第92話 【初詣】

「お嬢、到着!」


サングラスの声です。


同時に、浦ノ崎別邸の地下駐車場の門が、開きました。


############################


「地下に、駐車場まであったのか」


「浦ノ崎の自宅に、車を停めるスペースあるでしょ。裏の作業場なら、3台停めれるわ」


(だから、俺には知らせてなかったってことか。相変わらず、規格外の頭脳だな)


「夕方から出かけるわ。それまで、適当な部屋で、仮眠取るなり、しておいて」


############################


夕方に、なりました。


昼過ぎまで曇っていた空が、見事な茜色に、染まっています。


「これは、寒くなるぞ。各自、防寒は十分じゃろうな」


「ええ」


「勿論です」


「ああ。大丈夫だと、思う」


狂子の問いに、佳菜、美香、万九郎が、答えました。


「ランドクルーザー出してもいいけど、せっかく万九郎がパジェロ持ってるんだから、パジェロで行きましょ」


佳菜の一声で、万九郎が運転手になることも、決定しました。


############################


浦ノ崎別邸を出た後、国道204号をしばらく直進、佐代川を越えたところで右折して、今は佐代川沿いに、県道316号を直進しています。


助手席には佳菜、後部座席に美香と狂子が、乗っています。


「初詣なのは聞いたが、どこに行っているんだ?」


「山の寺じゃ」


狂子が、答えました。


「ああ。元寇より昔に、松浦党の最大拠点だったらしいな」


「うむ。私も静も、昔は、そこにおったのじゃ」


「・・静さんとは、名前は聞くが、一度も会ったことがない」


「浦ノ崎を拠点の1つに定めた後、たまに帰ってくる以外、静がどこにおるのかは、私も知らん」


「・・」


「私と静が海に沈めた、巨大宇宙船は覚えておるな?」


「ああ。あれは、忘れようにも忘れられない」


「あれをアラスカ上空に浮かせていた頃、静は、あれの内部に入って、過ごしていたことがある」


「何のために・・と言っても、俺には、分からないのだろうな」


「うむ。じゃが、あの宇宙船はラプータ(Laputa)という名前じゃ」


############################


「この先で佐代川を渡り、小学校の下で左折、しばらく行って、また左折すると、あとは一本道を登るだけじゃ」


狂子が、指示しています。


############################


狂子の指示通りに進んでいくと、集落がありました。


「ここを過ぎると、森林の中の一本道を、ひたすら登るだけになる」


狂子が、言いました。


############################


午後6:30に出発したため、もう車の外は、真っ暗です。


車のワイパーを少し、作動させました。


「寒く、なってるな」


「うむ。松浦領は、日本のほかの土地とは違い、温暖化の影響を受けておらん。外はおそらく、-5℃くらいじゃろうな」


############################


ヘッドライトに照らされて、何か動物の目が、赤く光りました。


万九郎は、パジェロをいったん停めます。


「タヌキの親子じゃな」


「アライグマとは、見た目で違うな」


「うむ。タヌキはおとなしいからの」


「タヌキですか?」


美香が、言います。


「ああ。あそこにいる」


「わぁ、可愛い」


「可愛いわね」


万九郎は、女性が何かにつけ、「可愛い」という気持ちが、理解できませんが、女性はそんなものなのだろうと、思っています。


############################


「ん!?」


「どうしたの?」


「地面が凍結してる。タイヤにチェーンを巻くから、待っていてくれ」


「はい?スタッドレスは?」


「そんなハイカラなものは、載せていない」


############################


万九郎は、トランクからバンパーとチェーンを取り出すと、1つ1つのタイヤに、丁寧にチェーンを巻いています。


女性陣は当然、車の中です。


ココアを飲んで、温まっているようです。


############################


パジェロを再発進して、5分ほど経ったとき、


「そこで、車を停めよ」


狂子が、言いました。


「ここからは、歩きじゃ」


############################


狂子を先頭に、真っ暗闇の中を、歩いて行きます。


全員が、魔導で目を強化しているため、当たり前のように、歩いて行きます。


「雪・・」


美香が、言いました。


「ここは下界とは、気温が10℃近く、違うわ」


「ここに住んでおった頃は、今より少し、暖かかったのじゃ」


「なんで支配者が、不便な山の上に、住んでいたんだ?」


「当時は、山城が普通だった。支配者が山の上に住むのは、当たり前だったのじゃ」


「常識は、割と簡単に変わる。おぬしの子供の頃と今とでも、常識に齟齬があるじゃろう」


「そう言われれば、心当たりはあるな。小学校は木造で、学校に冷暖房がないのは、当然だった」


「そうね。だから今の子が恵まれているかというと、そうでもないわ」


「昔の方が、逞しかったような、気がします」


4人が、時々話をしながら、雪の山道を、登って行きます。


############################


「お、着いたのか?」


「これは、後世に建てられたものじゃ。昔は、ここら一面、畑じゃった」


「畑?」


「支配者と言っても、我らが必要になるのは、有事だけじゃった。今のように、政治的な力で支配するシステムも、そのような常識も、無かったのじゃ」


「だから、支配者と言っても、できる限り自給自足し、足りない物があれば、獣を狩って、里で交換しておったのじゃ」


「・・」


「この階段の上が、当時の住処じゃ」


狂子が指さした先には、石で、とりあえず階段にしたものが、ずっと上まで続いています。


「これ歩いて登るのは、いくら俺たちでも、今のコンディションでは危険だろ」


万九郎が、そう言って狂子たちの方を見たとき、女性陣3人は、すでに飛翔術で、上に向かって飛んでいるところでした。


############################


急な階段の上に、着地します。


粗末な建物らしきものが、いくつもあります。


狂子は、その中の道を、ためらいなく歩いて行きます。


少し開けたところに、出ました。


「ここは?」


「墓地じゃ」


「墓?」


「ここに、こうしておると、あの頃に、私と共に生きて、働いて、結婚して、子供が出来て、人生の盛りを迎えたと思ったら、歳を取って死んでいった者たちの顔や声が思い出される」


「・・」


「次や、次の次の転生までは、誰が誰か分かるのじゃが、今となっては、思い出だけが、残っておる」


「死なぬということは、一緒に生きた者たちに、無数に先立たれるということでもある」


「あそこに鐘つき堂がある。万九郎、おぬしはあそこで、鐘を108回、鳴らすのじゃ」


是非もありません。


万九郎は、雪が降る中で鐘を鳴らしながら、年を越したのです。


############################


帰りは、あまりの吹雪に、4人全員がパジェロの中で、夜を過ごしました。


そして、初日の出です。


「相変わらず、美しい」


「はい」


「そうですね」


「ああ。ここは初めてだが、感動している」


############################


その後、浦ノ崎まで戻って、宮地嶽神社に、4人と巫女さんたち、サングラス数人で、初詣に行きました。


############################


皆さんの年越しの予定は、いかがですか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る