クレス
私、クレス・ハーヴェイがお父さん、マルス・ハーヴェイを好きになったきっかけは今となっては覚えていません。優しかったからかもしれないし、とても強かったからかもしれない。ほかに思い当たることといえば、私がわがままを言ったとき、口ではたしなめつつも、大抵のことはかなえてくれたことでしょうか。
まあ、私にとってきっかけなんてどうでもよくて、お父さんが私を愛してくれて、私がお父さんを愛している。それで十分でしたし、それが変わることなんて想像していませんでした。
ある日、いつものように冒険者として活動している中で、ある人が私の剣技を見て死神騎士の剣だと口にしました。意味を理解するのに少しかかりましたが、死神騎士というのは私の故郷を滅ぼした人で、そして私の剣はお父さんの剣です。お父さんが剣をふるう姿を見てどうしてもマネしたくなって、お父さんに教えてもらったのです。
つまり、お父さんの剣が死神騎士の剣であるとすると、お父さんは、私の血のつながった人の仇であり、私の故郷を滅ぼした人ということになります。ですが、お父さんの生活の中で十分な幸福を感じていた私は、お父さんを心の底から愛していた私は、むしろその過去に感謝したのです。だって、お父さんが死神騎士だったからこそ、本来お父さんと関係のなかった私は今、お父さんと一緒にいられるわけですし。
それ以上に問題だったことは、その事実がお父さんに伝わるなどしてお父さんと私の生活に問題が発生しないかということでした。考えたくもありませんが、お父さんと私が一緒にいられなくなるなんて絶対に許せなかった。だから私はまず周りに今の発言を聞いている人がいないかどうか確認しました。幸いにもその場には私ともう一人しかいませんでした。だから、その情報が周りに伝わる前にその人を消せば、お父さんと私の生活を邪魔する者はいなくなるわけです。
そう思ったのですがさすがに殺すことは思いとどまりました。なぜなら、お父さんの娘を人殺しにしたくなかったからです。ただ、お父さんの正体が本当に死神騎士ヴォルフガングである時、お父さんにその情報を持っている人がいることが伝わってしまうと、気を使ったお父さんが私と距離を取ることになるかもしれません。そんなことは許せません。
私はお父さんと離れ離れになる可能性を思いついてしまったために、今のままの関係では満足できなくて、お父さんともっと結びつきを強くする方法を考えました。お父さんに今の情報が伝わって、お父さんとの関係がおかしくなってしまわないように、できるだけ早く実行できるような計画をです。
そして、お父さんが血のつながっただけの他人の仇であることを利用して、お父さんと結ばれることを思いついたのです。決行予定は成人の儀の日。三日後です。お父さんにとっても私にとってもめでたい日です。お父さんと私の記念日にはちょうどいいですよね。成人を迎えた人は結婚もできるわけですし。まあ、お父さんと私は親子なのですが。
そして迎えた成人の儀。儀式が終わる瞬間を今か今かと待っていた私は、儀式を終え、その儀式で使った剣を手に、お父さんに攻撃を仕掛けました。お父さんは初めは困惑していたようですが、すぐに納得したような顔をして、私を迎え撃ちました。つまり、お父さんは本当に、死神騎士だったことになります。もしただの誤解だったなら、成人になった記念に腕を試したかったとでも言ってごまかすつもりではありましたが、これで私の計画を進めることができます。
私はほとんど防具らしい防具を着けていなかったので、お父さんは私をケガさせないように細心の注意を払って、攻撃に出ることができません。予定通りではあるのですが、実際に私を傷つけないように立ち回るお父さんを見て、私は興奮が抑えきれません。やはりお父さんは私のことを愛してくれている。そのお父さんを私は追い詰めている。ただの敵として戦ったなら絶対に勝てない力の差があるお父さんを。背中にぞくぞくしたものが走ります。
それからしばらくの間、お父さんは粘ってましたが、危ないと思ったときに自分から攻撃に当たりに行くことで、お父さんは無理に剣の軌道を変えることを繰り返していたために消耗していました。大きな隙をさらしたお父さんの剣を弾き飛ばそうとすると同時に、こう告げます。
「これで、終わりです!」
狙い通り私はお父さんの剣を飛ばします。お父さんは少しの間何かに悩むような表情をした後、ため息を吐きます。抵抗をあきらめてくれたみたいですね。
「ここまでのようですね、お父さん?」
そう言うとお父さんは降参の証に両手を上げます。私は用意していた道具でお父さんを拘束していきます。私がやろうとしていることなんて想像もついていない様子ですけど、もう逃げられませんよ。
「クレス。俺が憎いのか? いや、それは聞くまでもないことか。なぜ今日だったんだ?」
私がお父さんを憎んでいるなんてこと、あるわけがないのに。お父さんもひどいことを言います。まあ、私はその誤解を利用しているわけですが。
「ふふっ、襲われた理由は訊かないんですね。まあ、当然ですか。でも、お父さんの考えが当たっているとは限りませんよ?」
「それはどういう……」
お父さんはよくわかっていないような顔でそう言います。今からそのお父さんの顔をゆがめることを考えると、少し昂ってきます。さあ、私の行動の意図を伝えましょうか。
「こういうことです♪」
そういった私はお父さんの服を破り捨てます。お父さんの体を見てつばを飲み込みそうになりますが、我慢します。まだ私のそんな姿をお父さんに見せるわけにはいきませんから。
お父さんは困惑したような表情になっています。さすがにまだ状況が理解できませんか。
「なぜ今日だったのか、でしたね。私は今日、成人の儀を迎えました。まあ、それはお父さんもわかっているとは思いますが。成人の儀を迎えた人ができることって、一体何でしょうね?」
そう告げると、お父さんは少し間の抜けた顔をしていましたが、すぐに答えに思い至ったのか、その表情を恐怖にゆがめます。少し楽しくなってきました。
「クレス、まさか……やめろ! やめてくれ……」
お父さんは弱弱しい声と表情になります。かわいらしくてもっと見ていたいです。お父さんをもっと追い詰めるために私は言葉を続けます。
「イヤです♪ 私はお父さんがこういうことを喜ばないと知っているからこうすることを決めたんですよ? やめるわけないじゃないですか」
大嘘、でもありませんか。いつもの優しいお父さんも、剣を振るっている時のかっこいいお父さんも大好きですが、こうして苦しんでいるお父さんの姿も見てみたかったですし。
「だからってこんなことしなくていいだろう!」
当然そう言いますよね。私がお父さんの立場でもまずそうするでしょうし。でも、そんな言葉で納得するなら、そもそもこんなこと、計画すらしませんよ。
「殺されることを受け入れている人をそのまま殺してどうするんですか。
それに私はお父さんに死んでほしいなんて、少しも考えていないんですよ」
お父さんが死ぬなら私も死にます。だからお父さんに死んでほしくないのは本当です。それに、私が本当に復讐するなら、きっと、さっさと相手を殺すより、長く苦しむ方を選びますから。だからこの言葉は嘘じゃないですよ。
「私がお父さんを憎んでいるのは事実です。だって、お父さんがいなければ、きっと、私は故郷を奪われることはなかったですし、今よりもっといい暮らしもできたでしょうし。
ねえ、死神騎士のヴォルフガングさん?」
今度は大嘘。でも、こう言えばお父さんは私の行動を受け入れるほうに考えを動かすはずです。ここから畳みかければきっとお父さんは逃げようとも思えなくなるでしょう。
「お父さんは、私があなたを憎んでいるだけだと思っているんですよね。
だから、私に剣を向けられても受け入れていた。ふふっ、でもね。
あなたが私を傷つけないために、本来ならどうとでもできる私の攻撃をいなすことに集中していたから私は勝てた。それってお父さんが私のことを愛している証ですよね?
私が武装していて、お父さんが武装していないくらいで私が勝てると思っているほど、私はお父さんのことを知らないわけじゃない。だから私はわざわざ傷つきやすい格好でお父さんに挑みかかったんです」
だいたい本当。でも、この中にある少しの噓がお父さんにありもしない私の復讐心を信じさせる一手になるはずです。
「お父さん。あなたが私を利用したいだけならする必要のないことをたくさん私にしてくれた。
私が剣技を覚えたいと言ったら、剣技を教えてくれた。そんなこと覚えなくても生活はできたし、適当に素振りだけ教えてもいいところを、本気で剣で生きられるほどに教えてくれた。
とても厳しかったから、当時は恨んだけれど、好かれたいだけの人は私が半端な剣技で危険な目に合わないように厳しくしないし、本気で生きてほしいと思ったから厳しかったのは冒険者になった今ならわかります」
私がお父さんを恨んだことってありましたっけ? 私はお父さんの剣を覚えることがとても楽しかった。だから、ここまで強くなれた。冒険者としても活躍できた。ほかの誰が剣の師だったとしても、ここまで熱中はできなかったでしょう。
それにしても、私を傷つけたくないというお父さんの親心を利用する私は、きっと悪い娘なのでしょうね。だからと言ってお父さんの娘をやめさせようとする人がいるなら、私はその人を殺してしまうかもしれません。
「私がおしゃれをしたいと言ったら、家の中で着る服を買いそろえてくれたし、装備を整えながらでも身に着けられるような小物も買ってくれたし、ちょっとかわいく装備を改造することも手伝ってくれた。ただ服を買うだけじゃないことが、私をよく見てくれてる証でしょう?」
お父さんが選んだ衣装を着ることとか、お父さんに装備のデザインを手伝ってもらうとか、私がお父さん色になっているみたいで嬉しかった。お父さんの視線を集めることもできましたし。
さて、お父さんは昔を振り返っているのでしょうか。きっとそうです。なら、これからかける言葉は効果的でしょうね。
「私は幸せでした。辛かった過去を忘れていられた。これからお父さんと一緒にいられるなら十分だって、そう信じていたんですよ。ある日まではずっとね」
私が言いたいことを察したのか、お父さんの顔が沈みます。すこしかわいそうですが、まだまだここからが本番です。
「その日お父さんが私の故郷と家族を奪ったヴォルフガングだと気づいたとき、本当にショックだったんですよ?」
そう言いながら悲しそうな顔を浮かべてみます。ふふっ、自分を責めずにはいられないという顔ですね。そうですよ。お父さんが悪いんです。私を不安にさせるお父さんが。だから、私のすることを受け入れてくださいね。
「あの優しいお父さんがそんなひどいことした人だなんて信じられなくて。だからほかの可能性がないか探して、調べて、でも、お父さんがヴォルフガングであることはどんどん疑いようがなくなって!
私に優しくしてくれたのは同情だったのか! それとも私を利用するつもりだったのか!
どんどん嫌な考えが浮かんできて、でも、それでもお父さんの愛情を信じたかった!」
ずっと前にお父さんの真実を知ったように言ってみます。そうすれば、私の苦悩の長さを優しいお父さんはきっと感じてくれます。そんな過去は無いんですけどね。
お父さんが私に優しくするのが同情だったというのはきっと本当。私を利用するつもりなんてあるわけないでしょうけど、お父さんなら当然私がそう考える可能性を思い浮かべます。それが私の発言に真実味を持たせるはずです。
「苦しかった。悲しかった。お父さんがなぜ私を育てたのか分からなくて、ヴォルフガングに復讐したくて、でもお父さんを殺したくなくて、どうしたらいいのか分からなかった」
苦しかったですよ。悲しかったですよ。お父さんとの距離が離れてしまうかも知れないと思うと。この感情は本当。だからお父さんは私を受け入れやすくなるはずです。
「お父さんは私とずっといたいはず。そう考えようとして、そうとしか思えなくなって。私もずっとお父さんと一緒にいたかった。なのに……こんなことなら何も知らないままでいたかった! どうしてお父さんなんですか? ほかのだれかがヴォルフガングだったら私はこんなに悩まなかったのに!」
お父さんが歯を食いしばります。私がお父さんを苦しめています。私がお父さんを悲しませています。お父さんの感情が私の手のひらにあると思うと暗い愉悦が私を埋め尽くします。もっといろんなお父さんの表情が見たいです。
「お父さん。私はこれまで私を育ててくれたお父さんが大好き。
でも、私の故郷を奪ったヴォルフガングが憎い。だから、心がぐちゃぐちゃになりそうで。でも、私の愛情も、復讐心も、両方を満たす手段を思いついたんです」
さあ、最後の一手です。これでお父さんは私を止められなくなります、絶対に。
「お父さんは私をどうやって止めようか考えているんですよね? 分かりますよ、ずっと一緒にいたんですから。ですが、お父さんが、私を、拒むなら。私は死にますよ?」
お父さんは顔にあきらめを浮かべました。これで私の本懐を遂げられる。そう思うと喜びが抑えきれません。顔、崩れてないかな。
「お父さん。父と娘がしちゃいけないこと、しましょう?」
そして、最高の瞬間が訪れました。
成人になった義理の娘(亡国の王女)に襲われた maricaみかん @marica284
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます