第7話【松原】

「遠いーーーっ!」


それが、俺の第一声だった。


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元々、噂は聞いていた。

佐賀県のどこかで、魔森化が起こったって事は。


魔森化ってのは、自衛隊の小此木3佐によれば、森の魔素が限界を超えて濃くなって、ダンジョン化を起こしている現象との事。魔物の数が増大し、限界を超えると、俗に「スタンピード」と呼ばれる、ダンジョン外への魔物達の爆発的「脱獄」が発生し、周囲の自治体が崩壊する。


スタンピードとは、単なる「人波(ヒトナミ)」の事であり、明らかにシロウト用語である。恐らく、マスメディアか電通の誰かが、英語を話せるフリをして喧伝したのだろう。


一方、「脱獄」は、日本語として正しく、英語の「Implode (Implosion)」は、現象として正しい。そもそも「Implode」とは機械系の「内破」の事であり、仕組みとしても正しい。よって、松浦佳菜麾下の平戸唐津松浦藩の主力は、US Navy並びに海上自衛隊と共に、「脱獄(Prison Brake)」、あるいは「Implode」を採用している。


7月6日。

木曜日。

午前9時46分。


今日も暑い。

そんな中、俺は松浦家の佐世保別邸に急いでいた。

そもそも、朝早くに松浦佳菜様から電話が来たんだ。俺のiPhoneに。


「私よ。緊急事態発生!至急、佐世保の別邸まで、来なさい」


自分の名前も名乗らず、こちらが誰かの確認もしない。


まぁ聞いてはいた。松浦家ってのは、魏志倭人伝の頃のクニの格やら、それ以降の日本という国の歴史の中で果たして来た役割によって、貴族で言えば「公爵」、つまり天皇一族にとって、義理とは言え身内という、とんでもなく尊い身分に到達した家らしい。


俺みたいな平民、しかも無職なんて、拾った犬程度の扱いでも仕方ない。たまたま、佳菜の佐世保の別邸が、俺の実家の近くだったから、幼馴染みをやらせて貰った程度で、二位田原1佐に拾われてからは、音信不通だったしな。ついこの前に、海水浴場のバイト案件を、無職で惨めな俺を憐れんで、紹介してくれたに過ぎない。


おっと、今の俺は、そんな事で卑屈になったりはしない。セレスという、とても可愛い妹さんが出来たからな、。俺にも彼女、略してYOKで嬉しくて止まらない。

セレスのためにも、いい仕事貰ってくるぜ。


そんな訳で、松浦家の佐世保別邸まで、ムフフと急いだのだった。


「この別邸で貴方と会うのも、久しぶりね」


「ああ。あの頃は、こんな偉い人とは知らず、思えば失礼な口の利き方をしたと思う」


「いいのよ。貴方が1つ歳下で、私もちょうど、弟が欲しかったから」


「そうか、それは良かった。それで、早速だが、電話した件について、詳細を知りたい」


「何か佐賀のどこかがヤバイってのは、一応聞いてはいる。山の中って事は大川内?それとも有田?」


佐賀の町の中で、かなり山っぽく、従って妖しい名前を、2つ挙げた。


「普通なら、そう思うわね。でも残念。唐津よ。唐津の、虹の松原」


という訳で、冒頭に戻るって訳だ。


佐世保と唐津と言うと、Google Mapでは、確かに近く見える。だが、それは勘違いだ。直線距離じゃないんだ。間に伊万里って言う、小さな町だってある。車だと2時間は余裕で掛かるから、関東で言えば、JR東京駅からJR高崎駅に匹敵する。俺が、半ば呆れていたのも、当然というわけだ。


「事態は切迫してるわ。もう今にも内破して、周辺の市街地に雪崩れ込みかねないの。直ちに、車で現地に向かって」


「軍用機とか軍艦は、使えないって事か」


「こっちは兎も角、唐津には軍港も空港もないわ」


「分かった。こんな時に聞きにくいんだが、報酬は、どれくらい期待できる?生まれて初めて彼女が出来て、出来れば贅沢って程じゃないにしても、喜ばせたい」


「セレスティーナ・ラムポワーズの事なら、既に温泉の件で報告してもらってるから、了解してるわ。あの温泉は、「将来性有望(Good Prospect)って報告が上がってるし、ウチとしても投資先として、優先的に検討するつもりよ。セレスティーナは功労者なんだから、それなりに報いることは、約束できるわ」


「マジかよ」


「それに、セレスティーナの事は、人事調査を進めてて、良いわね、彼女。何か、今は特定できないけど、不思議な素質があるみたいね」


「マジか。凄いのか、それ?」


「今は、断定出来ないけど、貴方でもできない事が、できる可能性があるわ」


「そりゃスゲエ」


「それに、彼女を実際に見てみたけど、可愛いわね。本当に」


「お前が女を褒めるなんて、珍しい、のか?」


「そんな事、ないわよ。それはいいとして、あの子は背も小さくて、本当に可愛いわね」


「そういや、そうなのか?お前は、確か168cmだっけ?セレスには聞いた事ないけど、156cmくらいかな?」


「その通り。私が女としては背が高いから、まるで妹みたいな印象を持ったわ。現実に、そうなってくれたら、嬉しいけど」


「おう!お前にも気に入られたンじゃ、なおさら無下に出来ないな。よし!今回の件、受けたぜ」


「良かったわ」


「じゃ、行ってくる」


「貴方に武運の、あらん事を」


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自宅に帰った俺は、今日受けた仕事について、セレスに報告した。


「昨日の今日で、一緒に居られなくなって、本当に済まん。代わりに、発注元の話によれば、それなりに稼げるらしい。期待して、待っててくれ」


「分かった。私はエルフだから、せいぜい精霊魔法と弓ぐらいしか出来ないから、行っても足手纏いになる。白猫プロジェクトやって、待ってる」


セレスは、ニコニコ笑いながら、そう言った。


投け無しの貯金引き下ろして、佐世保のdocomoショップで、iPhoneを買ってあげたんだった。そうだよな、白猫プロジェクトは面白いよな?(必死w)」


「じゃ、行ってくるぞ!」

「うん!」



暗がりから車庫(ガレージ)を、開ける。


パジェロの中にまで、光が差し込んで来る。


「ガシャ」


45年物らしい、錆と鉄の臭いがする。


鍵穴を回して、ゆるりと、ドアを開ける。


パジェロの中に乗り込むと、さっそくハンドル中央にキーを差し込んだ。


いい具合にエンジンが掛かり、三菱パジェロが自宅の外に、走り出した。


「目的地はまず、国見トンネルだな」


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プッブップーと、パジェロは走る。


「当然、国見トンネル行くんだけど、トンネルの佐世保側は何つーか、距離的に短いと言うか、窮屈感あるんだよな」


三菱パジェロは当然、この程度の坂道は物ともしない剛性を発揮し、国見山をグングン攻略して行く。


国道498号線バイパスを、福泉寺、労災病院、菌ちゃんふぁーむwと経由して、順調に高度を上げている。


乗ってる三菱パジェロのフロントウィンドウが、いきなり暗くなった。


「はい、トンネル入りと」


「平戸大橋みたいに海峡と大きな吊り橋の組み合わせなら、"Wow spectacular!"な見応えあるんだけど、ひたすら土の中潜ってるとか、モグラかよwww」


トンネルの出口を示す小さな光が、段々と大きくなったと思ったら、パジェロのフロントウィンドウが、あっという間に光の固まりになった。


「はい。トンネルの、おわーりー」


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万九郎は、意外かどうかは置いて置くとして、時代劇が好きなのだ。


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国見トンネルの伊万里側は、割と見晴らしが開けている。

目の前が道路だけなのは、その通りなのだが、向こうの山々が、向かって右側に見えて、自分が走っている高さが、想像できるのだ。


「単なる目の錯覚で、直ぐに慣れるんだけどな」


その後は、岳の棚田、ルンビニー幼稚園のひまわり畑、正一位岩ノ森大明神などを経て、伊万里の郊外へと、緩やかに下りて来た。


その後、三菱パジェロは、少しだけ大きな川の橋を越え、国道204号線のバイパスに合流した。


その後は、バイパスの左車線を、ずっと走る。


左手のマクドを過ぎて、一気に北方向に走る。伊万里の市街地には、寄らない。


「伊万里かぁ。昔玉屋が有った頃は、来る事も有ったんだけどなあ」


玉屋は、北部九州を拠点とし、九州の高島屋とも呼ばれている百貨店である。

福岡の百貨店の盟主、岩田屋やき井筒屋と、並び称されていた事もある。


三菱パジェロは、国道204号に戻って、黒川を通過した。


小さな島が、幾つも浮いている。


トンビやウミネコが飛んでいて、長閑な雰囲気だ。


「あそこは今、造船所になってるけど、昔は七ツ島って言う名前の島々だったんだよなぁ」


「伊万里湾の色んな所から、漁師達が集まって来てた。貝掘り場としても、皆んなの大事な場所だったんだ。それなのに」


殺風景な造船所は、直ぐに見えなくなった。

ゆっくりした多島海の景色が、相変わらずに、続いている。


「まだ国道204号だけど、海の近くを車で走るのが、好きなんだし」


と言うわけで、鷹島、玄海町、名護屋、呼子を経由した。

いずれも興味が有る場所ばかりだったが、今回の目標から少し離れているため、通り過ぎるたけに留 (トド)めた。


国道204号、国道382号、さらに国道202号と道路が切り替わり、左手にJR虹ノ松原駅が見えてきた所で左折すると、間もなくJR筑肥線との踏切に来た。


「あら」


踏切より先、道路を挟むように、松が森になっている」


「いやー、来ちゃったね」


走って来た県道270号線が、別の県道347号線に突き当たる。これが別名、虹の松原線である。


「ここは左に曲がるのが、定石なんだけどな、楽だし。でも、右の方が臭いんだよな」


もちろん、何かが臭う訳ではない。

二位田原1佐の指示の下、血の滲む本人の努力、徹底的に叩き込まれた基礎と応用、並びに、それらに基づいた熾烈な実戦を通じて、万九郎の強力な精神と強靭な肉体、および古代魔法陣まで再現する最強の魔法は、時に人に不可能なモノを見て、感知する事を可能にする。今回も、恐らくそれだろう。


「という訳で、右。なんかさ、微妙に深くなってるだろ、森が」


虹の松原線に、入る。

それから、東方向に車を走らせているが、すれ違う対向車が1台もいない。


「さっきから、ダンジョンに入ってるな」


走れば走る程、魔素が濃くなり、昼間にも関わらず、上空は闇々として来た。


左に曲がる1車線だけの道があった。


「ここからだな」


当然、左折する。


左右に、無数の鈍く、小さい光が現れた。魔物であるゴブリンやコボルトの目が、光っているのだ。


「何万匹居やがるんだか。そんなお前らには、これだ」


「ドス、ドス、ドガガ!」


三菱パジェロが、魔物達を次々と、無差別に轢き殺していく。


「ゴブリンは、とにかく醜い。コボルトは歩行が二本足ってだけの、全身体毛だらけの犬」


この、醜悪なだけの魔物どもが、人間には問答無用の殺意を向けて来る。


パジェロが鈍い音を立てるたびに、魔物どもが数体以上巻き込まれ、死体になっている。万九郎に、魔物どもへの同情や憐憫と言った、ふざけた感情は、一切ない。


「松浦佳菜の情報通り、内破が近い。保(モ)ってくれよ、パジェロ」


直進に加え、急激なバック!ドリフトからの横アタックなど、知る限りのドライビングテクニックを駆使して、魔物どもを薙ぎ払って行く。


「殲滅、完了!」


死体の山は、どうせ消え去るのだから、放置する。


「今のエリアは?『虹の松原森林浴の森公園』?」


Google Mapが、嫌になるほど正確な情報を知らせて来た。


「今のエリアは、オークどもが血の海に沈む公園だな」


オークは身長2.5メートル超え。こんなブタの魔物が何千匹と、隣の町である浜崎方面に向かって爆走している。


「車でチンタラ潰してても、間に合わんな」


万九郎はパジェロを止めると、範囲魔法の準備を始めた。


「浜崎の手前と海岸側と、線路に沿った地域を、閉じる」


「良し。行くぞ魔法 Req eeM!」


虹の松原の東側1/3のエリアが、強烈な、秩序立てられた魔素で包まれ、一瞬の後に魔素の黒い光は消失した。



三菱のパジェロが、浜玉ジャンクションから西九州自動車道に入っている。


「午後3時半過ぎかあ。思ったより、遅くなった」


もう少し粘って、セレスに土産を買っていく事も考えたが、あの年頃の女の子が喜ぶような物が、思い付かなかった。


結局、実家の近くに在るファミマで、ラクトアイスとかチョコクッキーを買うことになりそうだ。


「早く、帰りたいな」


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