そして作戦の期限は日に日に近づく。近づくにつれ部下の士気が高くなっていく様子を身をもって感じていた中尉は最後の晩餐と称し、防空壕から秘蔵のワインや食料を山にある倉庫から持ち出し、野外で焚火を囲い、馬鹿騒ぎしながら飲食していた。空には満月が浮かび、星々が瞬いている。
宴も中盤に差し掛かってくるととある兵士が中尉の近くに駆け寄った。
「中尉殿、ここは一曲何か吹いてくださいよ!美しい音色を聞かせて下さい!」
そういって手渡されたのはとローンボーンだった。
「なぜトロンボーンなのですか、中尉殿?」
少尉は不思議そうに中尉の顔をうかがう。
「あれっ、言ってなかったっけ、私が音楽大学主席卒業者だってこと。」
何か引っかかった少尉は過去に見た新聞の内容を思い出す。一つだけ新聞の記事を頭の片隅に記憶していた。それは、十代にも満たない少女が世界最難関の連邦にある音楽大学を首席で卒業したというニュースだ。その時の少尉は、同い年で卒業する人間がいることに関して驚き、少尉自身も努力しようと考えたきっかけになった記事だからだ。
「もしかして中尉殿って過去に新聞に載ったりしてます?なんか見覚えが……」
少尉がFlow Lineに来た時、テントを出てから見た中尉の笑顔は写真に載っていた笑顔と瓜二つだったのを思い出す。
「それは過去の話だ。音楽大学を最年少で卒業したことで新聞に載ったのを少尉に見られていたとは。両親が二人とも音楽家でね、しかも父は陸軍大佐でもあった。その影響もあって私も音楽家の道を志すようになったんだ。当然、両親には反対されたよ。でも、反対を押し切って入学試験にチャレンジした。まぁ、結果が合格だったから仕方なく両親は入れてくれたけどね。そして、類を見ない最年少合格者にみんな驚き、新聞に載ったわけさ。」
少尉は少し無粋な質問を中尉にぶつけてみる。
「じゃあ、なんで中尉殿は軍に入営したのですか?」
「私は入営した時の希望は音楽隊だったんだ。音楽隊は、連邦軍の花形でね、私はちょっとだけ憧れがあった。でも、共和国の侵攻が始まると同時に異動になった。」
「なるほど。戦争が終わったら音楽隊に行くのですか?」
「いや、退役するつもりだよ。その後は、音楽家として世界を周るつもりだよ。」
「じゃあ私は中尉殿が作った曲をたくさん聞きますね!」
そこには二人の笑顔が焚火によって照らし出されていた。
作戦当日、明け方のFlow Line臨時作戦本部は騒がしく、そして緊張に包まれていた。そんな中、最後のブリーフィングが始まる。
「諸君、私の口からこれ以上言うことは無い。君達が、生きようが死のうが、祖国のために戦った戦士として後世に永遠に語り継がれるだろう。私は生きて残るつもりである!私と同じ考えの者は?」
全員が手を挙げ叫ぶ、祖国万歳と。
「では、全員で生きて終わらせよう!祖国に栄光あれ!」
一方、共和国首都のレーデンでは、Earth Catや付随する付近の部隊の行動を開始させていた。叛旗は、連邦軍が侵攻を開始した知らせを受けてから高らかに翻ることになる。
彼岸花では、連邦首相が作戦の許可に署名をしていた。
「大臣、ここでいいんだよね……?署名したぞ、作戦を許可する。必ず成功させたまえ。よい知らせを待っている。」
「はっ、それでは暫しお待ちを。」
署名を貰い、彼岸花からオーデン自由協商連邦国や旧連保にいるレジスタンスに暗号で包まれた連絡が回り始める。
『ヴァイオリンの音色が私と月を傷つける。繰り返す、ヴァイオリンの音色が私と月を傷つける。』
知らせを受けたオーデンにいた連邦をはじめとする各国海軍が出撃。沿岸にある共和国の要塞への砲撃、破壊を開始。この突如として始まった作戦に、共和国首脳部は情報が追い付かず行動に乱れが生じる。
砲撃から数時間後、共和国軍の即応部隊が到着したが、要塞線が破壊され、残っているのは要塞だったものと人間だったものだった。これにより、共和国軍の損害は一万二千人となった。
各国の戦艦の主砲が火を噴く中、ルーン海岸から二キロメートル離れた沖合に揚陸艦がざっと九〇〇艇ほど並んでいた。上陸部隊の第一陣である。主に連邦海兵師団で編成されており、斥候の意味も兼ねていた。
一時的に砲撃の雨が止み、揚陸艦が続々と海岸に向かって出発。上陸を開始する。
上陸した部隊は何の攻撃にも晒されることもなく、安全に上陸。要塞跡へと向かう。
上陸が開始された頃、海兵師団の上を悠々と各国輸送機が空挺兵と護衛戦闘機を伴って進撃を始める。そして海岸近くの都市周辺にある森に降下を開始。次々に解放を始める。
その頃、Flow Lineでは連邦首都に駐留している共和国軍兵士の宿舎への破壊工作及び弾薬庫の破壊工作を開始。中尉がハンドサインで、
〔少尉!爆破ノスイッチヲオセ!〕
と指示を出す。少尉がレバーを捻ると爆発音が周囲の森や町に響いた。異常事態と思った共和国兵士が出てくるが、Lilac小隊が射撃を開始。一つ一つのブロックを制圧し、飛行場も確保する。町全体の制圧が完了すると、通信部隊の夾竹桃がオーデンに秘密通信を送る。
「Flow Lineからオーデンへ、翼の制圧完了。繰り返す、翼の制圧完了。」
数十分後、オーデンから陸軍兵士を乗せた輸送機が続々と着陸し始める。その頃には、Lilac小隊はツツジ部隊を残し、次の制圧地点へと移動を開始する。
一方、共和国首都、レーデンにある軍参謀本部では正確な情報が分からず混乱を起こしていた。そして時が来る。
Earth Catと付属部隊による反乱が発生する。これにより、都市機能が麻痺。首相官邸や陸軍省、参謀作戦本部省などの各省庁、各大臣邸宅が制圧され、首相や大臣などは捕らえられ監禁されていた。
「Earth Catからオーデン、Earth Catからオーデン。首都レーデンの制圧完了。繰り返す首都レーデンの制圧完了。只今より、共和国の主権を臨時的にEarth Catが握る。」
この通信の三分後、共和国臨時政権から共和国軍全体に向けて文章が通達された。
「各共和国軍兵士に通達する。此方はEarth Cat。
君達の軍の首脳部は捕らえられた。共和国が敗戦したのだ。命令である、今すぐに戦闘行動を止め、連邦軍に投稿せよ。繰り返す、連邦軍に投稿せよ。」
通信が終了すると、連邦に駐留している軍は投稿。共和国内にいる兵士はEarth Catに投稿。だが、一部の軍隊は戦闘を継続し、最終的に滅んでいった。
最後に残ったのは第三親衛大隊特殊活動班。通称:Square Eyesだった。彼らは首都レーデンから二〇キロメートル離れた国家議事堂に立て籠り、抵抗。そこにEarth Catから応援要請を受けたFlow Lineが全軍到着する。
議事堂前にはバリケードが設けられ、簡易的な作戦指揮所のテントが近くにあった。作戦指揮所から二〇メートル離れた所には、野戦病院ができており、エーデルワイスが到着して直ぐに治療を始めた。
議事堂への攻撃は、中尉の率いるLilac小隊、Ranunculaceae(キンポウゲ)小隊、Illicium anisatum(シキミ) 小隊が突撃し制圧。残存兵はEarth Catが保護。少尉の率いるAconitum(トリカブト)小隊が外から支援することになった。
議事堂一階は、食堂及び議事堂があり、制圧には時間を要することになった。制圧終了時には三小隊すべてに軽度な損害が生まれていた。
二階は、議員や議長の小部屋、大広間が多く、トラップも数多く仕掛けられていた。
そして、小部屋に突撃したFlow Lineの数名が、投降したSquare Eyesによる自爆によって死傷した。
〈これがFlow Line初の死者だった。〉
爆発した現場から数メートル離れていた中尉は爆破でバラバラになった仲間や敵だったものを浴びる。数メートル前で起こった衝撃的な出来事に中尉は思わず叫んだ。
軍曹と同じ小隊の部下に肩を組まれ、支持搬送で野戦病院まで運ばれる。少女が見た部下の死は余りにも残酷過ぎたのだろう。
指揮権は少尉に継承された。少尉が現場に行くまでの間、二階の制圧と遺留品の回収、死傷者の搬送は終わっていた。
少尉が到着し、最終目標の三階への階段の制圧が始まった。Square Eyesが三階から撃ち下ろす形になっていた。
少尉や軍曹は、この場Earth Catに任せ、議事堂から出て、近くの狙撃スポットを探す。しかし、ほとんどが砲撃で崩れており、瓦礫と化していた。
しかし、瓦礫を積み上げ、狙撃ポイントを作る。これは中尉の教えもあった。
『ダァーン……ターン……ダァーン……』と銃声が周囲の瓦礫に轟き、議事堂の階段付近の敵の頭を貫く。近くに居たSquare Eyesの狙撃兵はすでに制圧されており、反撃を貰うことは無かった。階段付近を制圧した後、見える範囲の敵の制圧もした。
数分後、議事堂内に戻り、首相待機室の扉の横に張り付き、Square Eyesに対し呼びかけを行う。
「こちらは連邦軍だ!武器を捨て投降すれば生命の保障は約束する!繰り返す、武器を捨て投稿すれば生命は保障する!だから抵抗を止めて出てこい!」
すると複数の声が聞こえ、その後、何発かの銃声が聞こえた。そして、中から何人かが両手を上げて出てくる。投降したSquare Eyesである。兵士を拘束し室内を見るとSquare Eyesの指揮官と、階級の高い将兵が五人、床にうつ伏せになって転がっていた。背中には銃創の跡があった。
その後、多くの兵士が投稿した。これにより議事堂が完全的に制圧された。
制圧したことを知らせるために、屋上に行き、連邦の旗を掲揚する。掲揚すると
「「「敬礼!」」」
と遠くから聞こえ、少尉が気付くと付近の人間が全員敬礼していた。少尉は、疲れからかその場で意識が途切れた。
一九〇三作戦は見事成功し、連邦領土は解放された。。共和国軍の損害は死者四六万人、負傷者は一般人を含め五〇〇万人を超えた。連邦側(義勇軍を含む)は死者二四万人。負傷者は二〇〇万人となった。
六か月後、連邦の首脳陣は首都に戻ってきていた。それは共和国との講和条約を締結する為である。周辺の警備はFlow Lineと彼岸花が担当した。
一九××年、共和国と連邦の間でオーリム講和条約が結ばれる。内容は、停戦と領土や賠償金、傀儡政権化することだった。そして六か月後に、別に平和条約を結ぶことで合意した。
六ヶ月後、ニーダール平和条約が締結。これにより、傀儡政権化の解除。領土は戦争前に回復。賠償金は工業地帯の取り押さえだ毛、という事になった。
平和条約の締結が終わった後、Flow Lineの面々が首相官邸に集められた。中尉は精神疾患を患っていたが、薬で治療を受けていた。少尉はそんな中尉を支えながら首相官邸に向かった。
官邸に着くと、勲章を剣が付与された。そのまま、晩餐会が開かれた。
おいしい料理の筈ではあるが何処か味が足りなかった。
「中尉殿、外に出て一服しませんか?」
と少尉が訪ね、部下を全員引き連れて外に出る。外には満月と星々が煌めいていた。
「なぁ、少尉。確か、作戦の前の日もこんな空だったな。この作戦で国民は喜んでいるが、我々は悲しみでいっぱいだ。少尉はどんな気持ちだ?」
「私も同感です。私は……何故生きているのかが不思議でなりません。散っていった兵士達はこれでよかったんでしょうか?」
周囲にいる軍曹や兵士達は目を瞑った。それはとても辛そうだった。
「少尉、私は今とある場所で民間軍事会社(PMC)を経営しようかと悩んでいる。私はどうやら戦いから逃れられないようだ。あの場所で死にきれなかったことを後悔している。どうだ、一緒に来ないか?」
「私は、この命が尽きる最後まで、中尉殿について行きます。」
すると、軍曹も口を開いた。
「もちろん私もついて行きます。中尉と少尉の少女二人だけというのは危険ですからね。お前らも来るよな!?」
そう軍曹が呼び掛けると
「「「おぉー!」」」
と雄叫びが上がった。
「諸君ありがとう、これからもよろしく。もし途中で倒れても簡素な墓しか作れない。人々から忘れられるかもしれない。それでも私についてきてくれるなら一緒に来い!」
そう言うと、中尉は拳銃を空に上げる。
「諸君、無き戦友のために……死者たちに花束を手向け我々は生きよう。」
引き金を引くのと同時にこう言った。
「そうあれかし!」
部下も続いて『そうあれかし』と言い、撃つ。
秋の月の浮かぶ空に乾いた銃声が木霊した。
花の名前 Lilacとアコニチン @NukoLilac1914
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