命を賭して

「凄い…」


マオに言われ、王宮の者は半信半疑で祈り始める。


すると空の様子の明らかに変わったことに気がついた。


ティタンや子どもたちに促されて祈り始めた住民達も同じ光景を見ている。

 



金色の細かい光がシャワーのように降り注ぎ、魔物を消滅、あるいは撃退しているのだ。


魔物の死体も光に包まれ、消えていく。

不思議な事に人体に影響はないようで、触るとほのかに温かい。


「これが守護神の力か」

「エリック様、触っちゃダメです。まだ確定じゃないのです」

中庭に出ていたがマオの忠告にすぐ王宮内に入れられてしまう。


「いや、とても温かい光だ。大丈夫だと思うのだが…」

「ダメなのです!」


キツく言われ、すごすごと引き下がる。


結界に阻まれてミューズと引き離されたことで守護神に対して根に持っているようだ。


折角の機会なのに残念だ。


王宮を中心に少しずつ広がっているようだが、まだまだ足りない。


「国全体を覆うには今しばらく掛かるのだろうな、ティタンも無事であればいいのだが」




「あっちの空が明るいぞ!いい兆しが見えてきたな」

キールの声にティタンも王宮の方を振り向いた。


金色の光が王宮から出ている。

強い魔力を感じる。

あれだけの量だからきっと守護神の力であろう。


「有り難い!俺たちも力が残っている内に決着をつけんとな」


ティタンは頭から血を流し、体にも裂傷が走っている。

右肩の鎧は砕け、あちこち血だらけであった。


「何を弱気な事を。まだ目の前の魔物を相手しないといけないのだ、あの光が街を覆うまでは油断出来んぞ」


そういうキールは左腕が上がらず、今や武器も槍に切り替えていた。


止血はしたものの、包帯には血が滲んでいて、体中も傷だらけだ。


「あぁそうだな。ここを撃退せねばならぬな」


回復薬も使い切り、魔力も殆ど残ってない。


「あと少し共に頑張ろう、なんなら騎士団長を譲ってもいいぞ」

「いらん。それは俺がティタンを倒してもらうものだ」

なけなしの力で魔物を倒すも、動きは鈍い。


「ははっ、このタイミングでこいつか」

さすがのキールも渇いた笑みが漏れた。


「飛竜か…」

ティタンも苦々しく言葉を吐く。


万全の状態でも手こずるのに、今のタイミングで来るとは。


「総員退避!防御障壁を張りつつ後退しろ!いつそちらを狙うかわからん!」

大剣を構え直し、自分が対峙する者だと認識させる。


空を飛べ、広範囲のブレスを吐く竜だ。

いつ騎士達に向かっていくかわからない。


「殺るか殺られるか、騎士として務めを果たすまでだ」


キールは自分とティタンに防御魔法をかけ、槍には風魔法をまとわせる。


長時間かけては戦えないと踏んで、一気に魔力を開放している。


「俺は左、キールは右から攻めてくれ」

「あぁ!」

二人は地を蹴り、力を振り絞った。




「キュア様?」

『危ないかも』


光に映るものが、変わる。


「!!」


映されたのは満身創痍なティタンとキール。


周囲にある魔物の夥しい数にどれだけ頑張ったかがわかる。


奥に映るは巨大な飛竜。

恐怖と震えで呼吸が苦しくなってきた。


こんな状態であんな魔物と戦ったら死んでしまう。


「何とかなりませんか?!」

『あたしにはあんな強い魔物は倒せないの。入ってこないように障壁は張れるけど、今はまだ街に力を降り注ぐだけで精一杯なの…』

「そんな…」

震えが止まらない。


血を流し、傷ついても戦うティタン。

時には背後の部下を庇い、怒号を張り、士気を高め過酷な戦いを強いられていた。


「私、ティタンのところに行きます!」

丸い光を返し、急いで階段を降りていく。


『待って、このままじゃ間に合わないよ』

「それでも行かなきゃ、彼は私の婚約者です!」

ミューズの大事な人と知り、キュアはミューズの肩に触れる。


『少し守りを薄くするけど、今度は許してね』

「今度は、って?」


疑問の口にしたが、答えを聞くより早くミューズの体が浮かび上がった。


暗い空を凄いスピードで上がっていく。


思わぬ浮遊感にミューズは思わず目を瞑ってしまった。


「ここって!」

気づけばミューズは塔の上空にいた。


凄まじい高さにクラクラと意識が飛びそうだ。


『大丈夫、落とさないからね』

背後には金色の6枚羽を携えたキュアがいた。


『急ごう』

抱えたミューズと共にティタンの元へと飛んでいく。




金色の守りが少し薄くなり、民たちは動揺する。

祈りが足りなくなったのかと、懸命に手を合わせていた。


「ねぇ、あそこ!空になにか見える!」

誰かの叫びに、皆の視線が集まった。


金色の羽と一人の女性。


「あれが守護神様?」

金色の羽からは鱗粉のようにキラキラとして金色の粉が降り注ぐ。


「あれは、ミューズ様だ!」

アドガルムの騎士が叫んだ!


この国の民よりも、隣国の騎士の方がその顔をよく見知っている。


「きっと、守護神様に力をお借りしたのだ。なんと神々しい…」

騎士たちも心からの祈りを捧げている。


幻想的な光景は民達の心にも深く焼き付いていた。




「お、前さぁ!早くくたばれって!」

「硬いな、なかなか刃が通らん!」

飛竜相手にキールとティタンは苦戦していた。


もう力が充分に出せず、ティタンの振るう大剣を表皮を撫でるくらいに過ぎず、致命傷を与える事が出来ない。


キールの槍も片手では鋭さに欠け、決定的な一撃を与える事が出来ない。


飛龍が息を吸い込み、腹部が膨張する。


「いかん!ブレスだ!」

「?!」

近づきすぎたキールは避ける事が出来ない距離だ。


ブレスの危険さを知っているため、一瞬キールの体が強張り判断が遅れる。


大剣を捨て、ティタンが懸命に駆け寄る。


「キール!」

ガッと腕を掴むと防御障壁を張り、キールの体を自身の体で覆った。


「ぐうぅっ!」

障壁は張っているもののティタンの魔力では耐えきれず、背中が焼け付くように熱い。


キールと自分を守るため、やや広めに張ったため密度が薄くなったのせいもある。


「バカヤロー!自分だけ守ればよかったのに!」

キールが急いで障壁を重ね張りした。


「俺は、お前より、丈夫だから平気だ…」

「平気な顔じゃねぇよ!」

顔には脂汗が凄い。


ブレスには耐えたものの、背中の鎧は剥がれ落ち、焼け焦げた体からは煙まで上がっている。


魔力切れも起こし、目の前がチカチカする。


(ここで倒れたら駄目だ!まだ終わりじゃない!)

気力で足を踏ん張らせ、歯を食いしばる。


腰に差した小剣を手に飛竜に向き直った。


「あいつ、倒すぞ…」

「ぁあ」

まだ諦めてはいけない。


自分の命を賭してでも倒さねばならない。


あんな魔物をミューズに近づけてはならないのだ。




痛みに体が軋み、集中力が乱れる。


大剣も拾いたいが、どれだけ足が動くかわからない。


覚悟を決め、腰を落とし走り出そうとしたその時、


「ティタン、あれを!」

「ミューズ!」

6枚の羽を携えたミューズが上空よりこちらに来るのが見て取れた。


金色の光も纏いキラキラと輝いている。

その姿はとても神々しい。


「キレイだ…」


その時視界に飛ぼうとする飛竜の姿を見る。


バサリと羽を広げ、ぐぐっと力を入れていた。


「させるかよ!」

ミューズに注意が逸らされたため、キールが槍を投擲する。


「げぁっ!」

キールの魔力を纏わせ渾身の力で放った槍は、飛竜の羽を貫通し飛ぶ力を奪う。


ティタンは痛みに抗い、飛竜を尻目に投げ捨てた大剣を拾う。


いつもなら軽々と扱える大剣がすごく重く感じられた。

しかし、泣き言は言ってられない。


いつまた飛竜がミューズを狙うかわからないからだ。


羽を貫かれ、それでも飛竜の目線は外れない。今度はブレスを吐こうと息を吸い始めた。


「させるかよ!」


ティタンは駆け出しながら、小剣を振りかぶり飛竜の顔目掛けて投げる。


キールの風魔法で力がブーストされ、それは目に見え深く突き刺さった。


「ギィイィッ?!」


痛みに飛竜がのたうち回る。しかしそれまで溜めていたブレスの力がまだ消えていない。


「キール俺を飛ばせてくれ!やつの顔まで!」

「わかった!」

魔力が尽きかけているのか、キールは片膝をついていた。


だが、両手を前に出しなけなしの魔力でティタンの体に風魔法ををかけ、浮上させた。


「おおおおおっっ!」


大剣を構え、ブレスの口まで向かう。


今の力では頭蓋まで刃が通らない。


ブレスを出そうとしている口内が一番柔らかい場所になる。


ミューズの顔がはっきりと見えてきた。




何かを叫び、泣いている




こんな死にそうな体を見たらそうだろう。


ここまでの怪我を負ったのはティタンも初めてだ。


自国のためではなく、隣国を守るために死ぬなんて、なかなかないのではないだろうか。


いや国のためではない、全ては愛する人のためだからだ。



ブレスの光が見えた時にはティタンの大剣がその中心、口内へと突き刺さっていた。


「ティタン!」

『あたしは防御を!ミューズは彼を回復して!』


大剣が刺さりつつもブレスは放出されている。


焼け焦げる肉の匂いが充満していくが、ミューズとキュアの魔法がティタンを包んでいった。


「まだ、浅い…!」

焼かれながらティタンは大剣を押し込もうと腕に力を入れる。筋肉が膨れ上がり、傷口から血が噴出する。


ブレスのダメージをミューズの魔力が回復し、押し出す腕以外はキュアの防御術が守っていた。


「いい加減たおれろっ!」


捻るようにして大剣を押し込み、ついに飛竜は絶命した。


飛竜の巨躯がゆっくりと崩れたのを見て、ティタンもついに意識を手放した。




(最期にミューズに会えてよかったな)




薄れゆく意識の中で、ミューズに手を伸ばし、目の前が暗くなった。


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