【松原】
「遠いーーーっ!」
それが、俺の第一声だった。
##################
元々、噂は聞いていた。
佐賀県のどこかで、魔森化が起こったって事は。
魔森化ってのは、佐世保海自の小此木三佐によれば、森の魔素が限界を超えて濃くなって、ダンジョン化を起こしている現象との事。魔物の数が増大し、限界を超えると、俗に「スタンピード」と呼ばれる、ダンジョン外への魔物達の爆発的「脱獄」が発生し、周囲の自治体が崩壊する。
スタンピードとは、単なる「人波(ヒトナミ)」の事であり、明らかにシロウト用語である。恐らく、マスメディアか電通の誰かが、英語を話せるフリをして喧伝したのだろう。
一方、「脱獄」は、日本語として正しく、英語の「Implode (Implosion)」は、現象として正しい。そもそも「Implode」とは機械系の「内破」の事であり、仕組みとしても正しい。よって、松浦佳菜麾下の平戸唐津松浦藩の主力は、US Navy並びに海上自衛隊と共に、「脱獄(Prison Brake)」、あるいは「Implode」を採用している。
7月6日。
木曜日。
午前9時46分。
今日も暑い。
そんな中、俺は松浦家の佐世保別邸に急いでいた。
そもそも、朝早くに松浦佳菜様から電話が来たのだ。俺のiPhoneに。
「私よ。緊急事態発生!至急、佐世保の別邸まで、来なさい」
自分の名前も名乗らず、こちらが誰かの確認もしない。
まぁ聞いてはいた。松浦家ってのは、魏志倭人伝の頃のクニの格やら、それ以降の日本という国の歴史の中で果たして来た役割によって、貴族で言えば「公爵」、つまり天皇一族にとって、義理とは言え身内という、とんでもなく尊い身分に到達した家らしい。
俺みたいな平民、しかも無職なんて、拾った犬程度の扱いでも仕方ない。たまたま、佳菜の佐世保の別邸が、俺の実家の近くだったから、幼馴染みをやらせて貰った程度で、二位田原一佐に拾われてからは、音信不通だったしな。ついこの前に、海水浴場のバイト案件を、無職で惨めな俺を憐れんで、紹介してくれたに過ぎない。
おっと、今の俺は、そんな事で卑屈になったりはしない。ティナという、とても可愛い彼女が出来たからな。俺にも彼女、略してYOKで嬉しくて止まらない。
ティナのためにも、いい仕事貰ってくるぜ。
そんな訳で、松浦家の佐世保別邸(本邸は平戸にある)まで、ムフフと急いだのだった。
「この別邸で貴方と会うのも、久しぶりね」
「ああ。あの頃は、こんな偉い人とは知らず、思えば失礼な口の利き方をしたと思う」
「いいのよ。貴方が1つ歳下で、私もちょうど、弟が欲しかったから」
「そうか、それは良かった。それで、早速だが、電話した件について、詳細を知りたい」
「何か佐賀のどこかがヤバイってのは、一応聞いてはいる。山の中って事は大川内?それとも有田?」
佐賀の町の中で、かなり山っぽく、従ってあやしい名前を、2つ挙げた。
「普通なら、そう思うわね。でも残念。唐津よ。唐津の、虹の松原」
という訳で、冒頭に戻るって訳だ。
##########################
佐世保と唐津と言うと、Google Mapでは、確かに近く見える。だが、それは勘違いだ。直線距離じゃないんだ。間に伊万里って言う、小さな町だってある。車だと2時間は余裕で掛かるから、関東で言えば、JR東京駅からJR高崎駅に匹敵する。俺が、半ば呆れていたのも、当然というわけだ。
「事態は切迫してるわ。もう今にも内破して、周辺の市街地に雪崩れ込みかねないの。直ちに、車で現地に向かって」
「軍用機とか軍艦は、使えないって事か」
「こっちは兎も角、唐津には軍港も空港もないわ」
「分かった。こんな時に聞きにくいんだが、報酬は、どれくらい期待できる?生まれて初めて彼女が出来て、出来れば贅沢って程じゃないにしても、喜ばせたい」
「ティナの事なら、既に温泉の件で報告してもらってるから、了解してるわ。あの温泉は、「将来性有望(Good Prospect)って報告が上がってるし、ウチとしても投資先として、優先的に検討するつもりよ。ティナは功労者なんだから、それなりに報いることは、約束できるわ」
「マジかよ」
「それに、ティナの事は、人事調査を進めてて、良いわね、彼女。何か、今は特定できないけど、不思議な素質があるみたいね」
「マジか。凄いのか、それ?」
「今は、断定出来ないけど、貴方でもできない事が、できる可能性があるわ」
「そりゃスゲエ」
「それに、彼女を実際に見てみたけど、綺麗で可愛いわね。本当に」
「お前が女を褒めるなんて、珍しい、のか?」
「そんな事、ないわよ。それはいいとして、あの子は背も低めで、本当に可愛いわね」
「そういや、そうなのか?お前は、確か168cmだっけ?ティナには聞いた事ないけど、162cmくらいかな?」
「その通り。私が女としては背が高いから、まるで妹みたいな印象を持ったわ。現実に、そうなってくれたら、嬉しいけど」
「おう!お前にも気に入られたンじゃ、なおさら無下に出来ないな。よし!今回の件、受けたぜ」
「良かったわ」
「じゃ、行ってくる」
「貴方に武運の、あらん事を」
############################
自宅に帰った俺は、今日受けた仕事について、ティナに報告した。
「昨日の今日で、一緒に居られなくなって、本当に済まん。代わりに、発注元の話によれば、それなりに稼げるらしい。期待して、待っててくれ」
「私はエルフだから、せいぜい精霊魔法と弓ぐらいしか出来ないから、行っても足手纏いになる。白猫プロジェクトやって、待ってるわ」
ティナは、ニコニコ笑いながら、そう言った。
投け無しの貯金引き下ろして、佐世保のdocomoショップで、iPhoneを買ってあげたんだった。そうだよな、白猫プロジェクトは面白いよな?(必死w)
「じゃ、行ってくるぞ!」
「ええ!」
暗がりから車庫(ガレージ)を、開ける。
パジェロの中にまで、光が差し込んで来る。
「ガシャ」
45年物らしい、錆と鉄の臭いがする。
鍵穴を回して、ゆるりと、ドアを開ける。
パジェロの中に乗り込むと、さっそくハンドル中央にキーを差し込んだ。
いい具合にエンジンが掛かり、三菱パジェロが自宅の外に、走り出した。
「目的地はまず、国見トンネルだな」
##################
プッブップーと、パジェロは走る。
「当然、国見トンネル行くんだけど、トンネルの佐世保側は何つーか、距離的に短いと言うか、窮屈感あるんだよな」
三菱パジェロは当然、この程度の坂道は物ともしない剛性を発揮し、国見岳をグングン攻略して行く。
国道498号線バイパスを、福泉寺、労災病院、菌ちゃんふぁーむwと経由して、順調に高度を上げている。
乗ってる三菱パジェロのフロントウィンドウが、いきなり暗くなった。
「はい、トンネル入りと」
「平戸大橋みたいに海峡と大きな吊り橋の組み合わせなら、"Wow spectacular!"な見応えあるんだけど、ひたすら土の中潜ってるとか、モグラかよwww」
トンネルの出口を示す小さな光が、段々と大きくなったと思ったら、パジェロのフロントウィンドウが、あっという間に光の固まりになった。
「はい。トンネルの、おわーりー」
##################
万九郎は、意外かどうかは置いて置くとして、時代劇が好きなのだ。
##################
国見トンネルの伊万里側は、割と見晴らしが開けている。
目の前が道路だけなのは、その通りなのだが、向こうの山々が、向かって右側に見えて、自分が走っている高さが、想像できるのだ。
「単なる目の錯覚で、直ぐに慣れるんだけどな」
その後は、岳の棚田、ルンビニー幼稚園のひまわり畑、正一位岩ノ森大明神などを経て、伊万里の郊外へと、緩やかに下りて来た。
その後、三菱パジェロは、少しだけ大きな川の橋を越え、国道204号線のバイパスに合流した。
その後は、バイパスの左車線を、ずっと走る。
左手のマクドを過ぎて、一気に北方向に走る。伊万里の市街地には、寄らない。
「伊万里かぁ。昔玉屋が有った頃は、来る事も有ったんだけどなあ」
玉屋は、北部九州を拠点とし、九州の高島屋とも呼ばれている百貨店である。
福岡の百貨店の盟主、岩田屋や井筒屋と、並び称されていた事もある。
三菱パジェロは、国道204号に戻って、黒川を通過した。
小さな島が、幾つも浮いている。
トンビやウミネコが飛んでいて、長閑な雰囲気だ。
「あそこは今、造船所になってるけど、昔は七ツ島って言う名前の島々だったんだよなぁ」
「伊万里湾の色んな所から、漁師達が集まって来てた。貝掘り場としても、皆んなの大事な場所だったんだ。それなのに」
殺風景な造船所は、直ぐに見えなくなった。
ゆっくりした多島海の景色が、相変わらずに、続いている。
「まだ国道204号だけど、海の近くを車で走るのが、好きなんだし」
と言うわけで、玄海町、名護屋、呼子を経由した。
いずれも興味が有る場所ばかりだったが、今回の目標から少し離れているため、通り過ぎるたけに留 (トド)めた。
国道204号、国道382号、さらに国道202号と道路が切り替わり、左手にJR虹ノ松原駅が見えてきた所で左折すると、間もなくJR筑肥線との踏切に来た。
##################
踏切より先、道路を挟むように、松が森になっている」
「いやー、来ちゃったね」
走って来た県道270号線が、別の県道347号線に突き当たる。これが別名、虹の松原線である。
「ここは左に曲がるのが、定石なんだけどな、楽だし。でも、右の方が臭いんだよな」
もちろん、何かが臭う訳ではない。
二位田原一佐の指示の下、血の滲む本人の努力、徹底的に叩き込まれた基礎と応用、並びに、それらに基づいた熾烈な実戦を通じて、万九郎の強力な精神と強靭な肉体、および古代魔法まで再現する最強の魔法は、時に人に不可能なモノを見て、感知する事を可能にする。今回も、恐らくそれだろう。
「という訳で、右。なんかさ、微妙に深くなってるだろ、森が」
虹の松原線に、入る。
それから、東方向に車を走らせているが、すれ違う対向車が1台もいない。
「さっきから、ダンジョンに入ってるな」
走れば走る程、魔素が濃くなり、昼間にも関わらず、上空は闇々として来た。
左に曲がる1車線だけの道があった。
「ここからだな」
当然、左折する。
左右に、無数の鈍く、小さい光が現れた。魔物であるゴブリンやコボルトの目が、光っているのだ。
「何万匹居やがるんだか。そんなお前らには、これだ」
「ドス、ドス、ドガガ!」
三菱パジェロが、魔物達を次々と、無差別に轢き殺していく。
「ゴブリンは、とにかく醜い。コボルトは歩行が二本足ってだけの、全身体毛だらけの犬」
この、醜悪なだけの魔物どもが、人間には問答無用の殺意を向けて来る。
パジェロが鈍い音を立てるたびに、魔物どもが数体以上巻き込まれ、死体になっている。万九郎に、魔物どもへの同情や憐憫と言った、ふざけた感情は、一切ない。
「松浦佳菜の情報通り、内破が近い。保(モ)ってくれよ、パジェロ」
直進に加え、急激なバック!ドリフトからの横アタックなど、知る限りのドライビングテクニックを駆使して、魔物どもを薙ぎ払って行く。
「殲滅、完了!」
死体の山は、どうせ消え去るのだから、放置する。
「今のエリアは?『虹の松原森林浴の森公園』?」
Google Mapが、嫌になるほど正確な情報を知らせて来た。
「今のエリアは、オークどもが血の海に沈む公園だな」
オークは身長2メートル超える、二足歩行のブタある。
そのブタの魔物が何千匹と、隣の町である浜崎方面に向かって爆走している。
「車でチンタラ潰してても、間に合わんな」
万九郎はパジェロを止めると、範囲魔法の準備を始めた。
「浜崎の手前と海岸側と、線路に沿った地域を、閉じる」
「良し。行くぞ魔法 Req eeM!」
虹の松原の東側1/3のエリアが、強烈な、秩序立てられた魔素で包まれ、一瞬の後に魔素の黒い光は消失した。
##################
三菱パジェロが、浜玉ジャンクションから西九州自動車道に入っている。
「午後3時半過ぎかあ。思ったより、遅くなった」
もう少し粘って、ティナに土産を買っていく事も考えたが、あの年頃の女の子が喜ぶような物が、思い付かなかった。
結局、実家の近くに在るファミマで、ラクトアイスとかチョコクッキーを買うことになりそうだ。
「早く、帰りたいな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます