【ヨドバシ】
7月11日。
土曜日。
午前3時54分。
「困ったなあ」
万九郎は、机に向かって作業をしている。
今の仕事(海水浴場の監視員)とは関係ない。
Microsoft OfficeのAccessを使ってVBAの開発をしているのだが、どうにもうまく行かない部分がある。
万太郎は、情報工学の大学院を修了し、マスターを取得した。
「だからってさ、何でもできるって訳じゃないんだよなあ」
今回の仕事は、松浦佳菜様からの依頼による。世界的に極めて高度な技術を使用するとあって、特許の絡みがあるのだ。
要するに、外に売る案件じゃないから、特許料を払うのは割に合わない。万九郎が自分で、その部分を開発しろと、そういうわけなのだ。
だが、万九郎が使っているPCは、院に入る前にアルバイトして買った年代物。
つまり、安物だわCPUは遅いわ、メモリは足りないわ、まだHDD使ってるわで、せっかくコードを書いても、動かすまでに時間がかかりすぎる。
いくら万九郎が開発者として優れていても、1発でバグ無く正常に動作させるのは、コードの複雑さから言って、不可能なのである。
「無駄に根を詰めるのも毒だな。寝るか」
万九郎は、寝た。
##################
7月11日。
土曜日。
午前7時53分。
万九郎は今日、福岡に行く事を考えている。
未明までの開発作業で、今使っているPCのスペックが、万九郎が考えた解決策の実装には、どうにも足りなかった。
そこで、一念発起、強力なPCを手に入れたい、そう考えている。
万九郎は、電話を掛けた。
「トゥルルルルルン♪」
「はい?」
「万(ヨロズ)万九郎です」
「あら?」
「今日実は、頼みたい事がありまして」
今日、ティナはシャルことシャーロット・ド・マ・ツーラの自宅で世話になる事になった。
もちろん、心配事はある。シャルのプライベートに晒されて、ティナが変になる事だ。
「変って何よ!私だって、仕事とプライベートの区別は付けてるわ!」
考えてみれば、当然の事だ。
万九郎のターゲットは、JR博多駅博多口にある、万九郎のような技術者にとっての娯楽の殿堂、ヨドバシカメラ。そこへ行って、スーパーハイエンドなPCを手に入れる事た。
「やってやるぜ!」
今回は伊万里までは車で、そこから先はJRを使う。
伊万里までは、前回と同様、国見トンネル経由。
駅前のAEONに車で乗り付けると、そのまま鍵を掛けて、三菱パジェロを駐車場に放置した。
伊万里には駅が2つある。1つは、おっぱいが大きい西浦ありさちゃんがマスコットキャラをやっている松浦鉄道伊万里駅、もう1つはJR伊万里駅だ。
さっそくJR伊万里駅まで歩き、自販機で切符を買った。
改札を通る時にいた駅員は、くたびれたおっさんだった
おっぱいが大きい女の子がやってる松浦鉄道の伊万里駅とは、大違いだ。
前回、虹の松原まで三菱パジェロで行った時とは違って、海沿いで美しい島々が見られた沿岸ルートとは違い、JRの路線は内陸と低い山ばかりで、詰まらなかった。
JR唐津駅に、着いた。
少し待ち時間があったので、改札を出て右手の出口から出てみた。
最近ようやく三菱パジェロを手に入れたが、基本電車に乗らない万九郎にとって、JR唐津駅の駅前は初めて。
思った通り、昔の大店法の結果、商店街と言えそうな所は無かった。
全国の地方都市で見られるシャッター街だが、佐世保はそうではない。
「思っった通りか。さて、駅に帰るかな」
駅の外から入れるRAWSONがあったので入ってみた。缶コーヒー、というかカフェオレを、もちろんSuicaで買った。
万九郎は、カフェオレが好き。ブラックは嫌い。
辛いラーメンなんかも、ただ辛(ツラ)いだけなのに、何が良いのか分からない。
「さて、行くかな」
博多空港行きは3番線。階段を風のように爽やかに駆け上がる。
もちろん、JR唐津駅からの眺めは初めてなので、ついフラフラしてしまう。
ホームの端の方まで、いつの間にか行っていた。
すぐに、福岡空港行きの電車が来た。
最後部車両に、なんとか乗車した。
「うっわ。ガラガラと言うより俺1人かよ」
万九郎は、車両中央付近の右側シートに、どっさりと座る。
その方が、玄界灘の絶景が、一望できるからだ。
電車が、発進した。
暫くすると、この前のミッションで来た虹の松原の森林が見えて、何故か得をした気分になった。
##################
JR虹ノ松原駅の次、JR浜崎駅に着いた。
ここから先、県境を越えて福吉駅あたりまでは、玄界灘の素晴らしく青い海と島々が、対面の窓から良く見える。
「いい眺めだ。JR九州の沿線でも、この眺めは屈指だろうな」
万九郎は、観光目的の旅行というものを、やったことがない。
両親は万九郎を、一度も旅行に連れて行ったことが無かった。
理由は知らないし、今ではどうでもいいことだが。
JR筑肥線は、福吉駅を過ぎた辺りから、やや内陸寄りの路線になっている。
万九郎は、眺めが退屈になると、最近のことについて考え始めた。
##################
佳菜経由とは言え、仕事は割りと順調に入って来ており、経済的には以前より、かなり楽になった。
ティナとの生活も、ティナが佐世保の総合病院にボランティアに行くようになってから、前より気楽になってきた。
万九郎は、ティナが好きだ。
あれほど美しく、あれほど純粋な女性がいることが、奇跡に思えている。
ティナと一緒に家で生活できることを、心底嬉しく思っている。
その一方で、万九郎も27歳の男である。
性欲は当然、ある。たぶん、性欲は強い方だと思う。
だから、大宮で会った高塚真里と、川口のアパートで一晩やり通したように、機会があれば、やることはやる。
だが、ティナと一緒にいると、そのような欲望は一切、湧いてこない。
それで充実しているし、仕事もうまく行っているのだから、これでいい。
万九郎は、そう思った。
##################
筑肥線随一の不人気駅、筑前深江駅を、いつの間にか通過していた。
大入(ダイニュウ)、一貴山(カズキヤマ)、筑前前原と、時間は穏やかに過ぎて行った。
その後も、周船寺、九大学研都市、姪浜と、万九郎のたった1人の旅は順調だ。
なんだか、暢気な気分になってきた。
電車も地下に入り、いよいよ大都市感が漂ってきている。
その後、大濠前、天神、中洲、祇園と通過して、いよいよ市営地下鉄博多駅に到着する。
博多駅のホームからエレベーターに乗り、改札を通って、さらに階段を上ると、地上に出た。
「えーと、ヨドバシは、博多駅出口だな」
左手に向きを変えて歩いていると、パンの匂いがしてきた。
「クロワッサンか」
右側をチラッと見ると、トランドール。
客がいっぱい入って、なかなかに評判のようだ。
さらに歩くと、JR博多駅博多口を出た。
「ここからは、右の方向だな」
右向きに進路を変え、しばらく歩き、今度は右、そして左に進路を変えると、ヨドバシカメラが左手に見えてきた。
「いよいよ、ヨドバシ到着かあ」
もちろん、万九郎がヨドバシカメラを訪れるのは、人生初である。
ワクワク感が、絶頂に達した。
そして、ヨドバシの入り口。
右手に歩いてエレベーターに乗り、目指すは5階。
PC専門フロアが、そこにあった。
「おおっ」
溢れんばかりの白、溢れまくる清潔感。
そこには、まさに万九郎が憧れ続けてきた、PCの殿堂があった。
万九郎のターゲットはズバリ、ThinkCentreの最新版だ。
しばらく、うろうろ歩いていると、見つけた!ThinkCentreの棚。
さっそくお目当ての製品を見てみると、スペックは素晴らしい、素晴らしいのだが、万九郎の寂しい財布には、厳し過ぎる。
よろよろと、その場を離れた万九郎は、そのまま左手に行った。
そこには、煌びやかなショウウィンドウの上に置かれた、様々なノートPCがあった。
目指すは、パナソニックのレッツノートCF-R!スーパービジネスマン達の憧れの的だ。
スペックはThinkCentreほどではないが、仕事ができる証として、万九郎はずっと憧れ続けてきたのである。
でも、さっきのThinkCentreほどではないものの、値段が高過ぎる。
ここに来て、万九郎は、すっかりガッカリしてしまった。
「そんなあ」
トボトボと歩いて、エレベーターに乗り、万九郎はヨドバシカメラを後にしたのだった。
そのまま、万九郎はJR博多駅に戻ると、地下鉄に乗って、帰って行った。
途中通過した駅のことは、良く覚えていない。
ふと万九郎は、気付いた。
朝から、何も食事を摂ってない。
ちょうど、次の駅についたところだ。
万九郎は、急いで電車のドアから、ホームに降りた。
地下鉄西新駅。
左手の階段を上って、地上に出た。
そこから道を渡ると、活気のある商店街に出た。
「いいなあ、住むのに良さそうだな。まあ佐世保に自宅があるから、いいけど」
そのままずっと歩いて行くと、右手に中華料理屋が、見えてきた。
さっそく、その店に入る。
テーブル席に座ると、メニュに色んな料理が並んでいる。
「ほぉ、これはなかなか」
どの料理も、値段が手頃だ。
しばらくすると、テーブルに中華系の、可愛くてオッパイが大きい女子が、近づいてきた。その子に言う。
「とりあえず、ビール」
やった!万九郎はサラリーマンになったことが無いので、この「いかにもデキル」パワーワードを使ってみたくて、しょうがなかったのだ。
もう一品は、海老の卵とじを、選んだ。
中国語で芙蓉と、呼ばれている物である。
食事は、とても美味しくて、素晴らしかった。
その後、別の通りをふらふら歩いていると、何やら楽しそうな店がある。
PCの中古ショップのようだ。
「ふぁんふぁんショップ❤」
何やら、頼りなさそうな名前の店だが、とりあえず入ってみた。
1階に、可愛くてオッパイが大きい、綺麗な店員がいた。
「いらっしゃいませ。本日は、お目当ての商品など、ございますでしょうか?」
万九郎は、とりあえず大まかに、目的のノートPCについて答えた。
「では、こちらへどうぞ」
2人は、2階に上って行った。
「さ、この製品です!」
紹介された製品は、パナソニックのレッツノートのハイエンド機より、圧倒的に性能がいい、HP c17-ck。
「やった!これで、佳菜の無茶な要求に応える、最大限の性能を実装できる!」
これを聞いた女の子も、
「お客さまなら、いつでもパーフェクト!最大限に私の欲情を刺激する、お仕事が決定ですね!」
彼女はそう言うと、
両手でミニスカートの裾をたくし上げ、股間を前に突き出すようにして、
「私、この後暇なの。近くのラブホテルはいかが?それとも、その辺の影になってる階段でセックスはどう!?」
「お陰様で、間に合ってます」
万九郎は、さっと身を返すと、階段を走って下りて店から出た。
正直、ドキッとした。
「誘惑に乗って万が一、佳菜やシャルに知れることになったら、恐ろしいことになるし・・」
それ以上に、ティナが待っている佐世保に、早く帰りたかったのだ。
##################
そのまま、小走りで歩いていると、地下鉄の駅があった。
福岡市営地下鉄藤崎駅。
さっそく階段を降りると、改札を通って、ちょうど来ていた地下鉄に飛び乗った。
その後は、唐津、伊万里、そして国見トンネル経由の佐世保帰りと、全てが嘘のように上手く行った。
午後5時過ぎに、自宅に帰宅。
「ただいまー」
「おかえりなさい。どうだった?」
「いいものが買えたぞ。行って良かった」
「それは良かった。ご飯の用意できてるわよ」
「おお、さっそく頂こう」
##################
今日は平和でしたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます