兄は姉にはなりえない

Sato kisA

晴れと雲り

 俺のパソコンに写る、一人の美少女。淡い銀色の髪、薄く洗練された浴衣を羽織っている。


『みんなぁ、こんヴァンー!今日も僕の配信来てくれてありがとー!』


 彼女は『東雲メイしののめ めい』というVtuver。

 数年前から突発的に広まった小さな世界で、彼女たちは舞う。それを見る俺たちをリスナーと呼ばれている。Vtuverは動画配信サイトVERで活動していて、時にイベントやライブをしては人々に笑顔を届けている。


 東雲メイはVtuber大手のハイデンジに所属する売れっ子で、自称吸血鬼を名乗っている。

 チャンネル登録者数は約21万人、フォロワー数も31万人と群を抜いている。


 そんな彼女と俺の間にこれから起こる出来事を、この時はまだ知る由もなかった。


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 俺は実家から少し離れた高校に進学したため、親元を離れて、一人暮らしをしている。

 俺がVtuverにハマってしまったのは、とある親友のせい。


「なぁ、大晴たいせい!これちょっと見てくれ!」


「いや、もう次の授業始まるけど」


「いいから、いいから」


 それはVERの配信で、画面には一人のバーチャルアバターが写っていた。


『こんヴァン、東雲メイだよ〜!みんなぁー元気してたぁ?』『あ、まるっとみつめさん!先日はプレゼントありがとーね。最近暑いから助かるよー』


「な、どうだ?」


「いやいや、ミツメ。全然分からんて」


 本当に何がしたいんだ。なぁ、急に動画見せられて分かるか?分からないだろ。


「わりぃわりぃ、まずもってこの動画じゃないんだわ。放課後どうよ、時間あるだろ?」


「すまん、今日はないんだが」


「まぁいいわ。あとでURL送るけ見てくれ、っとっとっと」


 随分と言いかけだったが、次の担当教員が来たので、素早く席に戻って行った。



 週末。

 俺は自分のパソコンを立ち上げて、言われたリンクを開いた。

 どうやら動画の人は同じようで、


『メイのキャラソンが出来たんだけどね。なんか歌詞だけ書いて欲しいって言われたの。それでさぁ、後日録音するからって呼び出し受けて……


(ご飯できたわよー)


 うぁぁぁわぁあああああああ!!!今の聞こえた??聞いてないよね??』


「ぶっ、なんだこれ」


 ちょっと面白かった。

 バーチャルアバターを演じる彼女たちには、常にリアバレの危険がある。それは些細なことでも起こりうる。母親の声が入ることは何度かあるので、特定することはご法度。

 悪ければ刑事処罰リアルデスになりうるのだが


「あれ?……あの声どこかで」


 気が付いたら、俺はその部分だけをリピート再生していた。


「(やっぱり気のせいか?)」


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 ミツメから、東雲メイを教えてもらってから、早くも二週間が過ぎた。

 俺はというと、帰宅後直ぐにアーカイブを見て、癒されるという毎日を送っていた。


 声がくそタイプなんだ、仕方ないだろう。


『今日はぁ。話題のこのゲームをやっていこうと思いまーす。眷属のみんなぁーは知ってるのかな?』


 昨日のアーカイブではあるものの、凄さがわかる。

 だって再生数が既に2万近いから。


『ひゃっっ!』『ぎゃああああああ!!』


 今日はよく叫ぶ。

 某有名辞書サイトによると、東雲メイはホラーゲームが大の苦手らしい。プレイ配信の悲鳴には数多くの尊死者が出るらしい。


 また何処かの医師により、Vtuverの配信で聞く悲鳴にはリラックス効果が証明されているらしい。


『マ、マ、マネージャ??なんでこんなゲームやらせるのよぉぉーー!!』


 ああ。

 尊い。

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「なぁ、どうだった?」


 華の金曜日、放課後に駆けながら近寄ってきたミツメ。開口一番がそれだった。

 相変わらず、なんの事だか分からない。


「ほら。紹介してやっただろ、メイたんのこと!」


「あー、コ○ンね。面白かった、全話見かけたからな」


「って違うわ!そして○ナン全話はアホだろ。東雲メイの事だから!」


「あー、そっちね」


 ナイス、ノリツッコミ。

 確かにミツメから紹介されてから、毎日のように見ているが。それを言うのはなんか嫌だ。

 そう思った俺は


「いや、送られてきたURL以外は見てないけどな」


 と言ってやった。

 そしたら、ミツメは少し考えてから返した。


「そっか。悪かったな、急にそんな話しちまって」

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 月の週末。

 最近の日課であるアーカイブ散策をしていると、俺の家の玄関からチャイムが響いた。


「はい、東ですけど。どちら様でしょう。」


「やぁ!お姉ちゃんが来て


「あ、人違いです。お帰りください。」


 あ、ちょっ」


 世界で一番、ウザイのが来た。

 まぁ仕方がないので、部屋に入れてやる。


「ハルはいつも通りだなぁ。って、部屋キレー!」


「で、兄さんは何しに来られたので?」


「あ、ハルまた兄さんって呼んだでしょ。だから『シノお姉ちゃん』と呼んでって言ってるじゃないの」


「いや、男兄弟として結構過ごしてきたんだから、そんなこと軽くは出来るわけないでしょ」


 このウザイのは、兄さん。

 俺とは11こぐらい年が離れてて、東 大雲ひがしの たいうんって名前があるんだけど。

 ある時から女装して、自分はお姉ちゃんだと言い張り始めた。母さんや父さんはもう受け入れいるらしいが、一緒に風呂など戦隊ごっこなどをしてきた俺からしてみれば、そんなに易々と受け入れられない。


「今日はね、ハルが好きそうなの買ってきたんだよ。もうすぐ誕生日でしょ?」


「へぇー、プレゼントかぁ。嬉しいなぁ、じゃあ渡したら帰ってね?」


「なっ、なっんでよぉ」


「いやぁ、正直未だにそういう格好する兄さんに慣れなくて……」


 兄さんはオーバーサイズのプリントシャツとデニム柄のホットパンツ、という格好をしている。

 少し似合っているから、尚のこと困るんだ。


「ハルぅ、買ってきたのゲームソフトだから一緒に遊んでよぉぉぉお」


 うわ、ついに泣き脅しか。

 小柄な身のおかげか、兄さんの泣きは女の子みたいなんだよね。そう昔っから。


「分かったから、そのウザったい泣き真似は止めて。ほんとに」


「よし、言質とったからね!ちょっとトイレ借りるねー」


 こ、い、つ。

 リビングまで通した俺が馬鹿だったか。

 俺の住むここは、奥がリビングで一枚ドアを挟んで諸々の部屋がある作りだ。

 リビングのドアには鍵が掛けれるんだが……


「(まただ。またやっちまった)」


 何故か、逆なのだ。

 リビング側ではなくて、廊下側に鍵があるのだ。ちなみに、リビングには裏口があるので閉じこめれば追い払える。特にトイレは廊下側にしかないから。


「トイレありがとー!って、どうしたの?」


「いや、なんでもないです」


「そういえば、ハルのパソコンにさ美少女写ってたけど」


「そ、そんなわけないから」


「あれ、私だねぇ。もうハルったらおませさんなんだからぁ」


 今なんか。

 不穏なワードが聞こえなかったか?

 気のせいだろうな。


「ハル?おーいおーぃ……


『こんヴァンー!東雲メイだよ〜!』


 なんちゃって」


「なっ(あれ、気のせいじゃなかったのかぁ)」


 俺は文字通り、膝から崩れ落ちた。

 そう。

 俺が感じた違和感、それは声が知人に似ていたことだったのだ。確かに兄さんの声は中性的で、だからって作り声があんな……


『ははーん、さてはこの声がタイプなんだなぁー?』


『あ、顔真っ赤だぁー!かくして無駄だよぉ』


 くっそタイプなんだよなぁ。

 俺いま顔真っ赤なの?

 だって、だってよ。恥ずか死だろぉぉぉぉぉぉおおおおお


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『えい!えい!えいえい!』


「……」


『えっ、ちょっ!また負けたぁ』


「……」


 あれから2時間。

 兄さんはずっと配信の時と同じで、作り声を出している。分かってるんだよ、読者。

 止めればいいってことくらい。

 でもよ、くそタイプの声を止めたくないんだよ。


『あれ?もう18時半だぁ。ねね、メイお姉ちゃんが何か作っろっか?』


 コクリ。


『じゃあ、冷蔵庫にあるのでパパァーと作っちゃうね!』


 なぁ、答えてくれよ。

 俺のフォロワーたち!

 この状況どうすればいいんだ?


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 ハル@オタクフォロバ100%

 @haru_hall


 助けてくれ

 兄の作り声がくそタイプすぎて辛い


 リプ1リツイート0いいね2



 返信:

 まるっとみつめ@V沼

 @mistume_maru


 ちょっと何言ってるか分からないですね


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 無理だぁぁああああ。

 そんなことをしていると、キッチンの方から調理の音が聞こえ始めた。


 それと。

 見知らぬ通知が1件来ていた。


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 東雲メイ@ハイデンジ2期生

 @mei_sinonome


 今日こそは

 お姉ちゃんと

 呼ばせます


 リプ245リツイート540いいね4.5万


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 ……見てしまった。

 弟の俺が見てはいけない、そんなツイートを。

 時刻を見てみると、17時過ぎ。

 つまり、俺にVtuverであることがバレる直前くらいってことだ。


 トイレでしてたの、ナニじゃなくて、このツイートかよぉぉぉ。


『ハル?もうすぐできるからね!』


 やっぱり、くっそタイプなんだよなぁ。

 これは宣戦布告だ。

 いいか、俺のフォロワー。

 いいか、見知らぬ東雲メイのフォロワー。

 俺は断じて。

 兄さんを『お姉ちゃん』とは呼ばないぞ。



『ハルー?できたよー!』


「なにこれ」


『え?アラビアータだけど』


「え、俺の冷蔵庫からこんなん作れるの」


 確かに俺の目の前にあるのはアラビアータだ。

 しかも、タコを使った本格的な。

 まさか……


「いつ」


『何かな?ハル君?』


「いつから仕込んでた」


『えーなんの事かなぁ』


「まずその声!装いに!それにこのアラビアータ!」


 さては確信犯だろ!





『じゃあ。Vtuverになった時から、って言ったら?信じるの……?』


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 思わず上目遣いに尊死しかけた。

 が、しかし。

 言わせてもらおう。


 兄さんは俺の中では、姉になり得ないんだと。

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兄は姉にはなりえない Sato kisA @kk_cross388

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