3:魔法と精霊



魔術師マスタンド・レイブンは中年の大男で、

立派なヒゲに尖った長い耳が特徴的だった。

格好は魔術師風の黒い装束。

近づくとハーブのような匂いがしてくる。


彼はおじいさまの元弟子で20年前までランデリア王国の魔術師だったらしい。



「おじいさまは魔法を使えたのですか」

僕は尋ねた。


「はい、とても素晴らしい魔術師でしたよ」



おじいさまが魔術師だったとは驚きだ。

それならば生きている内に魔法を教わっておけば良かった。



「マエスト様には非常にお世話になりました…手紙で交流をしていましたので、フォルテ様のお話も聞いておりますよ」


「僕の話をですか」


「はい、フォルテ様は将来、ではなく勇者・・になられたいとか」



そんな話を他人にしていたのか…


「笑いますか?」

僕はそっと彼に尋ねた。


それを聞き、マスタンドは真剣な顔になって僕の目を見て



「いいえ、笑いませんよ。いずれにしてもフォルテ様はそのために強くならなければいけませんね」とほほ笑んだ。



その後もいくつか世間話をした後、

魔法の授業が始まった。

まず初めにマスタンドは手を上空にかざし



「今から魔術師の魔法というものをお見せ致します」と言った。



僕はそれを聞くと、とつぜん空気がビリっと震えるのを感じた。



我に風と水の上位魔法を与え給え・・・・・・・・・・・・・・・



マスタンドがそうつぶやくと彼の手先から

黒い煙が勢いよく生み出され、瞬く間に魔法修練場の上空を覆った。



「フウロアクアムレイン!」



その瞬間、ゴウッと暴風雨が巻き起こった。

草木が激しく揺れ、修練場の柵がガラガラと音を立てて倒れる。

雨が地面に叩きつけられ、その跳ね返りまでもが顔にぶつかってきた。


「う…うわぁぁぁ!」


僕はあまりの衝撃に後ろによろめいた


続けてマスタンドは手を複雑に動かし



我に火と風の上位魔法を与え給え・・・・・・・・・・・・・・・…フレイバムフウロ!」と唱えた。



次の瞬間、暴風雨が止み

乾いた暖かい突風が吹き付ける。


その風がビショビショになった僕の体を一瞬にして乾かした。


雲が晴れ、暖かい日差しが修練場に照り付ける。

静かになった場内には、ぴちょん…ぴちょん…という音だけがしている。



「失礼致しました。フォルテ様、いかがでしたか?これが【魔法】です」

腰を抜かし尻餅をついていた僕に、マスタンドは手を差し伸べた。


その手を強く握り返し、僕は

「凄い!初めてこの身に魔法を受けました!もっと教えてください!」

と胸いっぱいに叫んだ。



――――――――――――――――――――



それから僕はマスタンド・レイブンから

魔法の基礎を学んだ。


例えば魔法には属性があり

【火】【水】【風】【土】【木】の5つと

この5つより上位の存在として【光】と【闇】があるの事を教わった。


水属性は火属性に強いといった決まりがあるようなんだけれど、

複雑なので今は説明しないでおく。



「ライトアクアム!ライトアクアム!」



初級水魔法の【ライトアクアム】を創り出す練習をしている僕を、

世話係のレベッカはいつもニコニコしながら見てくる。



「フォルテ様、頑張ってくださいまし♪」


「見てると気が散るからあっち向いててよ!」


「あらあら残念♪」



そういうとレベッカは隣の部屋へ行き、掃除を始めた。



魔法を教わって3日目。僕はまだ魔法を使えない。



「なぜ上手くいかないのかな…マスタンドに聞きに行くか」



おそらく下層階にある客人用の宿泊所だろう。

僕はこっそりと部屋を抜け出しそこへ向かった。



夕方になり、空が夜の色を見せ始めている。

日もだいぶ短くなってきたなぁ。


宿泊所までの近道なので僕は中庭へ出た。

いつ来てもここは草花の良い香りがする。


するとどこかから女の子の声が聞こえてきた。


か細く小さなその声は、クスクスと笑いながら誰かと会話をしているらしい。



「へえ、君は300年前からこのお城で暮らしているんだね」



なんだ?誰と誰が喋っているのだろう。

僕は声のする方へ近づいてみた。



中庭の中央…噴水がある場所に、見知らぬ少女が座っている。


歳は僕より少し下だろうか。リボンで結んだ青緑色の長い髪。

小さな体が向こうを向いて顔は見えない。


恐る恐る近づいて

「あの、誰と喋っているんですか?」

と話しかけてみた。


「えっ」


少女が驚きこちらを振り向く。

シルクのように透き通った肌。

宝石みたいな青さで、大きく美しい瞳がこちらを怯えたように見つめている。



「あ…ごめんなさい…私…その」


「あなた、城の人ではないですね。どこから来たのですか?」



少女は人と話すのが苦手なのか、体が固まり怯えてしまっている。


まずい、僕も同年代の女の子と何を話せばいいか分からないぞ…



「あれ?誰かと会話していたと思ったのですが…」



少女が見ていた方向には誰も居らず、

夕日に照らされた草花が風に揺れているだけだった。



少女は困った様子で

「あの…精霊さんとお話していました…」と言った。


「精霊?絵本に出てくる【精霊王】のような?」


「あ…そうです…絵本じゃなくて本当に居る精霊ですけど…」



ほお、僕が知らないだけで精霊って本当にいるんだな。

王子に必要のない教養は、基本教えられないから知らなかった…



僕は怯えている少女に続けて話しかける。



「精霊と喋れるなんて凄いですね。何を話していたんですか?」


「えと…お城の事とか…伝説の勇者様・・・・・・の事とかです…」


「え?精霊は勇者様の事を知っているの!?」



突然僕が大きな声を出したので、少女の体が少しビクッとなる。



「は…はい、この地に古代から住む精霊たちですので…」



なんと…精霊は本物の勇者様を知っているらしい。

僕はそれがとても嬉しくなり、少女に身を乗り出し近づいて

「すごい!すごい!精霊と話せるなんて素晴らしいですね!勇者様のお話をぜひ教えてください!」と叫んだ。


彼女は少し驚きつつも

「あの、勇者様はとても優しいお方だった…と精霊たちは言っています」

と、少し微笑んだ。



―――――――――――――――――――



彼女の名前はリージアというらしい。


話してみると意外に明るく、優しい感じの子だった。

話している内に心を開いてくれた彼女は、

精霊から聞いたという話を、僕にたくさん教えてくれた。


おじいさまが王様だった頃の事とか、

ランデリア城下の街に竜がやって来た事とか…

あとはメイドのサマンサがこっそりおやつのクッキーを盗み食いしている事とか。



「それで不思議な王冠をかぶった王様はその若者をどうしたの?」


「えっとね…王様は王冠の力を使って若者を―――」

少女がそう言いかけた時、中庭の向こうからマスタンド・レイブンが歩いてきた。



「あ!お父さん!」

少女は嬉しそうにマスタンドの元へ走っていく。

そうか、マスタンドの娘だったのか。



「これはフォルテ様、娘がご迷惑を…」


「いえいえ、面白い話をたくさん聞けてとても有意義でした」


「お父さん、フォルテくん精霊のこと、怖がらないんだよ」


「こら、リージア。フォルテ様はこの国の王子様だぞ」


「えっそうだったの!?ごめんなさい…フォルテさま」



リージアは申し訳なさそうに頭を下げる。



「良いんですリージア、これまで通りフォルテと呼んでください」



それを聞いたリージアは、春の陽ざしのような笑顔で僕を見た。


日が沈み、上空には星が見える。

中庭ではわずかに秋の虫が鳴いていた。


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