成人になった義理の娘(亡国の王女)に襲われた

marica

本編

「これで、終わりです!」


 その声とともに、俺、マルス・ハーヴェイの持つ剣が弾き飛ばされた。

 剣は数歩では届かない位置に飛ばされたため、今すぐ取りに向かうことはできない。それなりの時間粘っていたが、ついに限界が来たようだ。ここから制圧する手段も無くはなかったが、それを行う気にはなれなかった。


「ここまでのようですね、お父さん?」


 お父さん。俺をそう呼び、微笑みながら俺に剣を突き付けているのは、俺の娘である、クレス・ハーヴェイである。長い金の髪を後ろでまとめ、ほとんど普段着と変わらない軽装をしている。

 成人の儀を終えたばかりの彼女に襲われ、こうして負けたわけだ。クレスは両手を上げた俺を拘束していった。


「クレス。俺が憎いのか? いや、それは聞くまでもないことか。なぜ今日だったんだ?」


 攻撃される理由自体には心当たりがあった。クレスは俺を殺そうとしているのだと思ったが、それ以外のことは分からなかったため問いかける。


「ふふっ、襲われた理由は訊かないんですね。まあ、当然ですか。でも、お父さんの考えが当たっているとは限りませんよ?」


「それはどういう……」


「こういうことです♪」


 楽し気にそう言うとクレスは俺の服に手をかけ、破り捨て始めた。唐突な行動に混乱していると、クレスは語りだした。


「なぜ今日だったのか、でしたね。私は今日、成人の儀を迎えました。まあ、それはお父さんもわかっているとは思いますが。成人の儀を迎えた人ができることって、一体何でしょうね?」


 馬鹿にしたような笑顔でそう言いながらクレスはさらに自分の服を脱ぎ始めた。恐ろしい考えが頭の中に浮かび、思わず声をあげてしまう。


「クレス、まさか……やめろ! やめてくれ……」


 クレスは恐らく俺と結ばれようとしているのだろうと理解し、とてつもない恐怖がこの身に襲い掛かった。とてもではないがクレスのすることを受け入れることができず、止めようとするが、今この状況でできることはクレスの気が変わることを祈って声をかけることだけだ。


「イヤです♪ 私はお父さんがこういうことを喜ばないと知っているからこうすることを決めたんですよ? やめるわけないじゃないですか」


「だからってこんなことしなくていいだろう!」


「殺されることを受け入れている人をそのまま殺してどうするんですか。

 それに私はお父さんに死んでほしいなんて、少しも考えていないんですよ」


 意外な発言だった。クレスは俺のことを恨んでいて、だから俺を殺そうと考えたのだとばかり考えていたからだ。だが、俺が嫌がるからと言ってこんなことをするというのは理解できなかったが、俺が疑問に思っていることを察したであろうクレスはさらに言葉を続ける。


「私がお父さんを憎んでいるのは事実です。だって、お父さんがいなければ、きっと、私は故郷を奪われることはなかったですし、今よりもっといい暮らしもできたでしょうし。

 ねえ、死神騎士のヴォルフガングさん?」


 クレスは俺にそう語りかける。そうだ。かつて俺はヴォルフガングという名で、アリティア帝国に仕えてきた。その中で最後の任務が、今のクレスである、かつてのセリカ・アカネイアが王女の、アカネイア王国を滅ぼすことだった。

多くの将兵を殺し、王家の人間も殺したが、当時幼かったセリカ王女を殺すことができず、帝国を離れ、名を変え、正体を隠し、セリカ王女をクレスとして育てることにした。

 クレスには俺の正体を伝えてはいなかったが、俺に襲い掛かる以上は本当のことを知ったのだと判断し、最悪の場合は殺されてもかまわないと思っていた。


「お父さんは、私があなたを憎んでいるだけだと思っているんですよね。

 だから、私に剣を向けられても受け入れていた。ふふっ、でもね。

 あなたが私を傷つけないために、本来ならどうとでもできる私の攻撃をいなすことに集中していたから私は勝てた。それってお父さんが私のことを愛している証ですよね?

 私が武装していて、お父さんが武装していないくらいで私が勝てると思っているほど、私はお父さんのことを知らないわけじゃない。だから私はわざわざ傷つきやすい格好でお父さんに挑みかかったんです」


 優しげな顔でクレスは告げる。確かに俺はクレスを傷つけたくなかった。だからこそ、今もこの状況をどうにかしたかった。クレスを傷物にして喜べるわけがないほど、俺はクレスを本当の娘のように思っていたから。

 だが、俺が嫌がるとわかっているからこそ、クレスはこんなことをしでかそうとしているのだと思うと、この状況を回避するための言葉が浮かんでこなかった。


「お父さん。あなたが私を利用したいだけならする必要のないことをたくさん私にしてくれた。

 私が剣技を覚えたいと言ったら、剣技を教えてくれた。そんなこと覚えなくても生活はできたし、適当に素振りだけ教えてもいいところを、本気で剣で生きられるほどに教えてくれた。

 とても厳しかったから、当時は恨んだけれど、好かれたいだけの人は私が半端な剣技で危険な目に合わないように厳しくしないし、本気で生きてほしいと思ったから厳しかったのは冒険者になった今ならわかります」


 クレスが俺の剣技を見て剣を覚えようと思った事が嬉しかった。俺がこれまで多くの人を切り捨ててきただけの技がクレスとのつながりになると感じられて。幸いクレスには才能があったから、めきめき俺の剣技を吸収していくのも楽しかった。


「私がおしゃれをしたいと言ったら、家の中で着る服を買いそろえてくれたし、装備を整えながらでも身に着けられるような小物も買ってくれたし、ちょっとかわいく装備を改造することも手伝ってくれた。ただ服を買うだけじゃないことが、私をよく見てくれてる証でしょう?」


 クレスは美人だったから、着飾る所を見てみたかったし、剣以外に自分の色に染められることも、血がつながっていないクレスとのつながりに感じられた。それだけだ。


「私は幸せでした。辛かった過去を忘れていられた。これからお父さんと一緒にいられるなら十分だって、そう信じていたんですよ。ある日まではずっとね」


 そう言いながら表情を変えるクレス。ある日というきっかけが何かなど、今更考えるまでもない。どうすればよかったのか。クレスを育てなければよかったのか。いやそうは思いたくない。ならば、もっと己の正体をもっとうまく隠すべきだったのか。しかしなぜ俺の過去を知られたのかも知らない以上、どうすればうまく隠せたのかなど分かりようもない。


「その日お父さんが私の故郷と家族を奪ったヴォルフガングだと気づいたとき、本当にショックだったんですよ?」


 悲しそうな顔と声でクレスは告げる。当然だ。よく考えもせず勢いだけで行動したがゆえに後先まで想像できなかった俺の落ち度だ。安易な行動がクレスを大きく傷つけた。愚かなことだ。


「あの優しいお父さんがそんなひどいことした人だなんて信じられなくて。だからほかの可能性がないか探して、調べて、でも、お父さんがヴォルフガングであることはどんどん疑いようがなくなって!

 私に優しくしてくれたのは同情だったのか! それとも私を利用するつもりだったのか!

 どんどん嫌な考えが浮かんできて、でも、それでもお父さんの愛情を信じたかった!」


 クレスは興奮し、瞳を揺らしながら叫ぶ。確かに初めは同情だったのかもしれないが、クレスとずっと一緒にいて、クレスの笑顔を見て、話して、どうすればクレスが喜んでくれるか考えるようになって、クレスの成長をこれからも見守っていきたいと思った。これはきっと愛情のはずだ。そんな考えを浮かべていると、クレスは深呼吸をし、落ち着いた様子で語りだす。


「苦しかった。悲しかった。お父さんがなぜ私を育てたのか分からなくて、ヴォルフガングに復讐したくて、でもお父さんを殺したくなくて、どうしたらいいのか分からなかった」


 沈んだような顔で静かに語りかけられる。身近な人間が敵であると知ったクレスはどんな気持ちだったのだろう。想像することしかできないが、きっと悩んだのだろう。辛かったのだろう。


「お父さんは私とずっといたいはず。そう考えようとして、そうとしか思えなくなって。私もずっとお父さんと一緒にいたかった。なのに……こんなことなら何も知らないままでいたかった! どうしてお父さんなんですか? ほかのだれかがヴォルフガングだったら私はこんなに悩まなかったのに!」


 クレスはまた声を荒らげ始めた。俺はもはや死んでしまいたいとすら思ったが、今そんなことをすればクレスをさらに苦しめることになるだけだと思い、歯をくいしばって耐えていた。するとクレスは今度は落ち着いた様子で話し出す。


「お父さん。私はこれまで私を育ててくれたお父さんが大好き。

 でも、私の故郷を奪ったヴォルフガングが憎い。だから、心がぐちゃぐちゃになりそうで。でも、私の愛情も、復讐心も、両方を満たす手段を思いついたんです」


 笑顔でそう言いながら、クレスは下着に手を伸ばした。もう残された時間はない。だが、この期に及んで俺は何をすることもできなかった。


「お父さんは私をどうやって止めようか考えているんですよね? 分かりますよ、ずっと一緒にいたんですから。ですが、お父さんが、私を、拒むなら。私は死にますよ?」


 刺すような目でクレスは俺にそう告げる。明らかにクレスは冷静ではない。俺が拒絶するなら本気で死んでしまうかもしれないと考えるには十分だった。万事休すとしか思えなかった。


「お父さん。父と娘がしちゃいけないこと、しましょう?」


 そう言って歪んだ眼のクレスはすべての服を脱ぎ、そして……







 あの日から数か月。俺は庭で剣の訓練を行っていた。結局俺はクレスを拒絶することができなかった。それだけでなく、クレスと俺は何度も関係を持っていた。そうしていなければクレスは今よりもっと壊れてしまいかねないと思えたからだ。幸い、クレスを受け入れている限り、クレスは幸福であるように見えた。罪の意識に苛まれることもなくはなかったが、強く剣を振ることでそれを一時的にではあるが忘れていられた。


 クレスはそんな俺を見て微笑み、お腹をさすりながら俺に話しかける。


「ふふっ、今日も元気ですね、お父さん?」

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