滅亡か屈辱か

第28話 過去


 翌日の夕方、シリルが屋敷に戻ると同時に、居間に来るように伝えられた。

 時間の短縮のためにシリル自身が近隣の街に足を伸ばしたりしたので、今日はかなり疲れている。精神的にも疲労しているから、屋敷に戻ってからの足どりは重い。

 姉フィオナには報告をしなければならない。そう考えると、扉を開ける寸前でため息が漏れてしまう。

 だが室内に入った途端、シリルは目をまん丸にしてしまった。


「……えっ? 姉さん、一体何があったの?!」

「あら、シリル、おかえりなさい。フィオナが用意してくれたこのお菓子、とても美味しいのよ。こちらにいらっしゃい」

「あ、はい、いただきます。……いや、母上、姉さんは何をしているんですか!」


 公爵夫人エミリアの笑顔に流されて座ってしまってから、シリルは首を振って我に返る。

 メイドが用意したお茶はとても良い香りだ。

 だが、その湯気の向こうに見える姉フィオナの前のテーブルには、様々な形の色石がずらりと並んでいた。


「あの、姉さん……?」

「シリル、この石細工、どう思う? 若い男性もこういうものを身につけたりしないかしら」

「あ、リンゴだ。かわいいな。葡萄もあるのか。夜会のテーマによっては、カフスボタンなんかに使っても面白そうだな…………ん?」


 宝石という程のまばゆい輝きはなく、しかし色彩が極めて美しい石が、さまざまな果物の形に彫り整えられている。

 緻密さはないが、大雑把な造形がころんとしていて可愛らしい。

 姉が示した石を思わず一つ手にとって、シリルはふと眉をひそめた。

 このほんのりと青が混じる白い石には見覚えがある。


「……この石、もしかして、いつかの夜会で姉さんが見ていた石?」

「原石を分けてほしいと伝えたら、たくさんくれたのよ。ちょうど私の領地から石細工職人たちが来ていたでしょう? 加工ができるか聞いてみたら、こんなにかわいいものを作ってくれたの」

「あー……、フォルマイズ辺境伯からもらった、あの飛び地の職人たちか……」


 どうやら、さっそく活用の方向性を探っていたらしい。

 さすがフィオナだ。

 思わず感心して、でもすぐにシリルは我に返った。


「この石で天馬を作って執務机に並べてみたいけど、今はそんな場合じゃなかったよ。その……そろそろ情報が集まっているんだけど、姉さんは聞きたい?」

「あら、そういえば私も、いろいろ集めていたのだったわね」


 お茶を飲んでいたエミリアが、ハッとした様にぽつりとつぶやく。

 エミリアもフィオナの姿に調子を崩していたらしい。

 シリルはため息をつきたかったが、それをぐっとおさえてフィオナの反応を待った。

 小さなリンゴを手のひらに載せていたフィオナは、それらをざらりと箱に戻す。真っ直ぐに弟を見るエメラルドグリーンの目は、冷ややかで落ち着いていた。


「もちろん話を聞きたいわ」

「……うん、さすが姉さんだね」


 シリルはふうっと息を吐いて、用意されたお茶を一口飲んだ。


「十二年前に、王都近郊から南部のローグランに向かった馬車はあったよ。当時のローグラン侯爵の署名入りの通行証を持っていて、珍しかったから門兵が覚えていた。でもそれだけじゃなくて、移動にかかった時間が異常に長かったらしいんだ。どうやら、途中で何度も中断したようだ。薬師が呼ばれたこともあったけど、口止めもあって詳細は不明。ただ、どさくさに紛れて覗いたメイドは、ひどく痩せた銀髪の子供を見たそうだ。……その子供というのがレイティア様なのだろうね。とにかく、病人の旅に周囲は同情的だったらしい」

「昨日の今日で、よくそれだけ調べたわね」

「ローグラン関係は内部に入れない分、今は出入りは完全に把握しているんだよ。各地の元門兵たちも押さえている。まあ、二十年前だったら、さすがに調べるのは無理だっただろうな」


 シリルは特に誇るでもなく、淡々と話す。

 姉と同じエメラルドグリーンの目はひたすら冷静だったが、ふと母エミリアを見た。


「それで、母上はどんな情報を持ってきたのですか?」

「レイティア様の母親と思われる女性の話よ。調べるといろいろ奇妙だったわ。前王陛下と噂になった後、突然姿を消してしまったらしいんですけれどね、次に一族が消息を聞いたのは亡くなった時なの。お墓もあるんだけど、亡くなった頃は王宮は別の噂で持ちきりで、その方のことは全く話題にならなかったそうよ」

「……でもその人、陛下と噂になったんだろう? 王宮貴族たちが全く気付いていなかったなんて、あり得るかな?」


 シリルは眉をひそめて首をかしげる。

 母の話を黙って聞いていたフィオナは、テーブルの上にある石の葡萄を指で摘んだ。


「お母様、別の噂とはどういうものだったのですか?」

「前王陛下と、当時のルバート女伯爵の噂よ。頻繁に密会が目撃されていたんですって」

「ああ、今のルバート伯爵が陛下の庶子という噂の、元ネタか。……でも、それで繋がったな。十二年前の馬車は、郊外にあったルバート伯爵の別邸付近でも目撃されたから」

「つまり……」


 小さくつぶやき、フィオナは石製の葡萄を箱に収めた。

 それから顔を上げ、シリルを真っ直ぐに見つめた。


「ルバート女伯爵の噂は、前王陛下の御子の存在を隠すために故意に流したものだったのね?」

「あるいは、流れてしまった噂を最大限に利用したんだろうね」

「……もしかして、ルバート伯爵も、その時に生まれた御子――レイティア様を知っているのかしら」

「えっ、どうしてそう思ったの?」


 不意を突かれたのか、シリルが思わずというように顔を上げる。

 フィオナは、はらりと扇子を開いた。


「ルバート伯爵は私の髪の色のことを『消えてしまいそうな』と表現したのよ」

「ああ、そんなこと言ってたね」

「おかしいと思ったのよ。私は一度だって、消えてしまいそうな、なんて言われるほどはかない姿を見せたことはないんですもの。むしろ『七回も婚約が破棄されてきたのに、平然としている女』と呆れられていたのよ。詩的な表現をする人と思っていたけれど、レイティア様と私を重ねていたのではないかしら」

「……あ。でも……そうかもしれないけど」


 シリルが口ごもると、エミリアがため息をついた。

 それからメイドを振り返り、壁際に置いていたものを持って来させる。布に包んでいたのは、小さな肖像画だった。

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